第2話 初めまして

 春というのは、始まりの季節だ。


 桜が咲き誇り皆が一様に新しい道へと歩みだすそんな時期。

 近いという理由で選んだ高校の受験を見事突破して俺は晴れて高校生となった。


 浮かれているかどうかと聞かれればいやまぁ別に? みたいな態度をとるかもしれないけど正直浮ついている。


 変化が訪れるこの瞬間はいつも何だかくすぐったいのだ。

 変ににやけてしまうというか、分かるでしょ? この気持ち。


 明日から学生生活……ドキドキするね。


「くぁぁ……」


 大きなあくびを一つ。

 スマホのホームボタンを押すとディスプレイに真っ黒な壁紙(黒いと節電になるって記事で見たから)と日時が表示された。


 もう22時だ。

 そろそろ寝ないと明日に響いてしまうだろう。


 だが、明日学校があるかどうか不安はあった。


「スッゲェ雨……。雨止むんかな……」


 今も轟々と鳴り響く風と雨の音。

 古い家だから屋根が軋んでるのがよく分かる。

 正直家が吹っ飛ぶんじゃないかってぐらいだ。


 ニュースでは台風が来るなんて予報、無かったはずだが。


「……話し声?」


 下から声が……多分大家さんだ。

 誰かお客さんでも来たんだろうか?


 ……こんな時間に?


 気になって階段を降りてみると、どうやら玄関先で話し込んでいるようだ。

 

「———から、———で」

「———ない———うか———がい———」


 雨風のせいで聞き取りづらかったが、やっぱりそうだ。

 こんな真夜中に、こんな天気の中、わざわざここに訪れた人がいるらしい。


「大家さん?」

「……風坊か。それがな、こやつがな」


 変に時代がかった口調で喋る大家さん。

 この人はこんないっつもこんなんだけど不思議と安心するんだよな。

 実家でお爺ちゃんとかと話してる時の安心感っていうのかな。


 っと、そんな事思ってる場合じゃなかった。

 俺の目の前に大家さんと話していた人が、玄関にいた。


 最初に目に飛び込んだのは、車椅子。

 次に濡れてしまっている毛布、濡れたブラウス、そして、どこか冷めたような目をした無表情の顔だ。


 歳は……俺より下に見える。


 この人は誰なんですか、と大家さんの顔を見ると大家さんは少々困ったように眉を下げていた。


「……取り敢えずこのまま濡れているのもなんじゃ、まずは上がるとよい」

「はい、ありがたく」


 想像通りの起伏のない冷たい声色。

 冷たいという表現も正しくない、何というか感情が抜け落ちたかのような子だった。


 もしかしたら、この子も訳ありなのかもしれない。

 

「風坊、お主はもう寝るがよい。後は儂が対応しておくからの」

「……いいんですか? 僕も手伝いますけど———」

「女の子を着替えを任せても本当に良いのかの?」

「……お休みなさい」


 俺の言葉に被せるように言ってきたその言葉は諦めさせるのに十分な威力を持っていたようだ。

 相変わらずこの人は……。


 いつまでもここにいたら服を脱ぐ事も出来ないだろうから俺は二階に戻る事にした。

 階段に足をかける前に、最後に後ろをチラリと振り向くと女の子が俺の事を睨んでいた。


———ような気がした。


 




「朝じゃぞー」


 朝がやってきたようだ。いつも通りの大家さんの掛け声を目覚ましに体を起こす。

 天気はどうなったのかと思って窓の方へと視線を移すと、豪雨で外は大荒れだった。


 まぁ、こうなってしまった以上は入学式は延期だろうな。

 仕方ない、こればっかりはどうしようもないものなのだから今日はゆっくりと休むとしよう。


 欠伸をしながら階段を降りていくと、嗅ぎ慣れた味噌汁の匂いが鼻を刺激する。

 この匂いを嗅ぐ度に「あぁ、朝だなぁ」と思うのは我ながら単純だと思う。


 そして居間へ向かうとあの女の子が足に毛布をかけて座っているのを見つけた。

 寒がりなのだろうか?


 一応同居人になったんだろうから、朝の挨拶をする。


「おはよ」

「おはようございます」


 しっかりとした返事が返ってきた。


 昨日はこの子が濡れていたというのもあって、あまり見なかったけどよく見ると髪の色が白かった。


 気になりはしたけど、こういうのはすぐに聞いちゃいけないような気がする。

 もしも、理由があってその髪の色なら髪の色について聞かれるのは嫌かもしれないからだ。


 他の人達と比べて明らかに違う部分があるのは、自分にとってコンプレックスになっている可能性が高い……と、思う。


 普段通りに接するのが一番、って事だな。


「残念じゃったのう、風坊。先程学校から電話があってな、今日は休校になるから入学式は延期だそうじゃ」


 やっぱり。


「こんな天気じゃ流石に……」

「そうじゃのう。ま、今日は家で本でも読んでるが良かろう」


 朝餉じゃ朝餉、と言いながら味噌汁を茶碗によそうとテーブルに三つ置く。

 今までは二つだった皿や茶碗が一つ増えた、それが何となくではあるが……嬉しかった。


「いただきます」

「いただきまーす」

「うむ、たんと食べるが良いぞ」


  俺も大家さんも、そんなに喋る方ではない(特に食事中)のだが、この子もそんなに喋る方では無いみたいだ。


 黙々と食べる俺達だったが、不思議と悪い気はしなかった。

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君の物語 貴花 @kika_0905

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