烈風の騎士姫 参
カゲヤマ
第1話
大通りのチクトンネ街からは、朝早くからも活気が振りまかれている。
そのとある干物屋の三階。窓から差し込む陽光で、サンドリオンは目を覚ました。
「うあッ・・・・・・」
立ち上がろうとするが思うように身体は動かず、ふらふらと片膝をつく。商人たちの威勢の良い客寄せや馬車の蹄の音などが頭に響く。どうやらまた、やってしまったようだ。
何を企んでエスターシュを裏切ったのか。今どこで、どんな謀略を立てているのか。
そんな風にカリーヌ・・・・・・いや、今ではノワールだったか。彼女のことを考えながら飲むと、どうにも加減が効いてくれないのだ。
・・・・・・隣に積んである藁束では、カリンが寝息を立てている。サンドリオンは起こしてやろうと思い、肩を揺すろうと手が伸びたが、途中で手を引っ込めた。
あれだけのことが一日であったんだ。もうちょっとくらい寝かしといてやろう。
思い出す。昨日は何故か、夢の中にこいつが出てきた。夢の中でもこいつは自分の前に飛び出して、迫り来る凶刃から自分を救ったのだ。
なんでだろう? なんで俺は、こいつの夢をみちまったんだ?
そんな時、背中を向けていたカリンが寝返りをうった。
いつも馬鹿丁寧に整って空気を流れている桃色の髪をぐちゃぐちゃにして、よだれなんか垂らしてなんとも幸せそうに寝ていた。
こいつも今日からシュヴァリエなんだから、子供扱いするのもやめてやろう。
そんな風に思いながらカリンを眺めているうちに、ふと先程の疑問に自答が出てきた。
瞬間、サンドリオンは青ざめた。
イヤ、ちょっと待て。んなわけない。俺にそういう趣味はない。
おいサンドリオン、いくら美しくても男だぜこいつは。何を考えてるんだ、何を。
そう自分に言い聞かせながらも、眠るカリンをつい視界に入れてしまう。
その寝顔には、まだあどけなさが残っている。男というのが嘘みたいなその美貌。いつもは勇気という名の無謀に自らの弱さを隠すが、でもいざとなったときには垣間見せる本当の勇気。みっともなくもあるが、それは時に神秘的なほどに高潔で美しくて・・・・・・。
思わず見とれていたことに気づき、サンドリオンは青くなった顔をさらに白く染めた。
待て。だから待てって俺。となるとアレか? こいつもアレで、さらに俺にもその気があるってことか? カリーヌから受けた心の傷で女が信じられなくなったからって、知らない内に心の中に芽生えちゃったとか? マジで?
なんだか朝からカオスな雰囲気に包まれていると、カリンが目をこすりながら寝ぼけながらも起きてきた。いつもの鋭い切れ長の目は、ふにゃっと崩れている。
「サンドリオン、おはよう」
「あ、ああ、オハヨウ」
考えていたことのせいで、不自然な程にぎこちない挨拶になってしまった。
しかしサンドリオンに負けず、カリンも十分に挙動が不審だった。ついっと自分から視線を逸らすのだ。
「・・・・・・どうした?」
その態度が気になり、ぐいっと顔を覗き込む。するとカリンは顔を赤らめるなりいきなりサンドリオンを突き飛ばした。酒が残ってたのでふらつき、サンドリオンはあっけなく転んだ。
俯きながらも軽く頬が染まっているカリンを見て、サンドリオンはイヤな予感を覚えた。
「おい」
「・・・・・・」
カリンは答えない。サンドリオンの額から、冷や汗が一筋流れる。
「もしかして、おれ、またやっちまったりしちゃった?」
カリンは答えずに無言で着替えをひっつかむと、足早に居間に出ていった。どうやら居間で着替えるらしい。
「なあおい、ちょっと待ってくれって!」
変な奴だ。俺じゃダメで、吸血鬼の前だと良いのか。あいつら亜人とはいえ女だぞ? 普通逆じゃないのか?
一瞬そう考えたが、いまは自分の名誉にかかわる重大な質問の最中だった。
「おい頼むカリン! 俺の潔白をお前の口から証明してくれ!」
サンドリオンはノブに手をかけ開こうとしたが、“ウインド・ブレイク”のルーンを唱える声が聞こえてきた。サンドリオンは慌ててドアを閉めた。冗談じゃない。あんなのを食らったらドアどころか寝室も自分もひとたまりもなく吹き飛ばされる。
ただでさえ減棒で寂しい財布から、これ以上金が飛んでいくのを見送ると涙が出そうになるので、サンドリオンはドアに背中を預けて大人しく待つことにした。何とも情けない男であった。
烈風の騎士姫 参 カゲヤマ @311010612
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。烈風の騎士姫 参の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます