第45話 脱走と救出

 グラキエが立ち上がった時、急にドシン、という地割れのような音とともに大きく揺れた。


「な、なんだっ! 地震か!」

「違いますわ、異人さま。これは魔王軍の波動ですわよ。いよいよきたのですね」

「魔法軍だって?」

「ええ。それも幹部クラスですわね。これは……」


 眉根をひそめて上の方を見上げた。

 ここは王城の最下層にあたる。


 ドシンドシン、という地割れ以外にも、ガラガラと大きなものが崩れる音が響いてくる。監獄ここにいてもわかるくらいの絶叫や悲鳴もしてくる。


 ただ事ではない。

 逮捕されたとはいえ、一応、魔術師軍の一員だ。気になる。

 すぐにでもかけつけたいけど、手足にはかせがつけられている。水を飲んだり食事をしたりくらいはできるが、そう自由には動かせない。そのうえ監獄のなかだ。鉄格子のなかでじっとしているしかないのか。


「異人さま、わたくしが何とかしましょう」

「グラキエさん、どうにかできるの? みんなも捕まってるんだよ」


 周りを見渡してみても出入り口は頑丈そうな鋼鉄の扉ひとつだけ。

 水と氷の精霊であるグラキエさんに破れそうにない。


「わたくしの左手を握ってくださいませ、あ、もちろん魔法の力が発揮できるよう左手でですわ」


 ちょうど向き合うかたちで、言われるがままに彼女の左手を握った。その途端、体内の液体という液体が激しい音を立てて、枷の部分に集まってきた。

 

 自然とポタリと手枷足かせが取れると、さっそく僕とグラキエは鋼鉄の扉を押してみた。

 当然ながらびくともしない。鍵がかかっているだけではなく、ぶ厚く重いのだ。鍵だけならば、無理やり力任せにこじ開けることもできた。

 

「これはどうしたものでしょう。弱りましたわね」


 こちらの手持ちの魔法は水と氷、それから流れを変える時間制御だけだ。実際の戦闘まで魔法力は消耗すべきじゃない。そのうえこの場面では時間制御は意味がない。できれば水と氷の精霊の力を借りたい。


