第4話
"……もう一人いる事に気が付いていらっしゃったのですね"
「そりゃ当たり前だろ。なんたって、《The Lost Tale》にトドメを刺したのは紛れもなくアイツなんだからな」
だから俺が連れてこられて、アイツが連れてこられないワケが無い、という読みだったのだがどうやら、当たっていたようだ。
「で、フウカはどこだ?」
メルヘンが、フウカも来ていることを意図的に隠していたという事は、きっと彼女の存在を隠しておきたかった理由があるはず。
俺がそう問うと、彼女はウーン……と迷いを滲ませながら唸った後、大きくため息をつく。ただ彼女の面向きは、決して悪い出来事を伝える時のような神妙なものではなく、どちらかと言うと口止めされたことを言おうか言うまいか悩んでいるような感じがした。
それに気付いた瞬間、俺は色々と察してしまい、呆れと共に自分の口角が吊り上がるのを感じた。
メルヘンは言い辛そうに眉を八の字に曲げた後、俺から微妙に視線を逸らして、口を開いた。
"……フウカ様の提案で、あなた様が来る前に既に《グラステイル》へと送り出してしまいました"
それを聞いて、俺は無意識にため息をついていた。いつも勝手に決めて、決めたことには一直線で、周りの言うことを全く聞かない……フウカはそういう子なのだ。大方、今回も『エイジも来るなら、先に行って驚かせてやろう!』とでも言って、メルヘンに転移を急かしたのだろう。
”どうやらエイジ様を驚かせたかったらしく、『サプライズをしたいから先に送ってほしい!』とせがまれて、仕方がなく……。本来は最初に私が用意した部屋で、召喚された者達同士で顔合わせをしなければならない決まりがあったのですが……”
ほらやっぱり。流石フウカ、期待を裏切らない。
「本当、フウカが申し訳ない……」
”いえ、フウカ様も常にあなた様のことを想っていらっしゃって、とても可愛らしかったですよ。それはもう、【読心】を使わなくてもすぐ分かるくらいに”
メルヘンが茶化すように笑う。その笑いが収まると同時に、"さて"と机の上で手を互い違いに組み合うと、打って変わって真剣な顔付きになった。
”なぜあなた方をこの世界に呼んだか、でしたね”
そう言う彼女の凛とした声の中に、どこか寂しげな音が混じっているような気がして、自然と背筋が伸びる。
"《グラステイル》には、《The Lost Tale》の他にも民たちを脅かす脅威がいるのです。魔王を筆頭にそれを支える四柱────《
その残虐さを思い出したのか、彼女の両頬を涙が伝う。大事な話の最中に不謹慎かと思ったが、やはりメルヘンは泣いても美しいな、とそう思った。
"本当は私自身が赴いて民達を救いたいのですが、とある事情があって、私は干渉出来ないことになっているのです。ですから、あなた様方はこれから私の助言に従って行動していただきたいのです"
彼女は音もなくスっと立ち上がると、椅子に座ったままの俺に跪き、頭を垂れた。
「ちょ、メルヘン!? 立ってくれよ!」
流石に神様にこういうことをさせるのはマズいということくらい、俺にも分かる。
しかし彼女は俺の言葉に対して"立ちません"と首を振り、その代わりに顔を上げた。彼女の目元には、今もなお雫が溜まっている。
"英司様。どうか、私の世界を救ってくださいませんか? "
分かっている。こんな時に悪いことだと分かっているのだが……。
どうしても胸元に目が行ってしまう。だって考えてみろよ。推定でGはありそうな豊満な胸部に加えて、涙目、上目遣いだぞ。これで見ない男は男じゃねーだろ。
「……具体的な下準備とかは?」
目を背けて、頭の中をグルグル回る煩悩を振り払いつつ、詳細を聞く。
いきなり殺伐とした世界に放り込まれても、俺達にできることなんてたかが知れている。それだったら、情報収集ができる道具だったり、それこそ聖剣みたいなチート級の武器をもらったり。俺がよく見る異世界転生でも、そういうのはありきたりだった。
俺の問いに、彼女は上目遣いのまま答える。
"まず、あなた方のステータスを改めさせて頂きます"
「えぇ!? なんで!?」
俺が期待していた言葉と真逆の言葉に、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ステータスなんて改めたら、それこそさっきの四柱だか魔王だかに勝てなくなるだろ」
語気を強めてそう言うと、彼女は涙目で首を振る。
"今現在ここにいる柏崎英司様のステータスは、《エイジ》様のステータスをそのままコピーしたものとなっております。ただでさえ、ゲームの中でも最強の一角を担っていたあなたが、今のまま急に《グラステイル》を訪れて、何かの拍子にその力を使ってしまい、そのことが国のお偉いさん方にバレたら、どうなると思いますか? "
「……大体予想はつくが、どうなるんだ?」
