第46話 死闘のはじまり
監獄の入り口には誰もいなかった。
本来なら看守や見張りがいるはずだ。
どうしようかとキョロキョロしていると、真剣な表情でアイリーンが呟いた。
「みな、敵に対応するため呼び出されたのじゃろう」
「敵? グランキエさんも『敵』って言ってたけど……」
「ああ、儂がグリモワールの奴を喰ったからのう。親玉が出てきたんじゃ」
魔導書はそれを使うものあってこそのもの。
僕がアイリーンとペアを組んでいるのと同様、グリモワールもその使い手がいる。これは学園にいたとき、アイナさんから聞いた話だ。
「それって……強いよね?」
「ご安心してくださいませ。異人さま。わたくしたちがついておりますゆえ」
『そうだそうだ、だいたい高位の精霊を四人も連れ歩いてるなんてすごいんだぞ☆』
フレイヤは身体の中にいてもちゃんと話は聞いているらしい。
あれ? 精霊って四種類存在するのに、三人しかいないぞ。
「でも土の精霊はいないよ?」 そう。土の精霊がいない。
「お前様、土の精霊ならずっと前からそばにおるぞ」
「へ?」
すっとんきょうな声をあげると、アイリーンは地面を指差した。
「大地だっていうの? それなら誰だって土の精霊を従えてるんじゃ……」
「説明が悪うございますわ、アイリーン様。異人さまは、土の精霊ノーム様に愛されておりますわ。その証拠に今まで地面に叩きつけられたことは一度きりでしょう? それ以降は護ってると言っておりますわ」
言われてみれば……。
まだろくに飛べなかったころに、うまくコントロールできなくって地面に突っ込んだことはある。それ以降はどんなに地面すれすれに飛んでも、ぎりぎりまで急降下しても落ちたことはない。
「僕の前には現れていないけど?」
「それはそうでございますわ。この大地全体がノーム様なのですからね。わたくしたちのように人のかたちをしていないのです」
「グラキエはノームの親戚筋だからのう」
「え? 親戚だったの」
「ええ、大地の上に水は流れますから。それはともかく、お力はいつでもお貸しすると申しておりますわ」
狐につままれたような気分になっていると、少し前を歩いていたアイリーンが僕を制止する。
「ここから先は覚悟するがよいぞ、お前様。修羅場じゃ」
アイリーンや精霊たちの真剣な眼差しを受けて、こくりと頷いた。
★★★★★
僕たちが出てきたのは地上一階のエントランスだ。
大理石の床には大勢の兵士が血を流して倒れている。なかにはバラバラになってしまっている人たちもいる。
壮麗だった柱列も、あちらこちら折れてしまっている。
天井には大穴があき、上からパラパラと破片が落ちてくる。
怒号と悲鳴が上のほうから聞こえる。
「大丈夫ですか!」
足元に宮廷魔術師の人がいた。
見覚えがある。たしかに声をかけて、抱き起こした。
ひどい傷だ。腹部を引きちぎられたような跡と打ったアザがある。
「ううっ……」
「一体何があったんです?」 治癒魔法をかけながら尋ねる。
「ご乱心だ。アイナ指揮官殿の……げほっげほっ」
「アイナさんがどうしたんですか!」
僕なんかの治癒魔法が追いつかないほど、お腹から血を流している。
これ以上話を聞くのは無理だとわかってはいても、自分の上司が関わってるとなると、何とか聞き出したくなる。
「あいつは……あいつはフルーレティ! 魔王軍の……」
カッと目を見開き恐怖で体を震わせながら、彼は息絶えてしまった。
一度だけしか会ったことがなかったけれど、顔見知りが目の前で亡くなるのはつらい。
「アイリーン、僕……」
「お前様……泣いておるのか。そう嘆くな。かたきをとることが、何よりの供養になろうぞ」
脇からグラキエがスッとハンカチを差し出して、目を細めた。
