日本を出たことがない。それどころか、国内でさえ、修学旅行や出張以外で遠出したことがない。


 倉田俊介は、「旅」というものにさほど魅力を感じないタイプの人間だ。


 大型連休が明けた月曜日。会社ではみんなが旅行先の土産を配っていた。


 沖縄に行った、京都に行った、ラスベガスに行った…等。みんなアグレッシブだなあ、と感心してしまう。近頃では、土産のもらいっぱなしにも胸が痛まなくなった。


 倉田さんはどこか行かれたんですか、という問いかけは、その度に「いいえ、家でゴロゴロしてました」と答えていたら、入社3年目くらいから誰にも聞かれなくなった。



 5日ぶりの仕事はだるいが、たっぷり休んだことを考えるとまあ仕方ない。


 それでもやっぱりカンは鈍っていたようで、連休前とさほど変わらない仕事量をこなすのにサービス残業をした。



 あーあ、次はお盆休みか…


 つくづく自分は、連休にダラダラするためだけに生きているのだと思ってしまう。


 出世も、結婚も、旅も。なにも興味はない。


 ただ適温の部屋に居て、ゴロゴロしてテレビを見てネットをして、たまに掃除やら料理やらに工夫を凝らす。それ以上の幸せを今のところ知らないし、欲しいとも思わないのだ。



 会社を出て、俊介はスーパーに寄る。


 酒売り場でいつものように発泡酒を物色していると、定番の缶チューハイのメーカーから、「旅」という新しいシリーズが出ていた。


 レモンチーノ、サングリア、モヒート。


 3種類あったが、聞き馴染みのない「レモンチーノ」を手に取ってみた。

パッケージには、「シチリアのお酒」と書いてある。シチリア…イタリアか。


 イタリアと言えばパスタだろう、と思いパスタ袋をかごに入れる。


 ソースは市販のものを買うことにした。爽やかそうなチューハイに合わせて…ペペロンチーノにするか。


 レモンチーノとペペロンチーノ。名前的にもいい組み合わせじゃないか。


 家につくとワイシャツとズボンを脱ぎ捨てて、鍋に湯をわかす。


 塩を放り込み、パスタを折って入れる。


 ふと、思いつく。その間に、パソコンを立ち上げて、「イタリアの風景」を検索してみる。


 石でできた建物、海ぎりぎりに並ぶ家々など、なんの知識もなくても「きれいだな」とは思う画像が続く。自動車ががんがん走っているのに建物と道路は昔ながらの雰囲気を残していて、パッと見では時代がわからないものもある。


 こういったものを見て、本当に行ってみたいと思う人間と、見るだけででじゅうぶんだと思う人間に分かれるのだろう。


 自分は後者だ、と俊介は思った。これでじゅうぶんだった。わざわざ貴重なお金と時間をかけて出かけたくない。


 いや、たとえ金と時間が余っていたとしても…こうやってダラダラと過ごす気がする。



 パスタが茹であがったので、ザルにあけ、皿に盛る。

 ペペロンチーノのソースをかけて…これでよし。手軽な夕食万歳。


 ミニテーブルに運び、いよいよ「レモンチーノ」を開ける。


 どれどれ…。


 思ったより、甘い。

 でも悪くないな。どこか懐かしい、「やさしい甘さ」ってやつだ。



 パスタをペペロンチーノにして正解だ。

 辛いパスタと、さわやかに甘いチューハイが丁度良い。


 つけっぱなしだったパソコンに気づき、先程の画像を「動画」にシフトチェンジすることにした。


 イタリア風景+癒し音楽の組み合わせ動画が見つかったので、それを選ぶ。


 ぼうっと動画を眺めながら、レモンチーノ。ペペロンチーノ。


 くだらない気もするが、なんだか不思議な充足感を感じていた。

 次の連休には、どうやってダラダラしようか。考えると、顔がゆるむ。


 こんなふうに、外国(風)の酒を買って、その地方の料理を本格的に作って食べるなんていうのも面白そうだ。その地方を舞台にした映画や音楽なんかもセットにしたらどうだろう。


 日本国内でもいいな。泡盛と沖縄料理とか、地方の焼酎と郷土料理とか。

 実際には、それすら面倒になって、ただ転がっているかもしれないが。


 それでもいい。


 俊介は、怠惰な自分が、なんだかんだで嫌いではなかった。




☆モデルにしたお酒は、「旅する氷結 マンマレモンチーノ」。

ほか2種も飲んでみたいところです。

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