"それを知った国々は皆、あなた方を突然現れた危険因子──つまり『災厄』と同じ扱いをするか、もしくは戦略兵器として、どこかしらの国に一生幽閉されることになるでしょう。そうなった場合、あなたが戦争以外で外に出られることも無くなり、魔王軍の急な進行があった際に、為す術もなく民達は滅びてしまいます"
ごくりっと、喉が生唾を呑む音を鳴らす。
勇者達が奮闘してやっと追い詰めた《The Lost Tale》を、やつが手負いだったとはいえ、俺達は二人だけで倒してしまったのだ。
つまりこの世界の戦力と、俺とフウカの戦力には天と地とまでは行かないが、地球で言うエベレスト頂上と日本海溝最深部くらいの差があるのだろう。そりゃ、兵器として見られるのも頷けるな。事実、勇者より強いわけだし。
どこからともなく取り出したハンカチで目元を抑えるメルヘンを見遣る。……心優しいメルヘンの事だ。多分理由はこれだけじゃない。
「つまりメルヘンは、俺達が人間達の醜い権力争いに巻き込まれないように守ってくれようとしているわけか」
少しだけ赤みを帯びた目で、彼女がこちらを見つめる。俺は彼女にそっと優しく頷きかけて、「それに」と話を続けた。
「突然じゃなく、ある程度戦って《グラステイル》で経験を経てから、自分で権力を手に入れて、英雄なり大魔道士なりになれ、って事だよな?」
"……流石英司様。本当、理解が早くて助かります"
椅子に座ったまま、深々とお辞儀をするメルヘン。数秒の後に顔を上げると、先程の悲しそうな表情は既になく、腫れた目元以外は先程のような明るさに満ち溢れていた。
「……ちなみにさ、あなた方って事は、フウカもレベル改変に賛成したってことか?」
"その通りです。と言っても、彼女が本当にちゃんと話を聞いていたかどうかは怪しいところですが……"
「そこは確証持たないと、悪いのはメルヘンになるぞ……」
"その時は英司様が彼女を説いておいてくださいね"
彼女のウインクを受けて、苦笑いする。流石の神様でも、フウカの扱いは難しかったってことか。
"次に、あなた方は六歳ほど若返ってもらい、地球でいうところの高等学校で生活を送ってもらいます"
「……それに関しては、情報収集や歴史を学ぶためか」
俺がそう言うと彼女は頷いた。
”あなた方は《グラステイル》の歴史や理を知りません。幸い《グラステイル》の言語は、独自の言葉もありますが、基本的に日本語ですので、そこに関しては支障はありませんが、いざというときにちゃんとした知識がないと、将来的にかなり厳しい戦いになってくると思われます"
”次に、入学の際の身元保証人ですが……”と話を続ける。
”それに関しては、私が聖女にお告げとして伝言を送ることにしましょう”
「おぉ……神様っぽい」
”神様ですから”
「でも、フウカの時は伝え忘れたんだな」
”…………”
「ごめんて」
無言で肩を叩いてくる彼女を苦笑いと共に宥める。彼女は恥ずかしそうにコホンっと小さく咳ばらいをすると、
”転移前にやる下準備はこの二つだけです。どちらも私に一任させていただく形になりますので、転移後に今一度確認のほどをよろしくお願いします”
と、改まった形で言った。
"さて、これが最後の確認です。これに承諾されるという事は、先程申し上げた事項の全てに同意することになります。もし都合が合わないようでしたら、断っていただいても結構です。その場合、ここであったこと全てを記憶から消し去り、あなた様が元いた世界に帰して差し上げましょう"
彼女の手が、俺の頬を優しく撫でる。
”再度問います。災厄を倒せし異世界の戦士、《エイジ》様。私の世界を────《グラステイル》を救ってくださいますか? ”
彼女の言葉に、もう一度だけ考える。
正直、世界を救うために戦うなんて、ゲームをやっているときですら考えたことが無かった。実際に今までやってきたゲームの中で、世界を救ったことは多々あった。でもそれは、一人の人生をただ自分が楽しむ為だけに弄び、コントローラーという名の神の手で、勝手に勇者に仕立てあげてしまった結果に過ぎない。
ゲームの中の彼らもこんな気持ちになったのだろうか。
世界を救う。本当はやりたくなくても、神の手がAボタンを押せば勝手に話が進んでしまう。これは俺が想像できないほど重いものだ。気持ち的にも、責任的にも。
だからこそAボタンが無い俺は、無責任に返事はできない。
ふと、視界に端で俺の頬に添えられたメルヘンの手が震えているのに気付いた。彼女の俺への待遇や接し方から鑑みるに、きっと彼女の頼みの綱はもう俺達だけなのだろう。
自分の手を重ねて目を合わせる。彼女は濡れた瞳を大きく見開いて、少しだけ頬を赤くしている。手も、先程の時のような冷たさは無く、触れていて心地良いとすら感じた。それと同時に神様もちゃんと血が通っていて体温ってあるんだな、と呑気なことを考えていた。
ごちゃごちゃと考えてしまっていたが、俺の考えは元から決まっていた。
メルヘンのことを助けたい。メルヘンが愛する世界を救いたい。何より────フウカがいるその世界に、俺も行きたい。