 ふと、思いついた。

 金属は極端な温度変化に弱い。試してみてもいいかもしれない。


「グラキエさん、お湯は出せるかな?」

「ええ、まあ。あ、なるほど凍らせてから、一気にあっためるんですね」

「うん、熱膨張の応用だね」


 向こうの世界で唯一得意だった理科の知識だ。


「わかりました。お力添えいたします」


 左の掌にそっとグラキエの腕が絡まる。


「「フリーズ! アンド バーニングウォーターっ!」」


 二人で詠唱すると一瞬で鋼鉄製の扉が凍りつき、続いて部屋の奥にまでもうもうと湯気があがった。

 熱気が収まり視界がひらけてきたのを見計らう。


「よし、二人で押そう」

「はい、異人さま」


 二人で扉に体当たりすると、あっけなく扉の鍵が壊れた。

 先に廊下に出ると、立っていたはずの看守たちがいなくなっている。


「誰もいないね」

「おそらく今の騒ぎで皆さん上層へ応援に向かったのでしょうね」


 今も上から地鳴りや悲鳴が聞こえてくることを考えると、グラキエの推測は正しいように思えた。この混乱に乗じて、精霊たちを助けよう。


「じゃ、最初はフレイヤを探そう。グラキエは彼女から依頼を受けたんだよね?」

「まあ、そうですけれど、序列を考慮いたしますと、まずはアイリーン様からですね」

「精霊界でも上下関係ってあるの? フレイヤに頼まれはしましたが、」

「当然ですわ、異人さま。あの精霊女王は後回しでも十分かと存じますわ」


 しれっと厳しいことをいう。

 なかなか世知辛いなと思いながら、狭い廊下を足早に移動する。


「ところで異人さま、アイリーン様の居場所はおわかりですか?」

「ああ、たぶんわかるよ。近くにいると左腕がもぞもぞするんだ」


 元の世界でそんなことを口走ったら、間違いなく中二病扱いだろう。ほんとにアイリーンが来る時とか、近づくとそう感じるんだからしかたない。


「あら? どうして笑われているのですか?」

「いやね、元の世界のことを思い出してたんだ」

「異人さま、元の世界のほうがよろしかったですか?」


 アイリーンの気配を探りながら思い返してみる。

 こっちのほうが僕には似合ってるように思う。友達ができたのもこっちだし、心配してくれる女性や精霊がいるのもこちらだ。


「ううん、今のほうが僕にはいいよ」

「さようですか」


 後ろから聞こえるグラキエの声がどこか安堵したように聞こえた。



 見つけた! 間違いない、アイリーンだ。

 ふてくされて寝てるのか、疲れているのか妙に静かだ。彼女も僕の気配を察知してるはずなのに。


「こちらですね」


 扉の前で立ち止まった僕にグラキエが尋ねた。

 こくり、と黙って頷いた。

 見張りがいるかもしれない。周りに注意して僕はコンコンと扉をノックしてみた。


「お、お前様か……」


 疲れ切ったか細い声がした。間違いなくアイリーンだけど、いつも自信に満ちている彼女らしくない。


「アイリーン、大丈夫? どうかしたの?」

「すまぬの。魔法結界が張られてて力が出んのじゃ」

「わかった。結界さえ何とかすれば、ここから出られるよね」

「たぶん大丈夫じゃ」


 アイリーンの状況はだいたいつかめた。

 どうにかして魔法結界を破りたい。でもどこにどうやって結界を張っているんだろう。


「ね、グラキエ。ここの結界ってどうなってるかわかる?」

「はい。おそらくアイリーン様の魔法をすべて跳ね返す鏡のようなものでしょう。かのお方のように強力な魔法を封じるのに、もっとも安価でよい方法ですので。それ以外の方法もございますが、かように狭い場所では術を施せませんから」


 なるほど。鏡のようになってるのか。

 それなら鏡を割るように外側から力を入れればいいんだ。


「ありがとう、グラキエ。ところで一つ力を貸して欲しいんだけど……いいかな?」

「喜んで! アイリーン様を助けるためでしょう」

「外から扉を壊したいんだ。また一緒に急速冷凍・急速解凍をしてくれないかな」

「承知しました、異人さま。それでは早速まいりましょうか」


 にっこりと微笑むと僕の左腕に左手を添えて、共に詠唱した。

 熱膨張により扉の鍵が壊される。


「おお! やるじゃないか、お前様。中からは開けられなかったからのぅ」 


 と、ギギっと扉を開けるなり、アイリーンが抱きついてきた。


「お久しぶりです、アイリーン様」

「ん? グラキエ女王か。久しぶりじゃの」

「女王? グラキエさん、水と氷の精霊女王だったんだ!?」


 にこやかに頷いてみせる。


「なんじゃ、グラキエ。ちゃんと教えなかったのか」

「異人さまが萎縮されるかと思いまして……」

「ふふ、可愛いじゃろう? グラキエ」

「ええ。うらやましい限りですわ。アイリーン様」


 うふふ、と二人とも僕をみながら微笑んだ。


 同じ精霊女王でも豪快で傍若無人なフレイヤとは大違いだ。水と氷の精霊のほうがおしとやかで礼儀正しい。

 と、心の中で二人の精霊女王を比べていると、囚われている真紅の精霊のことが気になりはじめた。


「あのさ、二人ともフレイヤたちを助けないと」

「そうじゃな。今度の敵はフレイヤ抜きじゃ難しかろうて」

「ああ、そうでしたね。約束をしていたのですわ。助けないとうるさくって……」


 ふぅ、とため息をつくとグラキエは、僕とアイリーンの後ろからついてきた。


 ★★★★★


 王宮内の監獄はらせん構造になっているようだ。

 特に階段もないのに上へ上へと上がっていくのがわかる。


 だいぶ廊下が明るくなってきた。もうじき監獄から抜けられる。そう思った時、たまたま触れた扉からエアとフレイヤの気配が感じられた。


「アイリーン、ここだよね?」

「うむ、そのようじゃ。二人とも一緒のようじゃな。またお前様たちの氷魔法で開けてみるか」


 ふと、思いついた。

 フレイヤは炎の精霊だ。熱湯をかけるよりも彼女の火力を頼った方がいいかもしれない。


「フレイヤ! 聞こえる?」

「遅いよう☆ 気配はしてたけどさ、もうちょっと早めにきて欲しいな」

「そっちから炎は出せるかな?」


 近くで慌ただしく人が動いている気配がする。

 今、こっちに来れられたら困る。アイリーンたちがいるとはいえ、騒ぎを起こしたら、再びぶちこまれるだろう。


「ん――。出せるけど、その扉を壊せるほどじゃないわ☆ 」

「扉を熱してくれればいいよ。こっちからはグラキエさんが同時に冷やしてくれるから」

「なる☆ 同時にだね」


 グラキエさんの手をとって、僕は詠唱をはじめた。

 それと同時に中からフレイヤが呪文を唱える。


「「フリーズ! 扉よ、凍れよ!」」

「フレイムストリーム! 扉を焼き払え!」


 内側から一気に熱気が噴き出すと、エアとフレイヤが中から飛び出してきた。


「ご主人様――!」

「うう、寒いよう……」


 一気に熱量を使ったフレイヤが震えながら、いそいそと僕の身体に潜り込んだ。一方、エアは定位置である僕の左肩に乗っかると、頬にしがみついてきた。

 二人とも不安だったんだろう。


「よし! みんなそろったことだし、上の様子を見に行こう!」


 キュッと唇を噛み締めて上のほうを見上げると、女の子たちは全員、力強く頷いた。

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