「動揺されてますね。信頼していたかたが敵だったなんて……」
『やっぱりい☆ あたい、
「幼なじみさんや軍曹さんたちがいるじゃないですかぁ。私たちだっていますぅ」
次々と精霊たちが慰めてくれる。
卑劣だ……。
セシルといい、アイナさんといい、味方のふりをして近づいた。
許せない! ふつふつと怒りがわいてきた。
「ありがとう、みんな。力を貸してくれるかい?」
精霊や大魔導書たちを見渡す。みな決心したように強い眼差しでこくり、と頷いた。
★★★★★
たくさんのけが人や倒れてる塔の中、僕たち五人は上へと登っていく。
治癒魔法をかけながら聞いた話を話をまとめると、堂々と一階の正面玄関から入ったらしい。
アイナさんは魔術師軍指揮官だ。
当然、王宮にも出向くことが多い。衛兵たちも近衛も顔見知りが来たため、完全に油断していたようだ。
何食わぬ顔で手当たり次第に攻性魔法を放ち、破壊しつくした結果がこの惨状だ。
「エア、アンリエッタやミロンさんたちは?」
「ご主人様、この一つ上で敵と交戦中っ!」
「ありがとう。よし、行こう! みんな」
一足先に偵察に行っていたエアの報告を受けて、僕たちは上の階へとあがる。
最初に目が入ったのが、吹き飛ばされて壁に激突するアンドレ少尉だ。
壁の装飾や塗料が舞う中、僕たちは少尉のもとへ駆け寄った。
「……いたた」
「大丈夫ですか? アンドレさん。フレイヤ、グラキエ、治癒をかけるから結界をお願いっ!」
『了解☆』
「承知しましたわ、異人さま」
二人の精霊女王たちが防御結界を張ったことを確認すると、僕とアイリーンは少尉に治癒魔法をかけはじめた。
「ぴ、ピーター殿じゃないか……。捕まったと聞いてたが、無事だったか」
「ええ。それよりアイナさん……フルーレティはどこです?」
ボロボロになった腕をあげて、部屋の中央付近を指差す。
そこにはアンリエッタとミロンさんが、アイナこと、フルーレティと火球やヒョウをぶつけ合っていた。アンリエッタは剣も使えるが、基本は魔法の使い手だ。ミロンさんは言うまでもない。
敵であるフルーレティはアイナさんの姿かっこうのままだ。
これは戦いにくい。ミロンさんにとっては同僚だし、僕らにとっては上司だ。それも僕を宮廷魔術師軍へと引っ張り上げてくれた恩人だ。
「どうした? お前様。浮かない顔をしおって」
「い、いや。なんでアイナさんの姿のままなんだろうって思ってさ」
治癒魔法が終わりつつある僕の背中をパチン、と叩き、アイリーンは頭を掻いた。
「ふん、決まっておろうが。元々あの姿なのじゃ」
「戦ったことは?」
「ない。しかし魔王軍のやり方はこんなものじゃ。相手の弱みにつけ込んでくるのじゃ」
僕の弱点。
それはミロンさんやエア、アイリーンにも指摘されたことがある。
『女性に甘い』ということだ。ある意味優しいともとれる。そこを突かれたかたちだ。
「そろそろいい? あたいもう限界だよう」
「わたくしもですわ。異人さま、アイリーン様お力添えを」
「エア、少尉をお願いできるかな?」
「はい、ご主人様。安全な場所へ転送しますぅ」
無事、少尉が転送されたのを確認すると、僕たちはフルーレティの前へ向かった。
「おおう、ピーター君。大丈夫か」
飛行術でミロンさんの隣に行くと、彼女から声をかけてきた。
「はい、ミロンさんたちこそ大丈夫ですか」
「……ああ、アンドレはどうした?」
「治癒魔法で応急処置をしておきました。風精霊に頼んで安全なところへお連れしましたし、大丈夫だと思います」
「おっそいわよっ! ピーターっ!」
僕の左隣にアンリエッタが飛んできて。軽く小突いてくる。
見ると彼女の防具はボロボロになっている。だいぶ頑張ってるようだ。
「あんたの治癒魔法なんて習いたてだから、全然効かないんじゃないっ?」
