本番前の一悶着『思わぬ所から力を借りて』

「えっと……。これはどういう状況でしょうか?どうしてこんなに備品が散乱して?」


「そ、それは……。少しいざこざがありまして……。で、でも!誰もこの人に手を出してません!それだけは確かです!」


「「…………。」」






 体育祭まであと二週間を切ったというタイミングでの準備中。体育祭本番に使用される備品を集めた資材置き場でそれは起きた。


 ドガシャン!!


 突然その場に響いた轟音に、俺を含め近くにいた全員がその音のする方に目を向けた。



 すると、そこには少し怯えたような様子の未来さんと他三名の女生徒が見えて、二名が未来さんに対して友好的とは言えない視線を送っており、残りの一名があわあわと若干パニックになっているのがよく分かる。



「……!アンタのそう言う所が気に食わないのよ!何が副会長よ!アンタなんてーー『か、花梨かりんちゃん!』」


「でも言い方が悪いが……。花園はなぞのの言う通りだろう。なぜこのように才のない者が映えある生徒会。引いてはその副会長の席に収まっている?そんなの副会長の妹でありだから……。それしかあるまい。」


「…………。」



 そして、そこの偶々近くで作業をしていた俺は、未来さんに厳しい視線を向ける二人の放った強い言葉を思わず耳にしてしまう。


 距離的には俺以外の作業をしていた人達には聞こえていないだろうが、その険しい顔と未来さんの怯えた表情を見れば、それが良くない状況である事がすぐに分かるだろう。



 その後、近付いて来た俺と他数名の実行委員の存在に気が付いた三名は冒頭のやり取りを行い、一人は慌てて、二人はそれ以上は何も言わずにジッと黙りこくっている。


 正直、俺は二人の言葉から何となくこの状況を理解していたのだが、流石にこの状況で何も事情を聞かない訳にはいかないし、周りにいる生徒もそれでは納得しないだろう。



 なので、俺は努めて事務的に彼女らに声を掛けて、さり気なく未来さんを俺の後ろに立たせるような位置取りで彼女の前に立つ。


 それに対して無言だった二人がピクッと反応するが、こちらが彼女らをジッと見ると事で二人は特に何か言う事はなかった。



 そして、冒頭の会話に戻る訳であるが、ここはとりあえずこの場を収める事が優先だ。



「……えっと、何かトラブルがあった事は分かりました。それで誰かが誰かに手を出した訳ではないという事も。ですが、体育祭で使う備品が破損しているかもしれないので、あなた方三名は運営本部に連絡をお願いします。

 それから、には何があったのかの経緯を含めて詳しく聞きたいので、この後少しだけお時間を貰ってもいいですか?」



 俺は敢えて先程まで彼女らがしていたいざこざの内容については触れず、あくまでも事務的な内容のみを伝えて、この場から未来さんと対立する二人の女生徒を引き離す。


 また、未来さんを橘副会長として声を掛ける事で、事務的な事情聴取を装いつつ抵抗無く三人をこの場から立ち去らせられる。



 そうして、俺は未来さんと二人きりになる事に成功したのだがーーどうしよう……。


 意図せずとはいえ、現状未来さんがどう思われているのかを俺は聞いてしまっている。


 だからこそ、未来さんとあの人達を引き離した訳であり、未来さんを守るために彼女らの間に割って入ったのである。



 恐らく俺の立ち振る舞いで未来さんは俺が先程の話を聞いていた事に気が付いているだろうし、このタイミングではそこに触れないで当たり障りのない言葉を掛けるというのも選択肢にはあったのだが……。ある意味でこれはチャンスなのかもしれない。


 ここで少しでも未来さんと話をする事で詳しく彼女を知る事が出来れば、後の水無瀬さんの説得に繋がるいい機会でもある。



「(それに……。そういうのは抜きにしても未来さんの事は気になるし、何より……。巴さんからは『もしもの事があれば、あの子の事をよろしくお願いします。きっとそんな時に必要なのは……。私ではなくあなただと思いますから。』とまで言われているしな。)」



 俺としては姉妹ふたりの微妙な距離感についても気になるのだが、今は目の前の事に集中だ。


 それから、俺と未来さんの二人だけになった状態でこちらの方からゆっくり口を開く。



「あの……。さっきはその……。だ、大丈夫でしたか?あの方達は特に何もしていないと言ってはいましたが、実際に俺がその場を見ていた訳ではないので……。」


「……だ、大丈夫だよ〜。あの子達が言った通りに何もなかったからぁ。ご、ごめんねぇ。ミクが鈍臭いからぁ、あの子たちを怒らせちゃったんだよぉ。ごめんね〜。カレシくんにも心配をかけちゃってぇ……。」


