#2 違和感

 気がつくと、俺は寝落ちていたようだ。昨日の記憶がまるっと、ない。


 どうせいつもと変わらない“カウンセリング”と“勉強”を受けるだけだ、特別に覚えてなきゃいけないこともないけど。


「おーはよっ、ゼン!」


 この柔らかさと重み……これを感じれば、俺たちにとっての“朝”が来たってことだ。


 俺の横たわるベッドに御構い無しに毎回飛び込んでくるアホこと、ハーツ。


“お父さん”から最も愛されているこの女は、貞操観念ってものがわりと死んでいる。昔……って言ってもいつからこの家にいるかはしらないが、随分と仲のいい姿をちらほらみかけるが、あれはもうスキンシップを越していると思う。


「はぁ……ほら、起きたよ俺!」

「んふふぅ、おはよ! 昨日は激しかったわねぇ、ゼン?」

「は? なにアホなこと言ってんだ」

「あんっ、厳しい……!」

「まじでアホか」


 あざといを通り越してうざいほどに、子供とは思えない身体をくねらせながら、覗き込むその顔を押し返した。

 そう、こいつは俺に何か思うところがあるわけじゃなく……ただ単に“コンプリート”しただけなのだろう。


 残念ながら、ここの“家”の紅一点であるハーツ。それはそれはお姫様のように長年扱われたせいで、自分の思う通りにいかない現象を見つけると、自分の身体を掛けて全力で“思い通り”にさせにくる、あばずれ女なのだ。


 俺は、そんなこいつが、“生理的に”嫌いだ。


「毎朝ご苦労さん。邪魔だからどけ!」

「んもう、つれないんだからぁ〜!」


 俺がそう言い切ると、ハーツは諦めたようでずるずると俺のベッドから出て行った。そのままぶーぶーたれながら俺の部屋のドアを開けると、次にジャスティスが入ってきた。


「おはようございます、ゼンくん!」

「ああ、おはよう……」


 小さい目をきらきらさせながら、その場で軽く足踏みをするジャスティス。そんなに朝ごはんを待てないのか、と思いながら、俺も諦めてふかふかのベッドから抜け出した。


「ほんと、何で全員が起きてないと飯食えないんだろうな……」

「まあまあ、生活習慣ですよ、生活習慣!」

「……せやな」


 思わず、“お父さん”の持ってきた推理漫画の登場人物のセリフをパクって、口をついた。


 そんなジャスティスを見やりながら、届かないだろうドアノブを代わりに引いてやると、香ばしいパンの匂いが廊下にまで侵入してきた。


「さ、行こうぜ」

「うっひょー! 今日はなにパン、なにパン!?」


 円卓になっているテーブルには、七つの椅子が揃えられている。この七つ目はいつ“お父さん”が来てもいいように、と用意されている席だ。


 曰く“食卓はぬくもりだよ”、とのことでオーダーメイドしてきたらしい明るい木目調のテーブルの上には、綺麗に揃えられた白い皿の上には食パン、スクランブルエッグ、そして恒例のスイートコーンのスープが用意されていた。


「っはよ〜……ん?」

「元気だな、ジャスティス」

「はい!」


 ぼりぼりと頭と腹をかきながらテーブルにつくと、ジャスティスと俺に微笑みをくれる男がいた。ユウキ……俺たちのリーダーみたいな存在だ。


 毎朝……といっても正確な時間じゃないだろうが、毎朝は毎朝だ。その時間に合わせて飯を用意するのは、決まってこのユウキだった。


「……?」

「どしたの、ゼン」

「……いや」


 席につかないまま、立ち尽くす俺を気にしてくれるドリームの顔が目に入る。が……。


(なんか、変だ……俺、この風景、なんか……)


「どうしたんだ、ゼン」

「ユウキ……いや、何でもない」

「体調不良ならちゃんと言えよ? “父さん”に“カウンセリング”の時でも」

「ああ……そうする」


 俺がおとなしく席に座るのを見て、止まりかけてた手を作業に戻したユウキ。


 手慣れた手つきで皿に乗ってない分のトーストを乗せ、ユウキお気に入りのあんこをトーストに塗りたくる。これで、俺たちの飯が揃った。


「はやく〜食べたいよ〜! う〜〜!」


 我慢できないみたいに、コーンスープの入った皿をスプーンでこんこん鳴らすのは、ここで一番小さいホープだ。


「おいおい、ちゃんといただきます言ってからな」

「う〜〜〜!! ユウキ〜はやく〜〜!!」

「はいはい、じゃあみんな手を合わせて、」


 我慢の限界のホープに見兼ねたらしいユウキが、急いで手を洗って椅子を引き、テーブルにつく。


「はい、いただき、」

「待ってくれ!」

「っ!?」


 いただきますの挨拶。何の変哲のないこの光景に、何か引っかかる。


 ユウキの挨拶をからがらのところで遮り、盛り付けられた皿を弾いてどけて、テーブルに手をついた。


 ばん、と思ったよりも大きな音が出て、みんなが反射で背中を引きつらせた。


「ど、どうしたんだ、ゼン……」

「なんか、おかしくないか」


 びっくりしたまま、普段は見られないような顔をしたユウキにそう問いかける。


 しかしユウキに思うところはないようで、首を捻ってうーん、と唸った。


「いや、とくに……?」

「居ないだろ、ハーツが」

「え?」


 そういうと、ハーツがいつも座る、右回りに五つ目の席をみんながそろって見やる。


「もぉ! 私のことが嫌いなのはわかるけどぉ、勝手に殺さないでくれますぅ?」


 ────え、居る?


 俺が違和感を感じたのは、メニューのだだ被りとかいつも騒ぐお子様組とかではなく、ハーツの不在だった。しかし、そこを見やるとちょこん、とぶすくれたハーツが座っていた。


「え、俺、確かに、」

「全く、本当に体調を崩したのか。ごはんを食べたら、寝ていなさい。そういうことは早く言わないと」

「いや、ちがう、ユウキ、」


 本当なのに、しかし誰ももう気にかける様子はなく、しかもお子様組は目の前の飯にありついてしまっていた。


 胡乱げな目で俺を見るユウキは、もう挨拶のことは飛んでいるようで、流れ作業で目の前のトーストにかじりついた。


「っ、もう俺いらねぇ!」

「あっ、待ちなさい!」


 恥ずかしいとかいたたまれない、と言うよりは信じてもらえなかったショックが大きく、立った姿勢をそのままに、飯を残してドアまでずかずかと歩き、ドアを開けて部屋に戻ろうとした。


 ……その時だった。


「……ん?」


 見間違いか、幻覚か。緑色をした何かが俺の部屋の前で右往左往をしている。


 さっきのさっきだ、本当に身体の免疫力が下がって、疲れているだけかもしれない。


 しかし気になるが、無闇に近付く勇気もでない。好奇心に負けて目を細めて凝視すると、


「おや、いけませんねぇゼンくん」

「と、父さ……うぐっ、」


 唐突に声をかけられ、そのまま首に鋭い痛みを感じた。

 急に力が入らなくなり、必然的に前のめりになった俺の身体は、冷たい廊下に向かって降下していった。

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逆巻くとしてゼン -Amazing up, true ending there. 拾伍 @storia0013

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