第12話 選択肢

「クソが! 他人事だと思って簡単に言ってくれるじゃねぇか!」


オレは無線機に向かって吠えた。


『いや、可哀そうだと思うし、残念とも思ってるよ。でもね、なんて言うか……』


山田は言葉を選ぶようにしばし沈黙する。


『いや、すまない。気の利いた言葉が出てこないな。誰かが死ぬって事に慣れすぎてしまったみたいでね。現実感が無いんだ』


ああ、そうだろうさ。

オレだって、逆の立場だったら、他人の死なんてどうでもいいことだもんな。

今までだって散々ゾンビどもを殺してきてる。

流石にまだ生存者を殺したことはないが、昏睡状態の感染者なら見殺しにしてきてるし、ゾンビに囲まれた際にワザと死体にしてやって囮にしたことだってある。

生存者(要するに発症しなかった健常者)の絶対数が少ない故に食料や生活物資は十分に行きわたっているのでよくありがちなパニック映画みたいに生存者同士の日常的な抗争は無いのだが、世の中の九割が死人かゾンビに成り果てた世界だ。

みんな、他人の死に慣れすぎているのだ。


『それにね、隠したって現実は変わらない。ならば、余命をどう生きるかの選択肢はなるべく早い段階で考えれるに越したことはないでしょ』


山田は「ふう」と息を吐いた後、言葉を続ける。


『手遅れと判断したら隠さずにはっきり告げる。これが、このご時世になって医師として僕が出した結論なんだ』


「クソが……。何の救いにもなってねぇじゃねえか」


『そうかい? 少なくとも、選択肢は見えてくると思うよ』


選択肢? それが救いになるってのか?


「……なんだよそれは?」


『自分の終わらせ方、かな』


山田は何を言ってるのかは頭の悪いオレでも理解できてしまった。

意識が遠のく思いだ。

一瞬でも希望を持たせておいてコレとか、山田はもしかしてマゾなんじゃねえか。


『いいかい? 君には選択肢があるだけ幸運と思ったほうがいい。

 その選択肢だけど、ひとつは、このまま何もしないこと。もしかしたら放射線中毒ではないことに望みをかけてみるかい? でも、放射線中毒であった場合、待っているのは壮絶に苦しみながらの死だと思う。おススメできない。

 もうひとつ。簡単に言えば自殺なんだけど、これも色々方法がある。なるべく苦痛の無い方法がいいね。もし希望するなら、薬局で手に入る薬剤の組み合わせで安楽死できる薬のレシピとか教えてもいいけど……』


「……うるせえよ」


やはり、そうか。

こんな世の中になってよ、やっと世界がオレに微笑みかけてきたと思ってたんだ。


『だいじょうぶかい?』


「だまれ。もういい」


でも、そうじゃなかった。どこまで行っても、世界はオレを貶め嘲笑うのだ。

”あの日”以降のスペシャルな日々だって、その幸せがあったからこそ今感じる絶望の度合いは深いってものだ。


『決心したらいつでも連絡して。その時には安楽死薬のレシピを……』


「くたばれ」


オレは無線機を、机の片隅に置いてあった防災手斧で叩き割った。

見たこともない山田の顔を想像しながら。


ゆるせねえ。

山田も、世界も、何もかも。


そして、オレ自身も。

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