「……っ!そ、そうですか……。」



 すると、俺の声にビクッとした未来さんは『あはは。』と乾いた笑みを咄嗟に浮かべて取り繕い、それでも何があったのか詳しく話そうとする様子ではなかった。


 しかし、未来さんはそんなぎこちない笑みを浮かべようとしては失敗してを繰り返しており、自嘲気味に浮かべた笑みと乾いた言葉を呟く彼女の姿は見ていてとても痛々しい。



 俺はそんな彼女を見て、一瞬言葉に詰まってしまったが……。ここで引き下がる訳にはいかないと気を取り直し、未来さんの目をジッと見つめつつ真剣な口調で声を掛ける。



「ふぅ……。すいません。ホントはさっきの方達との話を聞いちゃいました。……勿論ですが、彼女達があなたに言った言葉もです。

 それで……。さっき本当は何があったんですか?あの中の一人がかなり声を荒げていましたけど……。何があって、彼女はあそこまでの暴言を言って来たんですか?」


「……全部ミクが悪いんだよぉ。ミクがからあの子たちを不機嫌にさせちゃったんだぁ。本当はねぇ……。あの子らは資材の運び込みが仕事じゃなかったんだぁ。だけど今はぁ……。ミクのせいで違う仕事を押し付けられちゃってるのぉ。

 ……だからぁ、あの子たちがミクに怒るのも当たり前でぇ。後はミクがあの子たちの分も頑張るからぁ。ごめんねぇ。カレシくんに心配して貰わなくても大丈夫なのぉ。」



 正直に尋ねれば何か変わるかと少し思っていたが、やはり一筋縄ではいかないようだ。


 俺の言葉に対して、未来さんが口にした言葉は……。明確な形では無いものの、遠回しな言葉による拒絶であり、何よりこちらの心配をしなくてもいいと言っているのが、これ以上何かを聞いても、全て『大丈夫。』だと返される可能性が高いので……。


 彼女に気を遣いつつ、それでもと無理に踏み込もうとするのは非常に難しい。



「『だけど……。ホントにここで引き下がってもいいのか?未来さんが無理に取り繕ってるのは明らかだし、ここで何も言わずにそのまま立ち去れば、今後未来さんは益々俺を避けて、話をするどころか会う事さえ叶わないような気がする。いや、きっとそうなる。)」



 そのため、俺はもう終わりとばかりにそそくさ背を向けて立ち去ろうとした未来さんに声を掛けようと手を伸ばしてーー『橘 副会長、少しよろしいですか?』……えっ?


 思いがけず、未来さんに掛けられた声に驚き振り返ると……。そこには俺の元カノ兼我が校の生徒会長である黛 麗奈まゆずみ れいなの姿が。



「先程、体育祭用の備品が破損した件でお伺いしたい事が数点あるのですが……。少しだけ、お時間よろしかったですか?」


「えっとぉ……。は、はい。運営本部に行けばいいんですか〜?先に三名がそちらに向かったと思うんですけどぉ……。」


「ええ。先程こちらに三名の生徒が来られたのですが……。『詳しい内容は橘副会長に聞いて下さい。』との一点張りでして、埒が開かないので直接こちらに伺った次第です。」


「……そうですかぁ。今から運営本部に向かうんでぇ。行きましょうかぁ。」


「……いや、そうですね。やっぱり橘さんはここでに先程の件を伝えて下さい。その後に彼から話を伺いますので……。

 相太。橘さんからしっかりと事情を聞いて私に報告して頂戴。猫井さんには私から相太にこの件は任せたと伝えておくから。」


「えっ……?あ、ああ!分かったよ。ちゃんと後で俺から報告に行くから。その……。ありがとな。麗奈。正直かなり助かった。」


「礼には及ばないわ。あなたにも事情があるのでしょう?それに……。私は生徒会長としてあなたに事情を聞くように指示をしただけで、別に感謝される事では無いわ。

 じゃあ、後はお願いね。二人が仕事から少しの間外れてる事は運営本部でも共有しておくから……。話を聞く事。」


「そっか……。うん。後は任された。そっちも猫井会長に説明をよろしく。」


「ええ。分かったわ。もう行くわね。」


「ああ、またな。」


「……またね。」



 そうして、こちらに背を向けて歩き出した麗奈の後ろ姿に、かつても彼女の言動に対してこのような不器用な優しさを感じていたなと、何だか少し懐かしい気持ちになった。


 ぶっきらぼうな言動が多い彼女は冷たい人だと誤解されがちだが……。それは違う。


 言動の通りに受け取れば冷たいと思える言動であっても、その時の状況や彼女の立場などを加味して考えてみると、それが彼女なりの気遣いだと気付かされる事があるのだ。



 だから今回の事も、俺の未来さんを引き留めたい気持ちを察して、俺に彼女と話をする役割を譲ってくれたのだろう。


 そして、それに感謝を伝えてもぶっきらぼうに返答するのも、実に彼女らしくて……。


 俺と彼女が出会ったばかりの帰りの挨拶。思わずそれを口にしてしまう位には懐かしい気持ちと温かな感情を俺に与えてくれた。



 俺はそんな麗奈の気遣いに心の中で感謝しつつ、少しの間俺たちの会話で置いてけぼりになっていた未来さんの方に向き直る。


 所々彼女には聞こえないように小声で会話していたので、彼女からすれば何が何だかよく分からない状況なのだろう。


 少し困惑気味ではあるが、俺と話をする必要があるという事は理解しているようで、彼女からは若干の警戒の色が見て取れる。



 そのため、この場ですぐ彼女から話をする事は難しいと考えた俺は……。ある人物をここに呼んで助力を借りる事にした。

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『彼女と突然別れて落ち込んでいたはずの俺が、次の日から色んな女の子と仲良くなっているのはなぜだ?』Regret リン @28118987

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