陽だまりのような人/視線の先の彼は『競技会場にて/ホントに望んだものは』
「では……。相太くんも代表選のメンバーに選ばれたんですか?実行委員の時といい中々に癖のあるクラスメイトの方々何ですね。」
「ま、まあ……。それは…はい。でも、無理矢理って訳ではないので、代表に選ばれたからには頑張りたいとは思いますけどね。」
「そうですね!私も同じ代表戦に参加するので、相太くんと一緒のチームだといいんですけどね?実際のチーム発表は前日の体育祭の予行演習の際みたいです。」
「へー、こっちは先生が……。いや、望月先生という担任がテキトウな方でして……。ハッキリとした情報があまりなかったのですが、そうなんですね。とは言え、俺も三葉先輩と一緒のチームになれたらって思います!」
朝のHRとその後の少しの時間を使って決めた、合同体育祭のクラス代表選手の選抜。
紆余曲折はありながらも選ばれたからには頑張りたいと思いつつ、昼休みになって共に食事をしていた三葉先輩にその事を他愛無い雑談の一つとして話題に出したのだが……。
思いがけない事に、三葉先輩も自身のクラス代表に選出されたようで、先輩の言うような同じチームで先輩と参加する体育祭を思い浮かべて、それも楽しそうだと思った。
そして、三葉先輩に言われて知ったが、やはり今回の体育祭には前日の予行演習があるようで、それも2日掛けて行われる程の徹底ぶりのようである。(2日目は予備日のようなものであり、流れの確認は1日目のようだ。)
とは言え、自分は実行委員の立場なので、予行演習の際にはバタバタと動き回る事が予想されるが、ともあれ自身が出る競技などは本番前にちゃんと確認しておきたい。
俺は体育祭の予行演習について思い浮かべながら先輩と歩みを進め、他愛のない会話を続けているうちに体育祭の当日に使われる予定の競技会場へと到着してしまう。
本番までが近い為なのか、本日から第一女学院の方ではなく、この競技会場での作業になると全体での通達があったのだ。
そして、いざ本番の競技会場を目の前にすると、俺達はその荘厳さと本当にここで体育祭を行うのかと少々面食らってしまう。
それも競技会場は実際の大会などで使われているスタジアムであり、設備がかなり整っているので、そこを借りるのには相当なお金が掛かっているとの噂まで耳にした程だ。
そんな会場に俺と先輩は恐る恐ると言った様子で入るのだが、中からは生徒達のどこか浮かれたような声がこちらに既に聞こえて来ており、その声に少しだけ平静を取り戻す。
「な、なんか……。変に緊張しちゃいましたけど、別に入ってもいいんですよね!?ここは俺達が体育祭で使う場所ですし。それに俺らは実行委員で……。って!何でこんな言い訳みたいな事を言ってるんでしょうね。あー、何だか今、無駄にドキドキしてます。」
「いえ……。私も何だかドキドキしてます。行き慣れていない場所に初めて来るのは、誰しも緊張するものです。でも今は相太くんが隣にいますので……。一緒に行きましょう!」
「……そ、そうですね!行きましょうか!」
やはり、三葉先輩は俺にとって陽だまりのような人だ。俺が感じた不安や緊張もこの人が隣にいて、それを一緒に共有してくれるなら……。何だかホントに大丈夫だと思える。
俺と先輩はまだそういう関係性ではないけれど、妹の次に隣にいてこんな風に安心が出来るのはこの人だけかも知れない。
まだ知り合ってからそこまでの時間は経っていないが、この人がいて、隣で微笑んでくれる未来が想像出来る……。なんて事を考えてしまうくらいには、今俺はこの人が隣にいてくれる事に安心感を覚えている。
すると、俺がそんな事を考えていたからなのだろう。三葉先輩は横目でこちらに視線を向け、少し首を傾げながら俺に声を掛ける。
「ん?どうかしました?どうして相太くんは笑って?ーーっは!もしかして、先輩の私が相太くんよりドキドキしてるからですか?」
「い、いえ。そうじゃないですよ。ただ充実してるなぁ……。って、そう思っただけです。
体育祭の準備で色々とバタバタしていましたが、もうすぐ本番だと思うとあっという間だったなって思いまして。」
「ああ、そういう事ですか。確かに実行委員の決定から第一女学院の訪問など、色々と慌ただしくありましたけど……。それももうすぐ本番だと思うと、あっという間に時間が過ぎたのだと思えますね。私もそれなりに忙しくしていましたが、相太くんはあちらの方々と色々作業していましたし、何よりも我が校の代表として頑張ってますもんね。普段よりも充実した時間なのは間違いありません!」
「……ええ。そうですね。本当に充実してますよ。それもこれも俺の隣にいてくれたあなたのおかげなんですけどね……。」
「……?後半はよく聞こえませんでしたけど、その……。どういたしまして?」
不思議そうにする三葉先輩に対し、俺は特に誤解を解く事はなく感謝の言葉を伝える。
俺がこうして日々を楽しく過ごせているのは、ひとえにあの日先輩が俺に声を掛けてくれて、その心を救ってくれたからだ。
雫にも勿論感謝はしているが、見ず知らずの俺の事を抱きしめて、ゆっくりと落ち着くまで言葉を尽くしてくれたこの人には感謝しても仕切れない程の恩を感じている。
だからこそ、そんな人と一緒にいられる今には感謝しかないし、今も不思議そうにこちらを見る先輩には表現しようもない気持ちが自然と言葉になって溢れて来る。
