過去……埋めた種が芽吹いた日(氷乃独白)

坂崎緋那さかざきひな』はあの日『死んだ』


何故、私は生きているのかが分からなかった……


記憶にある『母親』の顔は、いつもいつも歪んでいて、疎ましそうに自身は不幸なのだと嘆いていた。

幼い私は、母に笑ってほしくて、私を見て欲しくて、彼女の望む立ち振舞いを身に付けた。

けれども、返ってくるのは嘆きと私を否定する言葉だけ。

体が成長するにつれ、それは酷くなり、姿を見せることも家に居ることも、それどころか『私』が『居る』ことが、彼女には我慢ならないこととなったようで、 いつの間にか『家』に居場所は無くなっていた。

彼女は『娘』を望んでいた。


きっと、この『目』も良くなかったのだろう……


父親は『無関心』だった。

そんな父親が私を見たのは、私が発した一言だった。

『お祖母ちゃん、いらっしゃい』

私には『祖母』が見えていた。

祖母だけは私を抱きしめてくれた。

だから、出迎えた。

祖母が『亡くなっていた』のを知らなかったから。

その日を境に、父親から気味悪がられだした。

『化け物』だ、と。

自身の苛立ちを全て私のせいだと、私が居るからだと手をあげた。

彼は『普通』を望んでいた。


(何故、『私』はいるのだろう?)


10を過ぎる頃、母の背を抜かした。

そうなると、ますます彼女の機嫌は悪くなり、仕方がないから近くの寺で夜を待った。

学校になんて行けるはずもなく、近所の子達に見つかれば良くて罵声、最悪石が飛んでくる。

学校に行かない『化け物』と。

一度、彼らのボス気取りの子に捕まり、文字通り身ぐるみ剥がされたことがあった。

それ以降、罵声も暴力も酷くなったような気がした。

やり返したくても、常に空腹と戦っていた私には、彼らとやり合う気力すら湧くことはなく、陽が落ちて、暗闇に紛れて着替えと洗濯、ついでに体を清めることだけをこなすのが精一杯だった。

私は、何故、生きていたのか。


12歳。

私は一度『死んだ』


あの日は、母も父も機嫌が悪かった。

二人がなにか言い合いしていた。

私が居るからだと言う母の金切り声に危機感を感じ、早々に外へ行こうとして失敗した。

目眩が私の足を止めさせ、二人が私を見ていた。

次の瞬間、頬に熱を感じた。

怒りに歪んだ彼女の平手打ちは、痛みより先に熱を生んだ。

そこから先は余り覚えていない。

激昂した母と、怒りの形相の父から、これまでにない罵声と暴力を受けたようだった。

もう、抵抗する気も起きなかった私を、それでも生かそうと『死んだ者』達が逃がしてくれた。

唯一の話相手であり、学校に行けない私に知識をくれた『死んだ者』の優しさに、生きてくれと願う彼らの『無念』に、私はあの寺へ走らされた。

そうして『坂崎緋那さかざきひな』は死んだ。


目の前に透けるような薄い青で出来た老人がいた。


ぼろぼろの格好でいつもの寺へ着くと、見たことのない青年と老人が住職と話していた。

住職は私の姿を見て飛んできてくれた。

色々声をかけられたが、私は青い老人に目を奪われて聞こえていなかった。


綺麗だと思った。心から。


そうして意識は途絶え、次に覚えているのは、住職のドアップ。

そうして、あの老人と青年。

青年は、囲区の寺の者で『花守』だと言った。

青い老人は『刀霊』だと。

『花守』の事は『死んだ者』に聞いて知っていた。

『死んだ者』の中にいた元花守という方々が教えてくれた。

私ならなれると言う者もいた。

青年は私に囲区に来ないか?と言った。

囲家の現当主で、花守の長でもある女性に会ってみないか?と。

私自身を誘う青年が不思議だった。

私は、生きていることすら喜ばれなかったのに、なのに私自身と私の『見える目』が必要だと、この先、きっと『花守われわれ』の助けになるからと……

自身を必要とされ歓喜を知った。

それと同時に、親には必要とされなかったと理解した。


初めて泣いた。

泣いても何も変わらないから、泣くことすら諦めていたのに、青年に抱き締められ生きている事に感謝されて、しかし親元から離すことを謝罪され、声をあげて泣いた。


そうして青年と老人に導かれ、囲麗華なる人物に会い『氷乃わたし』が生まれた。


花守を守るためなら、囲家を守るためなら、氷乃わたしを受け入れてくれる人達のためなら、この命を賭けよう。

死ねと言われれば、喜んで霊魔を道連れに逝こう。


ただ、まだ『死んでこい』と言われないから、言ってもらえないから、少し騒がしくなった毎日を見ていようと思う。

願わくば、彼らが涙を流さない日が訪れるように。

そう、思いながら。

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歪んだ種の花 【禱れや謡え花守よ・異聞】 タル @tarunaru_10jou

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