第47話 戦いの果てに
とっさに何が起こったかわからなかった。
すぐ目の前には身をそらせ。つんざくような悲鳴をあげるアンリエッタがいた。
うそ……だろ? 夢だ。これは悪い夢だ。
ただただ彼女の血を浴びて、僕は立ち尽くした。
何も感じられない。目の前でのたうちまわる見慣れた女の子だけが、今の僕の全て。
「あははははっ。やったのです! これで女神の祝福を受けた異世界人は無力になったのです!」
天井のほうからアイナこと、フルーレティの声がする。
もうどうでもいい。アンリエッタを守れなかった。ここに来てから、ずっと僕のことを気にかけてくれていた幼なじみを守れなかったんだ……。
「お前様! しっかりしろ! まだ敵はおるっ!」
魔導書アイリーンが叫んだ。
彼女の叫び声でハッと目が醒める。
「アンリぃ――――!」
息も絶え絶えになっている幼なじみを抱きしめた。
「……ピーター、あんな卑怯な奴に負けちゃダメ」
フルーレティを睨みつけながら、彼女は言った。
いつもの口調、いつもの目つきだ。そのことが胸の奥をギリリと締めつける。
「アンリぃい……」
「泣かないの、ピーター……。あなたが異世界人でも何でも……。ピーターはピーター。あたしが大好きなピーター……」
いつもにまして優しくそう言って、僕の頬をそっと撫でると、ロウソクの灯火がすうっと消えるように力尽きた。
「うわあああああっ!」
激しい怒りがふつふつと心の奥底から湧き上がってくる。
ギリリと歯が割れんばかりに噛み締める。
力尽きた幼なじみをそっと床に置くと、僕はフルーレティを睨みつけた。
「おのれ! 許さない! 僕はお前を許さないっ!」
カアっと全身の血が沸騰する。
そのまま僕は左掌を掲げて詠唱した。
「ファイヤーストーム! フルーレティを焼き払え!」
業火が湧き上がり、彼女が炎に包まれる。
「ばっかじゃないの。なのです。このくらいじゃ全然なのです、ピーター君」
爆炎の中からフルーレティが姿を現し、あざけるように舌なめずりをする。そんな不遜な態度がよけいに腹立たしい。
「お前様! 怒りに身を任せるんじゃない! 魔法が使えなくなるぞ」
アイリーンが隣にやってきて、冷静さを取り戻すように懸命に話しかけてきた。
わかってる、わかってるんだよ……。でもアンリエッタは……。
再度、ファイヤーストームを放とうと、左腕をあげた時だ。
バチン、と頬を叩かれた。
叩いたのはアイリーン。
「何するんだ……」
理不尽だと文句を言おうとして、彼女をにらんだ。
溢れんばかりの涙をためて、震えながら僕を見つめている。
アイリーンが泣いている。あの勝気な彼女が……。
事の重大さに。自分の愚かさに。僕はようやくわかった。
彼女だって、ずっと僕を支えてきてくれた。僕を守ってきてくれた。むしろアンリエッタ以上だ。
「やっとこっちを見てくれたか、お前様……。カタキは取りたくないのかの。儂は悔しいぞ。今、怒りにまかせてしまったら、フルーレティの奴の思うつぼじゃぞ。儂らはお前様に力を貸すためにここに集ったのじゃ。儂らを使うがよい」
はたで見ていたエアやフレイヤ、グラキエが集まってきた。
アイリーンをはじめ、精霊たちの顔をひとりひとり見ていく。
よく肩の上にのってくる甘えん坊なエア。
二番目の精霊で『居心地がいい』といって、ひとの体の中で暖まっていることが多い炎の精霊女王フレイヤ。
捕まっているときに誓約を結んだ水と氷の精霊女王グラキエ。いつも冷静でさまざまなことを教わった。
そしてアイリーン。
彼女は僕に第二の人生を教えてくれた。
本当の魔法が使えること。精霊たちと誓約できること。あんまり人と仲良くできなくって、悩んでる時も親身になって相談にのってくれたこと。
『人喰い』と後ろ指をさされるかもしれないのに、大魔導書グリモワールを喰べて僕を救ってくれたこと……。
みんながそばにいてくれたから、僕がいる。
目を閉じて、スーッと深呼吸をした。
怒りのあまり沸騰していた頭がクリアになっていく。
「いつまでもみんなで見つめ合っていない。気持ち悪い。なのです」
フルーレティのほうへ視線を向けると、両手を上にあげて渦を作っていた。禍々しい漆黒の渦が彼女の頭上にある。
「そろそろトドメなのです! 地獄で調教してやるのです、異世界人と精霊たちっ!」
両手を一気にふりおろすと、竜巻のような渦が僕らに襲いかかってきた。
「まっかせなさい☆」
