聖地巡礼

ヒガシカド

聖地巡礼

 僕はとある一冊の小説に心を奪われた。

 まるで、それは麻薬だった。読むと心が宙に浮きだすようで、僕はその感覚に夢中になった。麻薬と言っても全て活字でできた、活字麻薬だから、合法だ。当たり前。

 話の内容は単純で、ある北国の少年が絶望して自殺するまでの経緯が書かれている。表現技法にも特別に凝った箇所は見られない。しかし何故だろう、僕はそれからどうしても離れられない。

 何度その本を開いたことだろう、僕はある日、ある決意をした。俗に言う聖地巡礼。小説の舞台となった場所を実際に訪れてみるのだ。都市名までは作者によって明らかにされている。あとは物語内の描写から似たような場所を絞り込むしかない。


 何年、何十年もの間バスすら通らなかった道路を一人進んだ。道路と言って良いのかも分からないが。おまけに徐々にきつくなっていく傾斜、坂道。この先にあの場所があるのか。断言は出来っこない。

 道の終わり、頂に到着した。断崖絶壁、と言っても遜色無いような気がする。僕はナップザックから持参したあの小説を取り出した。

 ああ、やっぱりふわふわ浮く感じがする。地面がマシュマロのようだ。手を伸ばしても空を掴むだけ。確かなものなんて何もない。僕は今どこに?



 ピシリ、と枯れ枝の弾ける音。岩の崩落。重量オーバーか?

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聖地巡礼 ヒガシカド @nskadomsk

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