【書籍化御礼】恋に酔い、酒に酔う

時系列:エリアナがアルバートを忘れるため、他の人との結婚に逃げる前のお話









 ラドニア王国第一王女のエリアナには、前世の記憶がある。

 リジーという名の、とある辺境伯の屋敷で騎士をしていた記憶が。

 そしてもう一つ――好きな人に、失恋した記憶が。


「あのね、。いくら仔猫が、木の上から下りられなくなったからって、木を登るのは、危ないんだよ。どうして俺を呼ばないの」


 そう言ってむすっと睨んできたのは、幼馴染のアルバートだ。

 その頬はほんのりと赤く、いつもより途切れる言葉から、彼が酔っていることは明白である。

 自分は白ワインを飲めないからもらってくれないか、と勧めたのはエリアナだが、まさか彼がエリアナの部屋ここで飲み出すことも、さらには酔うことも予想していなかった。


(だって、前世はお酒に強かったわよね?)


 実はアルバートもまた、前世の記憶を持っている。

 そして彼こそが、エリアナが前世で失恋した男だった。

 本当なら彼とは距離を置くべきだとわかっているけれど、なかなかどうして、現実とはうまくいかないようにできている。

 エリアナが離れようとしても、アルバートのほうが離れた分だけ近づいてくるため、エリアナはどうしようかと悩んでいた。

 確かに彼は前世のときから過保護だったが、どうやら今世でもそれは治っていないらしい。彼を忘れたいエリアナとしては、たまったものじゃない。


「ねぇアルバート、もうお酒はおしまいにしましょ? あなた、今世では弱いみたいだから」

「違うよ、強いよ。ううん、強くならないとって、頑張ったんだ」

「? えーと、お酒を?」

「ん。だって、強くないと、きみを守れないから」

「……お酒のことじゃないわね」

「んー、うん。そう。きみのこと」

「私のことでもないわよ、それ。おかしいわね、いつも夜会じゃ平然としてるのに。だから今世もお酒に強いと思ってたけど、あれは自分でセーブしてたのね?」


 はぁ、とため息をつく。ならなぜ、今もセーブしてくれなかったのだろう。

 酔った彼がここまで無防備になるなんて知らなかった。

 綺麗な顔をほんのりと染め、グリーンスフェーンの不思議な瞳をとろけさせて、アエリアナをじっと見つめてくる。これがエリアナでなければ、おかしな雰囲気になっているところだった。


「ほら、お水を飲んで」


 彼に水差しの水を注いだコップを渡しても、一向に受け取ってくれない。

 もしかすると、セーブしなかったのではなく、できなかったのではと、エリアナはそのときやっと気がついた。


「何かあったの、アルバート?」


 心配になって訊ねれば、彼がやはりエリアナをじっと見つめながら言った。


「あった。最近、君が冷たい」


 ぎくっと心臓が跳ねたのは、心当たりがありすぎたからだ。

 前世の二の舞にならないよう、エリアナは今世こそアルバートを忘れようと決めた。

 そのために彼と距離を置くため、徐々に彼の訪問を断り始めたのだ。

 アルバートは、おそらくそのことを言っている。


「また、君が、俺を避けてる。俺、何かした? 直すから、離れないでよ、エリアナ」


 胸がきゅううと締めつけられる。

 こんな弱音は久しぶりに聞いた。全身で寂しいと訴えてくるような。

 こういうとき、エリアナはいつも負ける。前世でも負けた。「また」と彼が言ったのは、前世のときのことだ。

 ずるい、ともう何度思ったことだろう。


「強くなったのも、勉強を頑張ったのも、身なりだって気をつけてるのも、全部、エリアナの隣にいるためなのに。おれ、あと何を頑張ればいいの?」


 酔っ払いの戯れ言だ。聞くだけ無駄だ。

 本人も自分が何を言っているか、きっと理解していない。

 でも、好きな人からそんな懇願をされたら、顔が赤くなるのは当然だと思う。

 

「おれ、なんでもするよ。だって、エリアナと、また会えたから」


 ――また、会えたんだから。

 彼が言い聞かせるように呟いた。

 前世で死別したことが、彼をこうさせている。


「どうしたら、俺から、離れないかな」


 それは無理な相談だと、内心で答えた。


「俺の、領地、持って帰れば、いいのか」

「それはだめだと思うわ」


 あまりに突拍子もないことを言われ、反射的に突っ込んでしまう。


「領地で、二人、きり……」


 アルバートは舟を漕いでいる。もう瞼が閉じそうだ。

 やはり酔っ払いの戯れ言なのだ。だから気にしちゃいけない。

 けれど、酔っ払いだからこそ、それは彼の本音とも言える。

 そんな自分に都合のいい解釈が頭の中に浮かんだとき、エリアナは咄嗟に首を振った。そんな考え方をしていたら、いつまで経っても彼から離れられない。

 エリアナはそれが怖い。

 だというのに。


「ふふ、いいね。エリアナと、二人。いっぱい話をして、いっぱい遊んで、君が、いつも笑ってくれて。俺も、笑ってて。スコーン、いっぱい買うんだ」


 ふふ、と締まりのない顔でアルバートが微笑む。

 エリアナが好きなお菓子だから、突然スコーンが出てきたのだろうか。

 そんな、まるで未来を語る彼に、エリアナの顔はさらに熱を帯びる。

 だって、アルバートの領地で、二人で、天気の良い日に庭園で彼と二人、笑い合う光景がエリアナの頭の中にも浮かんでしまった。

 それはまるで結婚した二人の一幕だった。


「しあわせに、するからね」


 最後、そう言って完全に眠ってしまったアルバートに、エリアナは内心で思う。


(だからっ、それは結婚する相手に言うセリフ……!)


 結婚どころか婚約すらしていない相手に囁くセリフではない。

 ましてや二人は恋人でもないのに。


(ああああ、もうっ! これだからアルバートは! 馬鹿! 鈍感! 天然たらし!)


 もう二度と彼を酔わせるものかと、同じく酔ったように全身を真っ赤にさせたエリアナは、固く心に誓ったのだった。



 ……ちなみに、翌日何も覚えていなかったアルバートとは、三日間口を利かなかったエリアナである。


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【Web版】転生王女は幼馴染の溺愛包囲網から逃げ出したい 〜前世で振られたのは私よね!?〜 蓮水 涼 @s-a-k-u

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