「……お引き受けします。俺がやれることは出来るだけやってみることにします」
そう発した直後俺の手の甲に、冷たい液体がポツリと滴り落ちてきた。それがメルヘンの涙だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
"ありがとう……ございます……! "
彼女は泣きながら、ニコッと微笑んだ。
……神様って泣き虫なんだな。
☆ ☆ ☆
「今更言うのもアレだが、本当に俺達で良かったのか?」
”私の胸よりもフウカ様のことを考えるあなたなら、少なくともほかの男性よりは安心して託せます”
「……そりゃどうも」
クスクスと笑うメルヘンから顔を背けて、後頭部を掻く。……まったく。なんでもお見通しかよ。
何はともあれ、彼女が元気になって良かった。
"では、転移を行いますので、そこの円の中に入ってください”
彼女が指差す方を見ると、いつの間にか人ひとりが入れるくらいの大きさの魔法陣が床に描かれていた。
言われた通り、その魔方陣の中へと歩みを進めた。
”それでは、英司様。ご健闘を祈ります”
「おう、頑張ってくるよ」
彼女と握手を交わす。……いよいよ冒険の始まりだ。
"あなた方ならきっと、我が《グラステイル》を────"
最後にそう呟くと、彼女は魔方陣から離れ詠唱を開始した。その瞬間から、ログアウト時のエフェクトによく似た、青や金色の粒子が俺の体にまとわりつき、足から順に覆い隠していく。
ふと詠唱を唱える彼女の顔が目に入る。その顔はやはり会った時と変わらず大変美しかったが、少しだけ寂寥感が見え隠れしているような気がした。
胸がズキっと痛む。短い時間ではあったが、彼女と話せたのはとても有意義で楽しい時間だった。俺も少しだけだが、彼女と別れるのは寂しいものだと感じていた。
「そうだ、メルヘン」
光の粒が視界を遮り、彼女の姿が見えなくなる。あと数秒もすれば地上へと転移していることだろう。
"……はい"
彼女の返事がどこか遠いものに聞こえる。だから、俺は少しだけいつもより張り上げて、声を発した。
「朝飯、ありがとう。ご馳走様」
"…………"
途端、ブツンっという音と共に意識が暗転した。きっと夢から覚めたのだろう。
夢の中の彼女に、俺の言葉が届いていたかは分からないが、最後に彼女の嬉しそうな声が聞こえたのは、きっと気のせいでは無いだろう。
……草や土の乾いた匂いがする。穏やかな風に頬を撫でられ、メルヘンの温かさを思い出す。
俺は静かに目を開けた。俺の頭上にある木々が揺れて、隙間から差し込む眩しい木漏れ日が、俺の身体に斑点状の影を作る。手の甲でその光を遮りつつ、腰を上げ辺りを見渡す。どうやらここは高台のようで、周りには俺以外に少女が一人、穏やかな表情で静かに寝息を立てていた。彼女を起こさないように静かに立ち上がった後、高台の端へと移動する。
高台の下には草原が広がっていた。俺を撫でていた風が軽めの音を立てて吹きさらし、陽の光を反射して綺麗な緑の波を作り出す。ずっと奥に見える石造りの建物は、王国だろうか。至る所から煙が立っており、活発な様子が伺えた。
その光景を見て、俺は無意識に喉を鳴らしていた。
……本当に異世界に転移してしまったのだ。
────《グラステイル》暦1341年。この年、人知れず新たな英雄達が、かの大地に降り立った。
☆ ☆ ☆
”……メルナ”
「……いかがなさいましたか?主」
教会内に二人の女性の声が反響する。
”あなたに頼みたいことがあるのです”
「何なりとお申し付けください」
白く神々しいローブを着た少女はそう言いながら、最奥に位置する神像の前で、片膝をついて頭を垂れた。
”近日、二人の英雄があなたのいる国を訪問します。まだ弱々しい方々ではありますが、潜在能力は目を見張るものです。……あなたはその二人を保護し、彼らの教育に尽力して欲しいのです”
「かしこまりました。……そのお二方の特徴等、お教え頂いてもよろしいでしょうか?」
少女が顔も上げずにそういうと、声はウーンっと可愛らしく唸りだす。
”えーっと、十五歳程の少年少女です。髪はお二人とも黒色。名をそれぞれ《エイジ》《フウカ》と言います”
「それだけの情報があれば十分です。取り急ぎ、門兵へと伝えておきます」
”よろしくね、メルナ”
声はそれ以上発されることはなく、教会には再び静寂が訪れていた。
しばらくして、ローブの少女が頭を上げた。少女は膝についた埃を両手でポンポンと払った後に、フードを深く被り直すと、教会に響き渡るくらい大きなため息をついた。
「……めんどくさ」
その呟きは反響する彼女自身のため息によって搔き消されていた。
ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 颯月凛珠。 @reznable-1
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