「この生意気なかたは異人さまのお知り合いですか?」
アンリエッタの背後にいたのは水と氷の精霊女王グラキエだ。
後ろから冷たい視線とそれ以上の冷気が伝わってくる。アンリエッタとは初対面だから勘違いしてるんだろう。元々、幼なじみは口が悪い。
「まあ、一応、幼なじみだよ」
「まあまあまあ……。それでこの無礼ですか、異人さまがお許しになっても、このわたくしが許さないですわ」
「なんですってぇ。やる気? また新しい女を作って!」
「……二人とも痴話喧嘩は後にするんだ」
エキサイトしはじめたアンリエッタたちを軍曹が戒める。
さすがミロンさんだ。僕もアンリエッタも身が引き締まった。
「ふん、誰かと思ったら、異世界人の無法者なのです!」
聴き慣れた声。まさしくアイナさんだった。本人よりも大きいウォーハンマーと、魔法を行使するための杖をそれぞれ手にしている、
「異世界人だと! ほんとか? ピーター君」
「ピーターが異世界人っ! うそよっ」
ミロンさんとアンリエッタが同時に僕をみた。
驚きと畏怖、困惑が混ざったような表情だ。
「ピーターはピーターじゃ! のう、お前様。今はそんなことを言ってる場合ではないぞ。フルーレティの術中にハマってはならぬ!」
アイリーンの言葉にアンリエッタたちは顔を見合わせると、互いに頷く。
「あとで聴かせてもらうわよっ、ピーター」
「……私もな」
僕たちが一致団結したのをみて、気に食わなかったのだろう。
ペッとその辺に唾を吐き捨てると、フルーレティは詠唱した。
「地獄の中将フルーレティが命ず、わがもとへ集え! 使い魔ども!」
詠唱が終わるとともに、異様な姿をした魔物が出現した。
あるものは六本足で羽が生えているもの、またあるものは脇腹にエラがあるもの。どれもこれも人外のものだ。総勢五十匹ほどだろうか。
「行け! わが下僕たち。なのです!」
アイナさん、いやフルーレティが杖をかざして号令をかけると、彼らが一斉に向かってきた。
「よし! 行くぞ! ピーター、アンリエッタ!」
ミロンさんが負けじと号令を下す。
最初に僕が相手したのはハエのような魔物だ。
ぶんぶんと耳障りな音を立て、剣を持って襲ってくる。
ハエというよりハチっぽい感じだ。
「フレイヤ、焼き払ってよし!」
「やったね☆ じゃ遠慮なく。ファイヤーストーム!」
爆炎が前方にいたハエのような奴を焼き尽くし、直線状にいた他の使い魔たちをも巻き込んだ。
キー、という甲高い断末魔が聞こえる。直線上にいるターゲットを文字通り一掃してしまった。
「すげえ……」
「ふふん☆ 当然だわ」
「お前様、炎の精霊女王。ほれ、まだまだおるぞ」
アイリーンの叱咤が飛んできた。
当の本人は素手で使い魔たちを
僕が火球でタコのような魔物を倒した時だ。
「きゃあっ!」
下方からアンリエッタの悲鳴があがった。自然と視線が下を向く。
使い魔の剣をまともに食らったようで、脇腹を押さえて床へと落下してしまった。
「アンリっ!」
「だ、大丈夫だから……心配しないで前を見てよっ!」
気丈にも僕を見上げて、気をつけるように言う。
正直、傷は相当深い。放っておけるわけないじゃないか。
シッシッと戦闘に集中するよう追い払う彼女を無視して、僕はアンリエッタのもとへと降りた。
「何よっ、このくらい自分で治せるわよっ」
「何言ってるんだよ。その傷みせてみてよ」
傷をみようとしゃがみこもうとした時、悲劇は起こった。
何かがヒュンと音を立てて、耳元をかすめる。
それはアンリエッタに突き刺さった。
ぎゃっという短い悲鳴とともに、幼なじみの血が僕の顔にかかった。
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