なつまつりのおもいで
上岡涼子は、職場からの帰り道、コンビニに寄った。
週の始まりの夕食からコンビニ弁当というのはどうだろうと思いながらも、昼は持参した手作り弁当だったのだから良いという結論に至った。
飲料コーナーでミネラルウォーターを手にすると、「ラムネサワー」という缶チューハイを発見した。
水色の缶に、コップに入ったラムネとビー玉のイラスト。
おもわず、カゴに入れていた。
部屋に帰って、はやくも後悔した。
涼子は昔から、炭酸飲料が好きではない。アルコールには弱くないが、炭酸のないカクテルや日本酒のほうが好きだ。
なのにどうして、買っちゃったんだろう。
いや、理由はわかっている。
涼子の住んでいる地域は、昨日まで夏祭りだったのだ。
土曜は出勤だったし、日曜は疲れてごろごろしていたので、わざわざ行かなかったのである。
しかし、出勤時自転車を漕ぎながら、吊るされた提灯を見上げて「あーあ」と思ったことは確かだった。
就職のために引っ越してきたアパート。余裕ができたら周りをゆっくり散策しようと思いながら早4年。気づけば、平日は帰って寝るだけ、休日は疲れて寝るだけ。
スーパーとコンビニ、ドラックストアぐらいしか近所を知らず、祭りになんて行く余裕がない。
たぶん、心のどこかで、「お祭り気分」を味わいたかったのだろう。
まあ、せっかくだから飲むか、とコップを用意する。
買ってきたおにぎりと、冷凍庫にあった唐揚げと枝豆。
コップにラムネサワーを注ぐ。
見るからにしゅわっときそうな泡。
2秒くらい見つめ、思い切って、ぐいっと飲んでみる。
甘い、でもどこか爽やかな味。そして…
「うっ!」
強い炭酸が、喉を刺激する。
「いってぇー…」
やっぱり、大人になっても苦手は苦手だな、と苦笑いする。
それでも不思議なことに、もう一口飲みたくなった。
もう一口飲んで、うん、やっぱり、痛い。
涼子はおにぎりをかじりながら、どこか懐かしい気持ちになっていることに気付く。
小さいころは、毎年家族で夏祭りに行った。
屋台にあるいろいろなものはどれも魅力的に見えたが、涼子は妙に(と今なら思うが)遠慮がちで、なかなか「買って」が言えなかった。
おもちゃのくじ、クレープ、きれいな飴。目移りしたが、自分だけが「欲しい」と言い出すことができず、姉や弟がねだったものを「わたしも」ということが多かった。
姉と弟は、いつも屋台のジュース売り場でラムネを買ってもらっていた。大きな水槽に氷が浮いていて、そのなかにたくさんのジュースが冷えている。
炭酸を飲めない涼子が「じゃあ、わたしはこれ」とオレンジジュースを選ぶと、「そんなの家にもあるじゃん」と言われ、膨れながら「じゃあいらない」とやめた記憶がある。
姉弟や両親がいうには、「祭りでしか買えないものを買え」とのことだったが、子ども心には納得がいかなかった。
今は、なんとなくわかる。
焼きそばやらたこ焼きやら、屋台だから美味いものというのはあるし、ラムネはそのへんのスーパーではなかなか見かけなかった。
買って飲むことはなかったが、光景は覚えている。手のひらでビー玉をポンっと押し込み、泡が上がってくる瓶にあわてて口をつける姉や弟の姿。
「ひとくち飲む?」と言われて飲んで、「うわー、痛い!」と言って笑われた。
不思議だ。自分が買ってもらったわけじゃないのに覚えているなんて。
当時は実感していなかったけれど、涼子のなかで、「夏祭りといえばラムネ」だったのかもしれない。
飲むたびに喉は痛むけれど、もう一口、もう一口と飲み進める。
「あーーっ」
唸りながら思う。
来年の夏祭りは、仕事帰りでも屋台に寄って、子どものころ「買って」が言えなかったものをどんどん買ってみようか。
ついでに、冷えたラムネも。
☆モデルにしたお酒は「ほろよい・ラムネサワー」!甘いけどおいしい。そして夏っぽい。
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