第3話

私には唯一無二の親友がいる、歳は私と同い年で高校からの付き合いだ。


きっかけは何だったか、いまいち思い出せないがそんなに印象に残るような知り合い方はしなかったと思う。まあ、多分学校構内で迷っているところを助けたとか、配られたプリントが彼まで行き渡らず代わりに取りに行ってあげたとかそんな感じだろう。


そのときに他に二人と知り合ったのだが、高校を卒業し就職した今でも連絡を取り合っているのはそいつぐらいのものだ


昔から人付き合いの良い方ではなかった私は、友達の輪に入るのはいいがそこから長続きせず自然と疎遠になるという事を繰り返していた。であるがために唯一無二というのはたくさんいる中で特別というより数少ない中で一番交流があるというだけである。


彼は私とは対象的な人間であった、私が彼より優れているなどと言うわけではないが危なっかしくて、無駄にいろんなことをやりたがる割には案外中途半端で終わってしまうこともあり、だが友情や愛情には厚く高校に入ったあたりから付き合っている子とは今や夫婦という関係になっている。


さて、そのようなことはさほど大切ではない。私の直面している問題、それは私の前に唐突に、当たり前のように現れてきたのだ。


彼が、交通事故に遭い意識不明の重体らしい。


彼はバイクがとても好きだった。


正面衝突だったらしい、ただそれだけだ。


私の胸中に湧いた感情は怒りでも悲しみでもない、ただただ無感情だった。このことに現実味を全くと言っていいほど感じられない、彼がベッドに横たわっていることを認められなかった、奥さんがベッドの横で泣き崩れているのを見てもそれを慰めることもしなかった。


できなかったのではない、しなかった、のだ。


慰めてしまったら、この状況を認めざるを得ないから。認めたら彼がそのまま死んでしまうような気がしたから。


彼が事故に遭って早一ヶ月、彼は目を覚まさない。


医者が言うにはバイタルは安定していていつ目を覚ましてもおかしくはないらしい、

だが彼は目を覚まさない。


奥さんはあれから毎日病院に通ってきているようだ、少し目の下に隈ができている。私は少し休んではと勧めたが、彼女はただただ私に微笑みかけてくるだけだった。


私はこれまで生きてきた中でかつてないほどの無力感を感じていた、結婚もせずずっと仕事ばかりしてきて蓄えはそこそこある、だが事は金で解決できる問題ではないのだ。


医学の知識もない、一度志したことはあったが諦めてしまった。今更学び直したところで役に立てることはないだろう。


彼にはいろいろなものをもらった、まだ何も返してはいない。ここでそのまま目を覚まさないといつまで経っても恩が返せないままだ。


早く、目を覚ましてくれ。


・・・本当に、そうなのか?


二ヶ月、三ヶ月と経っていくに連れて例の悪い考えは自分の中で大きく膨らんでいくばかりだ。彼の命が消費されていくのに比例して彼女の命も、まるで連動するように減っていくように感じた。


彼女まで倒れられてしまっては彼に示しがつかない、そう思い私は知り合って十年以上経って初めて食事に誘った。もとからなのかそれとも心労からなのか彼女は料理にあまり箸をつけなかった。


そのかわり彼女は彼との思い出、彼との生活、彼の好きなところ、嫌いなところを時間が許す限り語ってくれた。それに対し私はただただ頷き、話を聞いていた。


彼女との食事も終わり家に送り届けたあと、彼が倒れてから感じたことのなかった親友との語らいに似た満足感が私の胸中には在った。夫婦は似るものだというが本当にその通りかもしれない。


・・・本当に?


半年だ、彼が倒れ半年が経とうとしている。元々遅刻の多いやつだったが待たせ過ぎだ、バカ野郎が。


彼女も半年前に比べだいぶやつれ、失礼だが老け込んだように見える。


私は彼女に対してできることは何でもやった、彼がやってあげられない代わりに心を少しでもなごませることができればと思いあのあとから何度か食事に行ったり、ショッピングについていったりもした。だがそれでも、それらは私の中で<私は彼の代わりにはなれないのだ>ということを確定づけるだけの行動に終わった。


だがなんとしてでも、彼女には笑顔でいてほしい。


・・・違う、そうじゃない。


なぜなら私は、彼女の夫である彼の親友なのだから。


・・・お前は、彼女が好きなんだろう?



友情を隠れ蓑に、よりて、酩酊

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よりて、酩酊 @kokomitu

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