そしてそれは自然と口をついて出た『ありがとう』の言葉だったのかも知れない。
しかし、俺からの突然の言葉に三葉先輩は困惑した様子だったが、キョトンとした様子で首を傾げているのが何だか可愛らしい。
とは言え、いつまでもこうしている訳にもいかないので、他の生徒達も続々と会場入りをしているし、そろそろ俺も先輩も会場の中に入らなければならない。
「では、行きましょうか!三葉先輩!」
「はい、行きましょう!相太くん!」
どちらからともなく目の合った俺達はお互いに頷くと、二人連れ立って会場へと入る。
流石に手を繋いで入るなどはしなかったのだが、今は偽装彼氏彼女の関係を喧伝中なので、変に躊躇わずにそのようにすれば良かったと少しだけ後悔してしまう。
すると、そんな俺の考えが伝わったのだろうか?三葉先輩はするりと自然な形で俺の手を取り、さもそれが当然のようにギュッと恋人繋ぎをして、そのまま歩き出そうとする。
俺は思わず先輩の方を見るのだが、先輩の耳元と頬がほんのりと赤くなっているのを見て、俺は何も言わずに黙ってされるがままにしておく事に決めたのだった……。
遠くからこちらをジッと見ている。一人の女生徒の視線に気が付かずに……。
ーーー???・競技会場入り口にてーーー
「では、行きましょうか!三葉先輩!」
「はい、行きましょう!相太くん!」
合同体育の競技会場にて。そのような男女の会話を横目に、私は二人よりも少し離れた所からその声の方をジッと見ていた。
ーーそれにしても不思議だ。
ここから二人までの距離はそれなりに離れているし、他の生徒達の声がガヤガヤと騒がしいので特定の声だけは聞き取りづらいはずなのに。二人の声はちゃんと……。いや、正確には彼の声だけは自然と耳に入って来る。
そして、それとほとんど同じような体験をしたのは今回だけに限らず、偶々廊下を歩いていた時や生徒室に用があって近づいた購買の前でなど……。多様な場面でだ。
「(このような現象を……。カクテルパーティー効果と言ったかしら。自分に関係のある事や特に興味のあるものには、それがある程度離れていたり、騒がしい場所。それこそパーティー会場のような賑やかな場所でも聞き取れるという不思議な話。
周りの音に雑音が多い私には特に関係ない知識と思っていたけれど……。実際に自分が体感するとそれが正しいと分かるわね。)」
それもこの効果を実感するようになったのは最近の話であり、正確には彼と別れてからこの現象が度々起きているような気がする。
勿論それまでも彼の事を目で追うなどはあったのだけど、最近は特に不思議な事が多い。
例えば、何気なく周りに気配を感じて振り向くと彼が少し離れた所にいた事や、授業中に外から声が聞こえた気がして目を向けると、案の定と言うべきなのか……。彼が雑談をしながら廊下を歩いていた事などある。
それらは彼の声が微弱ながらも聞こえたから反応しているのか、はたまた第六感的な何かなのか……。その真偽について、確かめる術はないのだけど、実際身に起こる不思議な現象を解明したい所ではある。
だけど、そんな身近に起きている現象より不思議なのは、自分自身の感情についてだ。
「(体育祭の実行委員と生徒会との兼ね合いで彼と会話する事や事務作業を共にする事などはあるのだけど……。それ以外では特に接する機会が無くなったのよね。
まあ、もう今は付き合っていないのだからそれは仕方のない事なのかもしれないけれど、なんだろう……?この胸の奥にぽっかりと穴が空いてしまった様な感覚は……。)」
この形容し難い、喪失感にも似た感覚を私は知らない。いや……。正確に言うのであれば、つい最近までは知らなかったが正しい。
あの日、彼の手が私の元を離れて、遠ざかって行くのを見送る事しか出来なかったあの出来事があってからだ。
どうにもその時から、私の心はどことなく落ち着かない状態が続いている。
「(でも、これは仕方のない事、自分勝手な都合で彼を振り回した私が悪いのだから。それにこの不思議な気持ちも……。周りの環境が変化した事による一時的なものであるはず。だからこの気持ちもすぐに落ち着くとは思う。彼との関係は変わってしまったけれど、もう会話が出来なくなってしまった訳ではない。自分の彼にしてしまった事を考えれば、それすらも普通は難しいのだけど……。)」
それでも、例えそれが事務的な内容であったとしても、彼と会話をする事が今も出来ているのは彼の優しさによる所が大きい。
あんな事をしたにもかかわらず、私とは友達としてでも仲良くしたいと言ってくれた。
また昔のように、ご飯を一緒に食べれるような関係でいたいとそう言ってくれたのだ。
だから、私は今でも彼から避けられるような事はなくいられるし、私自身がそのような関係。特別ではなくても一緒にいられる関係。それを自分自身で望んでいた……。望んでいたはずなのだけど。
「(この…胸を締め付けるような気持ち。焦燥感にも似たこの感情は何なのかしら?自らが望んだ関係になれたというのに、全く心が満たされないと言うか……。私がホントに望んだのはこんなものだったの?)」
私はそんな自問自答をするのだが答えなど出ず、先程まで彼がいた場所をボンヤリ眺める事しか出来ないのであった……。
ーー視線の先に彼はもういない。
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