第232話 衰退


〈勇者モルガス視点〉



 レジニアの勇者モルガスは、リゼル王国の領地内へと入っていた。

 この国は魔王城に一番近い立地にある国でもある。



 今は、国境付近にある町へと足を進めている最中。

 それも足となる馬を調達する為だ。



 さすがに、このまま徒歩で魔王城まで向かうのは得策ではない。

 それに食料の補給も必要だ。



 足といえば……先日、相対したゼンロウの勇者達の気配は既に周辺から感じない。

 奴らは逃げ足だけは馬よりも早いようだ。



 ――それにしても……。



 と彼は考える。

 マントを羽織り、勇者の証である白銀の鎧を隠しているとはいえ、こうも簡単にリゼルの国境を越えられたことに違和感を覚える。



 警備兵にも感じたが、国全体が意気消沈しているように思えた。



 それは町へ辿り着いてからも顕著に現れていた。



 国境に近い町といえば、それなりの規模がある。

 だが、その大きさに見合わぬ鄙びた印象を受けた。

 活気が感じられないのだ。



 モルガスは町の入口付近に馬車を扱う商人を見つけ、尋ねる。



「馬を借りたい」



 すると、その中年の男は煙たそうな表情を浮かべる。



「すまねえな。そいつは無理だ」

「何故だ?」



「丁度、商売を畳むところだからよ」

「……」



 国境の町といえば、交通の要衝。

 馬屋が商売を行うには、これ以上無い最適な場所だ。



 ――そこで商いを辞めるとは……。



「それは如何なる事情があってのことか?」

「ん? ああ、あんた外から来たもんだから知らねえのか」

「?」

「もうこの国は駄目だ」



 男は溜息を吐きながら言った。



「あんた、勇者アレクを知ってるか?」

「いいや」



「この国の勇者だ。いや、勇者だった男と言うべきか。駿足で名高い、そのアレクはリゼル唯一の勇者だったんだが……つい、この間、魔王に挑んで死んじまったらしい」

「ほう」



「早々に資源争いから脱落したこの国に、もう将来はねえ。だから商売する場所を変えようと思ってね。ゼンロウ辺りがいいかと思っているんだが……っと、馬の話だったな。そういう訳だから、貸してやることは出来ねえんだ。悪ぃな」



 男はそう告げると、モルガスを他所に片付け作業を再開し始める。



 ――資源争いか……。その程度のことで騒ぐとは……くだらぬ。



 モルガスは心の内で嘲笑った。



 彼には、それよりも崇高な目的がある。

 レジニアの再興という目的が。



 モルガスは荷物の中に手を突っ込むと小袋を取り出し、馬屋の男の前に放り投げた。



「ん? なんだ」

「そいつで馬ごと買いたい」



 男は作業の手を止め、小袋を拾い上げる。

 中身を確認して、刮目した。



 そこには馬一頭を買ってもお釣りがくるくらい充分な額の金貨が詰まっていた。

 男は小袋をもう返さんとばかりに懐へ入れると、急に態度を変える。



「好きなのを持って行け。鞍もくれてやる」



 言われた通り、モルガスは一番良く走りそうな馬に目を付け、そいつの手綱を引く。



「こいつを貰っていく」

「ああ、構わない」



 男はホクホクとした笑顔で馬を売り渡した。

 しかし、すぐに疑問に思ったようで、



「それにしてもあんた、随分と羽振りがいいな。何もんだい? 一体、どこから来たんだ?」



 尋ねられると、モルガスは行きかけた足を止めて答える。



「この世界を調律する者――とだけ言っておこう」

「……」



 立ち去るモルガスの背中を、男はぼんやりとした表情で見送るのだった。


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用心深い転生魔王は石橋を七回叩く ~ダンジョンが鉄壁の守りすぎて勇者が無理ゲーと叫ぶ~ 藤谷ある @ryo_hasumura

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