ずぼら


 テキパキしている、しっかりしているなどと言われると、違和感を覚える。


 佐野清志は、自分はずぼらだと思っている。ずぼらを極めたくて努力した結果、一周してそう見られるようになったのだろうと推測する。


 月曜日、仕事を終えて住み慣れた部屋の鍵を開けた。スーツを脱ぎ、ハンガーにかけて除菌スプレーをかける。ワイシャツは洗濯カゴに放り込み、浴室に直行する。


 シャワーは15分。トランクスとTシャツを身につけ、時計に目をやる。帰宅してからここまででわずか30分だ。


 冷凍庫を開けて、ワントレータイプの冷凍食品を取り出す。ハンバーグに野菜の付け合わせ、そして米。はじめて見つけたときは驚いたものだ。


 手作りに比べたら体に良くないのかもしれないが、カップ麺ばかり食べるよりずっといいだろう。


 無理に自炊して生ごみとストレスをためるより、こうやって手を抜いたほうが自分には健康的なのだと思うようになった。食べ終わったら軽くすすいで、密閉して捨てれば匂うこともない。


 冷凍食品をレンジで温めているあいだ、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。


 風呂上がりの、至福のひと時。


 プルタブを開け、勢いよく最初のひと口を流し込む。


どことなくフルーティなこのビールは、名前の通り高級感があって、週の始まりと終わりにはもってこいだ。


 清志は、再び時計に目をやる。22時。

寝るのはたいてい1時頃だから、あと三時間は自由にダラダラできる。

ビールの美味さも手伝って、顔がにやけてしまった。



 今の生活スタイルが出来上がってもうすぐ2年。


 手を抜くところは抜き、やらざるを得ないものはルーティンにしてしまう。


 本当はとことんずぼらに過ごしたいところだが、例えば、ごみを捨てるのは面倒だが、虫がわいて退治するのはもっと面倒だ。衣類の洗濯は面倒だが、着るものがなくなって慌てるのはもっと面倒だ。


 よって、ごみはためない代わりに自炊はきっぱり諦め、洗濯はするが週に一度、着る服は同じタイプを数着ずつ揃え、組み合わせを考えなくてもいいようにしている。


 いわば、全ての物事の面倒さを不等号で表して取捨選択してきたのだ。


 自然と、仕事にもそれは表れている。残業するくらいなら、昼休みにおにぎりを片手に仕事をすすめる。飲み会に行くくらいなら、その日の残業をすすんで引き受けてわざと半分遅刻する。あとで説教されそうなら割り切って参加するが、なんとしてでも、悪酔いをしたふりをしてでも、一次会で帰る。


 気づけば、ストレスは減り、貯金と自由時間が増えていた。


 加熱が終わったことを知らせる音が鳴った。トレーを取り出し、食卓に運ぶ。

 ハンバーグに箸を入れ、口に運ぶ。最近の冷凍食品は美味いものだ。


 ビールに口をつけると、静かに幸福が湧き上がってくるのを感じる。

 さて、食べ終わったらテレビをつけるか、ネットで動画でも見るか。


 人によっては「わびしい生活」と感じるのだろうが、清志は確信する。ここには幸せしかない。


 自由時間を増やすためには努力を惜しまないが、ほかにはなにも望まない。


 嫁も子どもも、一軒家も高級車もいらない。


 新卒で就職したころは、自分はなぜ働いているのか、という自問自答に悩むことも多かった。



 今ははっきりしている。


 いつか思う存分怠けるためだ。


 そして、美味いビールを飲むためだ。




 ☆モデルにしたお酒は、サントリーの ザ・プレミアムモルツ!


 今回で完結です。

 見返すと、だいぶ出てくるお酒やつまみに偏りがあって、自分の好きなものだけで書いてしまったなーと…(笑)。でも、そのぶんすごく楽しんで書くことが出来ました。

 読んでくださった皆様に感謝です。

 

 それでは、よいひとり酒を。。。

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月曜日は、ひとり酒 かまぼ子 @zubora30

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