「貴女だけでは不安ですわ、フレイヤ」
「……私も参戦するぞ」
いち早く僕の前に出たのは、フレイヤとグラキエ、そしてミロン軍曹だ。
「ウルトラファイヤーストームっ! 漆黒の渦を吹き飛ばしちゃえ☆」
「グレートフリーズ! フルーレティよ、凍れよ!」
「アイスボーン! 氷槍よ、刺され!」
おのおのが得意な魔法を、黒い渦やフルーレティ本人めがけてぶつけた。
瞬時にフルーレティの前に防御用魔法陣が展開され、彼女を狙った魔法はことごとくはねつけられた。
代わりに漆黒の渦が迫る。今にも巻き込まれそうになった時。
「ム——!」
唸り声とともに不意にストーンウォールが視界を遮る。すると渦が土壁に阻まれてかき消えた。
誰も土属性の魔法は使ってなかったのに。
今度は氷の
誰が土魔法を使っているか、グラキエが教えてくれる。
「あらあら、大地の精霊ノーム様の参戦ですわね」
「ノーム? ああ、監獄から出るときに教えてくれた精霊さんか」
「ええ。ここはフルメンバーで。とおっしゃってますわ」
「ありがとう! ノーム」
伝わるかどうかはわからないけど、僕は大地に向けて礼をいった。
それに応えるかのように、フルーレティの攻撃を次々とブロックしていってくれる。
「防御は土精霊に任せて、これから反撃じゃ! お前様、いくぞ!」
「わかった、アイリーン。エア、時間制御魔法を全開してくれっ!」
「はあい、ご主人様。詠唱いきますよん」
「「風と空の女神の名において、われらは共に風と空にならん!」」
全開の時間制御。僕だけではなく、視野にいる味方全員の動作を早めるためのものだ。もちろん魔力を大量に使って消耗する。
もはやそんなことは気にしていられない。
これはガチの殺し合いなんだ。
隣に寄り添っているアイリーンとともに、火球や氷槍をふるってフルーレティに立ち向かう。
「ふん、われらと同じ魔の存在でありながら、どうして異世界人に肩入れする。なのです?」
アイリーンのアイスブレードをかわすと、敵は小馬鹿にしたように彼女に問いかけた。
「貴様にはわからぬ。
「悪魔か……あなたは何? ずっと
ふん、と鼻を鳴らしてアイリーンを見下した。
「わ、儂は……」
まずい! 動揺して僕をちらちら見ている。今にも泣き出しそうで、切なそうだ。
セシルを喰べてしまったことだろう。
僕たちの敵、大魔導書グリモワールだったとはいえ、ともに時間を過ごしたセシルだ。それを喰べ殺すのには辛く思ったはず。
フルーレティはグリモワール同様、人の弱みにつけ込んでくる。
ここでアイリーンの力にならなかったらダメだ。彼女はパートナーだ!
「僕は気にしないから! 僕を助けるためだったんじゃないか。アイリーンは間違ったことはしてない!」
捕まる前、彼女に言えなかったことを素直に伝えた。
「……ありがとう。お前様が初めてじゃ。そんなことを言ってくれたのは」
気を取り直したアイリーンが再びフルーレティを睨みつける。
精霊たち、ミロンさんが再び集結した。
みんなの力を結集したい。
力を合わせれば、きっとこのフルーレティは倒せる。
不意に体育の時、みんなで手を繋いで強大な魔力が出たことを思い出した。あのときは学園の中庭の端から端まで、火球が届いたんだったけ……。
「みんな、手を繋ごう。それで詠唱するんだ」
倒せるかどうかわからない。
今、敵は両手を掲げ、見たことがないほど大きな魔力の渦を練っている。これはチャンスだ。魔法の規模が大きい代わりに、次の攻撃ができるまでのロスタイムがある。
さっき雹と炎の悪魔だって、アイリーンが言ってたな。
「よし! いくよ、アイリーン、エア、フレイヤ、グラキエ、ミロンさん。凍らせて一気に解凍だ!」
集中して詠唱の準備を整える。
目を閉じて、ただ精霊たちや自然の力に身をゆだねる。
「「「「「「グレートフリーズ! アンド グレートバーニングウォーター アンド グレートファイヤーフレイムっ! 滅せよ! 邪悪なものよ」」」」」」
コンマ数秒の合間にフルーレティは凍りつき、解凍され、一気に爆炎に包まれる。
精霊女王たちの膨大な魔力と、ミロンさんや僕の魔力が合わさった力が炸裂した。
「ぎゃあああっ! なのですぅ——」
フルーレティが燃え尽きて、灰になって行く。
僕たちは荒い息をしながら、その様子を眺めていた。
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