最終話 共に生きる
ようやく僕たちはフルーレティを倒すことができた。
床に横たえたままになっているアンリエッタのもとへと、僕はあわてて戻った。
ダメだ……。もう息絶えてしまっている。
怒りを抑えて、もっと冷静になっていれば早く倒せたのに。
僕の未熟さのせいだ。
ここはゲームの世界じゃない。
異世界とはいえリアルで人は死ぬ。復活の呪文はあるけど、完全に息絶えた人は助けられない。
リセットボタンなんてない。
心に真っ白な穴が開いたような気持ちだ。彼女の気持ちに応えられなかった。自ずと頬に涙がつたわる。
茫然と立ち尽くす僕に、アイリーンがぽつりという。
「こやつもお前様がこの世で一番大切だったんじゃな……。儂と同じか」
ふうぅ、と深いため息をつくと、突然、アンリエッタの脇に跪いた。
「どうしたの? 鎮魂の祈りを捧げてくれるの?」
僕の問いには答えずに、静かに首を横にふる。その目はどこか哀しげだった。
強い決意を抱いた瞳を天に向けると、両手を掲げた。
「未来を司るスクルドよ! 願いがある。儂の魂をこの小娘に!」
え? ちょっと待って! どういうこと?
アイリーンは死ぬってこと? 彼女は自らが犠牲になって、アンリエッタを助けようとしている。
「ちょ、ちょっとアイリーン。何言ってるの? やめてよ! 僕と一緒にいてよ!」
「スクルドよ! 最初で最期の願いじゃ」
僕のいうことなんておかまいなしに、聞いたことがない呪文を必死に詠唱し続けた。古い呪文に詳しいミロンさんも訝しげに首を傾げている。
急に風が吹き、桃色の花びらが舞った。甘い花の香りの渦のなかから、女性の声がした。
『かまわないのですか? わが娘アイリーンよ』
「儂はこのものと一緒ならば、どのようなかたちでもよい。それにこのものが悲しむのは見たくないのじゃ」
いったい誰と話してるんだ? 姿が見えない。それにこれは……。声じゃない。心の中に響いてくるような、頭の中に直接話してくるような感じだ。
『そうですか……。まだこの娘はヴァルハラには来ておりませぬ。今のままだと半分あなた、半分この娘となりますがよいですか?』
「スクルド、儂はそれでもいい。儂はこのもののそばにずっといたいのじゃ」
『……わかりました。罰を与えましょう。あなたは断りなしに異世界から、この男の子を連れてきましたね。その罰として人として歩みなさい。命は有限となりますよ、よいですか?』
「ありがとう、わが創造主よ」
『今後は二人の名前をとって、アンリーンと名乗りなさい』
花の舞が一層強くなり、アイリーンもアンリエッタの姿も見えなくなっていく。
花の嵐のなかで声がする。
『この娘、アイリーンがこんなことを言うなんて……。お呼びした甲斐があったというものです。ありがとう、ピーター。いや、元・吉川諒さま……』
ひとひらの花びらがスーッと頬を撫でるように舞った。まるで僕をいつくしむかのように。
花の嵐がやみ終わると声の主の気配も消えた。
残ったのはアンリエッタだけだった。
「アンリ……」
おそるおそる彼女の腕をさすると、ピクッと動いた。さっきまで冷たくなっていたのに。
ゆっくりと目を開ける。
その途端、胸の中から気持ちが溢れ出して、彼女を抱きしめた。
「アンリ? よかった……」
「……あたしともう一人、いるよ、ピーター 『儂もいるぞ、ここに。同居してるのは変な気持ちじゃな』」
一人の女の子から二人の子の声がする。
「アイリーン?」
こくりと首肯した。アンリエッタの肉体に、アンリエッタ本人の魂とアイリーンの魂が同居していた。あの花の嵐の中にいた人の言う通り、半分はアンリエッタ、半分はアイリーンになったのだ。
「面倒くさいなあ 『儂もじゃ、でもわかるじゃろ』」
完全に声色が変わるし、口調も違う。わかることはわかるけど、見た目はアンリエッタだ。
「そ、そちらはどなたかな?」
こわごわとミロンさんが話しかけた。一人の娘から聞き慣れた二人分の声がするのだから、当然かもしれない。
「あたし? うーん、どう呼んでほしい? 『儂は二人の名をとって、アンリーンでよいと思うぞ』」
便利なことに二人で話し合いもできるようだ。
ミロンさんが目を白黒させて、矢継ぎ早に彼女(たち)から話を聞いている。魔法的に面白いのかもしれない。
それにしても、まったく妙なかたちでアンリエッタは復活したものだ。
一人で口が二人分だから、今までより騒々しくなるかもしれないな。
将来のことを考えて、ちょっと苦笑いをした。
★★★★★
魔王軍の中将を倒した僕たちは、後日、カロウバウ王に直接呼び出された。
ミロン軍曹とまだケガが癒えぬアンドレ少尉、アイリーンとアンリエッタの融合体であるアンリーン、精霊たちの関係者全員だ。
「おもてをあげい!」
宰相でなく、王自らが声をかけるのは異例だ。
「ふっ。前に会った時よりもたくましくなったな、ピーター殿」
「め、めっそうもございません」
王に『殿』と敬称をつけられて、心臓がバクバクする。
だって僕は異世界人。一度、投獄された身だ。またぶち込まれるかもしれない。背筋に冷たいものが流れてくる。
「君を魔術師軍総指揮官に命ず」
「すみません、すみません。え……あれ? 今、なんて」
「わははは、ピーター君。君は今日から魔術師軍総指揮官だ。不服かな?」
「い、いえ。ありがとうございます。でもご存知の通り、僕は異世界人です。よろしいのですか」
僕が密入国管理法違反と世界転移魔法使用の罪で捕まったことは、当然知ってるはずだ。宰相はそこにいるし、逮捕状には王の押印がしてあった。
「かまわぬ。それより貴殿はここにいる皆の命を救った。そして魔王軍の中将を倒したのだ。たとえ異世界人であろうと、われらの恩人には変わらぬ。よって貴殿に魔術師軍総指揮官の地位と伯爵の称号を与える」
呆然としてしまった。てっきり罵声を浴びせられるか、再逮捕されるかと思っていた。
謁見の間にいる貴族たちや王、近衛兵たちまでが、僕らを拍手で祝ってくれている。
周りを見渡し、僕は深々とお辞儀をした。
★★★★★
元いた世界でも異世界に来ても、やる気のない落ちこぼれだった僕は、こうして魔術師軍の指揮官となった。エライ出世だ。
これもあの時、くだらないと思っていた元の世界で、道端の本を拾っていなければあり得なかっただろう。
何よりもここに来て、出会った人たちの力添えがなかったら、僕はずっと落ちこぼれていただけだったろう。
「ほら、お前様! モンスターだぞ! 『先に行くわよっ! このノロマっ!』」
「ああ。わ、わかったって……アンリーン。まだ書類が」
二人三脚になったアイリーンとアンリエッタに強引に引っ張られつつ、内心、彼女たちと
悲しいこともあるだろう、悔しいこともあるかも。
でも彼女たちが一緒だから。
やる気のない魔術師見習いの落ちこぼれだけど? 〜魔導書姉さんや精霊やらとイチャイチャしてたら出世した〜 なあかん @h_mosa
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