対峙

「お前、何者だ。」

眼前の少女に問いかける。黒腕の魔物の残骸から這い出てきたそれは夜でも分かるほどに全身が黒い。皮膚とは対照的に長髪の神は白だ。ゲントは少女の右腕と右足が欠けていることに気づいた。それなのに欠けた根元からは血が流れていない。不出来な人形を見ているようだった。

 少女はゲントの問いに答えることなく憎悪の目で睨み続けている。魔物と対峙していた時に感じた圧迫感はそこにはなかった。少女は健在な左腕で何かを搔き集める動作をするとゲントに向けて投げつけた。

 ゲントは横に逃げる。肉体が軋むような痛みがあったが、身体は動いた。ゲントの居た位置に黒い塵が舞っていた。投げつけたのはただの黒い粒だったらしい。


「……」


「……」


他に攻撃手段がないと見るべきか、これも何か油断を誘うブラフなのか。構えを解かず、硬直したまま睨み合う。少女も動こうとはしなかった。

 警戒は外さないまま、ゲントは考える。この少女が黒腕の魔物に関係しているのは確かだ。少女の欠けた右腕と右足は、魔物も失っていた部位だ。反面、魔物には無かった頭部がこの少女にはある。両目に強い光を帯びてゲントを見据えている。魔物のような殺気は無かったが強い意志がその目にはあった。


「妹を返して!!」


歯を剥き出しにして少女が叫んだ。変声期をむかえる前の幼い声だとゲントは感じた。当然だが、少女の妹のことなどゲントは知らない。分かったのはこの謎の少女が誰かの姉ということだけだ。その妹が人間なのかは分からないが。


「自警団を襲った理由はなんだ。何故彼らを殺した。」


相手の正体も目的も分からなければするべき行動が定まらない。ゲントが普段賞金首を相手取るときは最低でもこの情報が揃っていた。正体を聞いても少女は答えなかった。だから今度は目的を明確にしようとする。


「うるさい!!妹を返してよ!!」


ゲントは思わず舌打ちをしそうになる。会話にならない平行線だ。路地裏の餓鬼でももう少し聞き分けがいいだろうに。裏路地の子供らは巧みに媚びて施しを貰うか盗みを働いて日々を食いつないでいる。身の振り方を知っている彼らは子供のように声を荒げることはない。逆に考えればこの少女は裏路地の出身ではないのだろう。分かったのはそれぐらいだ。


 このままでは全容が掴めない。やはり詳細を知るには少女から話を聞く必要がある。その為にも警戒を解かなくてはいけない。


「ゲント・ランパードだ……」


ゲントは唸るように言った。

「ゲント・ランパード。裏通りで賞金首狩りをしている。謎の生物捜索のため裏通りを案内するよう自警団に依頼された。それが全てだ。お前の妹なぞ知らん。」


捲し立てるように、息を挟まず一気に言い切る。相手が正体を明かさないならまず自分から情報を開示してみる。ゲントなりに考えて譲歩した結果だった。何故自分がこんなことをしているのかと一瞬疑問に思うが、ゲントにも分からなかった。


少女はゲントの言葉を聞いて、少し思案する様子を見せた。それから口を開く。


「自警団って何!!」


「お前がすり潰して殺した連中だ!!白い隊服の五人組の!!」


ついにはゲントも声を荒げた。少女が自警団という組織名を知らなかったのか、やはり彼らが組織名を偽っていたのか。ゲントには正解が分からない。


少女は目を凝らして、窺うようにゲントを見る。


「……お前も、あの白服たちの仲間なの?」


「……」


ゲントは直ぐに答えられなかった。ゲントは今日、依頼を通して自警団たちと行動を共にした。それだけだ。仲間でも何でもない、只の同行者である。実際ゲントは彼らが魔物に殺される様を傍観していた。仲間と呼べるものの所業ではないだろう。だが、かといって無関係というわけでもない。彼らが依頼しなければゲントはここにはいないのだから。


「依頼主だ。それ以上でもそれ以下でもない。」


ゲントは嘘を交えず素直に言った。厳密に言えば依頼主は自警団ではなくシュークレスなのだろうが、話がこじれそうなので言わなかった。


ゲントの言葉を聞いても少女の曇った表情は変わっていない。少女は少し目を伏せてから更に切り出す。


「お前は敵、それとも味方?」


少女の瞳孔が開く。少女は問いを口にした後、硬質な殺気を纏い始める。それは先ほどまでの少女のものと違う、黒腕の魔物を彷彿とさせる殺気だった。悪寒を感じ取ったゲントは再び気を引き締める。


「敵でも味方でもない。」


淡々とした態度でゲントは言う。自警団からは捜索の手伝いをしろとだけ言われた。そのためゲントは彼らの目的である「生物の捕獲」には関与していない。この少女をどうこうする義務はゲントにはないのだ。この少女を連れ帰れば、何かしらの褒賞が出る可能性はあるがそれも確証はない。おまけに少女は得体が知れない。金が出るか分からない状態でゲントは危険の伴う行動は取りたくなかった。

無論ゲントは彼女の味方でもない。

ゲントは依頼を受けて小銭を稼ぐ只の賞金首狩りだ。


少女はゲントの返答に釈然としない顔を浮かべた。しばらく俯き考える素振りを見せると、半ばから消えた右腕を屋上の出入り口へと向けた。その腕は少女のものにしては違和感を覚えるほど屈強だった。


「邪魔しないなら行って。」


ゲントを睨んだまま少女が言った。ゲントは構えを解くことなく、剣先を少女に向けたまますり足で入り口まで移動する。少女もそれを睨み返していた。


特に妨害もなくゲントは入り口をくぐった。建物の中はカビと誇りが積もっていた。入り口に目を向けたまま軋む階段を降りていく。入り口に注意は向け続けたが、それが無意味であるように何か飛び出してくるわけでもなかった。錆びついた閂のかけられたドアを左手だけでどうにか開ける。そのまま魔物に襲われた細道に出た。


この時間ではもうギルドは閉まっている。

ゲントは右腕を押さえながら、いつも寝泊まりする廃屋に向かって歩き出した。その途中少女がいた建物へと目を向ける。建物の上からは黒い塵が飛んでいた。

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沈むもの @botanpot

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