第9話

訪問入浴介護車がやってきました。組立の浴槽を部屋まで運んで部屋の中でやる奴です。スタッフは3名です。看護師1名、介護士ほか2名です。たいてい1名は男子が付きます。浴槽の運搬です。この事業所のスタッフのいいこと。看護師、介護士、美人で、愛想がよくて腕がいい。私かて、デイサービスで入浴介助していたのですから、手際の良さはわかります。男性もジャニーズ系で、ひとみチャンお気に入り、訪問入浴のとき一番張り切ってやってきます。

「ミスター・Kいいなぁー。まるでお殿様やなぁー。美人二人に隅々まで洗って貰って気持ちイイやろぅ」と羨ましそうに云うと、「お前も一緒に入れ」と云ってくれるではありませんか。

「おおきに、もうチョット広かったら、入れるのになぁー」と云いましたが、本当にもうチョット広かったら一緒に入ったかもしれません。それぐらいミスターの顔は満足げであったのです。


Kさんとは1年のお付き合いでしたが、デイサービスの起ち上げがあって、生活相談員として力を貸して欲しいという話が入って、私はそのヘルパーステーションを辞めて、ミスター・Kともお別れになりました。

「なんでじゃ、どこに行くのや?」とKさんが訊きました。ひとみチャンが「遠いところの仕事が入ったの、あんたと遊んでいる暇はなくなったのよ」と、上手く言ってくれました。

ひとみチャンの鬱も軽くなったのか、うっすらと化粧もするようになった〈ひとみさん〉は中々チャーミングでした。彼女は泣いて別れを惜しんでくれました。ミスター・Kは元気な声で「加治前、新しい職場でも頑張れ!」と言いました。



補記:

これは、ほぼ実話である。しかし、文章にすれば、どこかフィクションも入る。中編小説とした。

たまにKさんのことを考えることがあります。テレビも見られず、ラジヲも聞いているのかどうか、話し相手はひとみチャンと「加治前」の二人です。1日を長く感じているのか、いないのか?認知の介護度5は相当ひどい状態です。どこまでが、正常でどこまでが異常かは、Kさん側から考えるときと、私から考えるときとでは違ってきます。

「自分が、ああまでなって生くる価値ありや?」と、問われれば、私はミスター・Kを思い出して「価値あり」といえます。Kさんのようにユーモリストであれるかどうかは自信ありませんが・・。


介護保険、生活保護、年金、医療保険どれもどっかケチっているとこがあります。大判振る舞いをせよと言っているのではないのです。ケチっても、結局他で要ってしまうのです。トータルの考え方がないのです。日本の福祉制度が沢山のお金をかけながら、貧相に見えてしまう一因になってはいないでしょうか。及び腰の制度がいくつ寄っても及び腰です。横綱の土俵入りであります。一つでいい、完成度を高めた中心を作る。そうして脇は固められるのです。原子力予算にはああまで大胆になれるのにと思ってしまうのです。

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ミスター・K 北風 嵐 @masaru2355

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