緑化人間のつかいみち

ちびまるフォイ

きになる気分じゃない

「あなた仕事は?」

「えーっと、今は求職中で……」


「ではこちらへどうぞ」


渡されたのは土気色のペイントと葉っぱがついた枝。


「これはなんですか?」


「あなたはこれから街路樹になってもらいます」


これは後で知ったことだが、

一定期間仕事についていない人間と童貞は、

「緑化プログラム」として街路樹として生活するらしい。


緑化プログラム初日。


俺は道路に面した場所で木の枝を持って突っ立っていた。


「う、腕が辛い……」


「ほら動かないでください。あなたは樹なんですから」


「こんなのなんの意味があるんですか!」


「子供が道路に飛び出したときくらいは動いていいですよ」

「あんまりだ!」


昔、学校で悪いことをしたときに廊下に立たされることがあった。

まさか似たような境遇を卒業後に味わされるなんて。


通り掛かる人は枝を持った緑化人間などに興味はなく素通りする。


「もう帰りたい……」


街路樹として孤独に1時間が過ぎた頃、足も手も疲れてしまった。


「あなた、はじめてですか?」

「うぉびっくりした!」


隣の街路樹に話しかけられて思わずとびのいた。


「ははは。私、樹になって長いですからね。

 存在感を消すのには慣れているんですよ」


「バスケとか始めてみては?」


「それより樹の生活は最初は辛いでしょう?

 でも次第に良さがわかってきますよ。

 私なんかはもともとホームレスで緑化されたんですが

 今ではこの生活が浸透しちゃいました」


「それはあなたが特別なタイプなのでは?」


「かもしれませんな。大変なのはこれからですよ。

 私は樹なので何もできませんが、頑張ってください」


隣の街路樹のおじさんが目配せをした。

今でも大変なのにこれ以上は想像できなかった。


夜にその真意がわかった。


「おええええええ……飲みすぎたぁ……」

「うおおおい! かかってる! かかってる!」


「街路樹だ! おらっ! みんなも蹴ろうぜ!!」

「痛い痛い!」

「樹のくせに動くんじゃねぇよ!」


日が落ちてからは昼間の平穏どこへやら。

街路樹への暴力と衛生的にキツい仕打ちのダブルパンチが襲いかかる。


隣のおじさんにSOSを伝えようと、お尻のブレーキランプを5回点灯させたが無反応。


「心頭滅却心頭滅却心頭滅却……」


おじさんは何かブツブツ言いながらただ嵐がさるのを待っていた。


「こ、こんなの続けられるわけがない……!」


初日を終えた俺は持ち前の高速離職手続きをスタンバイした。

それからしばらくすると、俺の心にも樹心が芽生え始めていた。


「……」


多くを語らなくなり、目の前の風景に一喜一憂することもなくなった。

樹になってからというもの心が穏やかになってきた気がする。


「どうですかな、樹の生活は?」


「続けてみると悪くないですね。

 毎日ストレスをかかえた日々でせかせか暮らすより

 こうして街路樹として世界を見守り続けるほうがいい気がします」


「そうでしょうそうでしょう」


存在感を消せばガラの悪い連中からも絡まれなくなる。


樹になりきればなりきるほど、楽な緑化生活が送れるということで

小学生のときの「木」の演技経験を生かして街路樹になりきった。


もはや風景の一部としてしか認識されなくなるほど、

自分の存在感をかなぐり捨て始めると、体にも変化が現れた。


「肌が……樹みたいになってる……!」


樹になりたいという強い思いからか肌の表面が樹の川のようになっていた。

汗腺からは樹液がではじめてカブトムシが寄ってくる。


もう人間として生活していたころにどう生きていたのか思い出せない。


今はただこの静かで穏やかな毎日を過ごすことだけが生きがいだった。



「……だいぶ樹になじんでいるようですね」



ふと目を開けると、緑化プログラムの人間が立っていた。


「最初はあれだけ嫌がっていたのに」


「やってみると意外と悪くなかったんです。

 それで、今日はなにか御用ですか?」


「ええ、実はお知らせがあるんです」


「街路樹の場所移動とかですか?」


渡された封筒を明けてみると通知書が入っていた。


「あなたに求人が来ていたのでお知らせに来ました」


「求人……!?」


「どうしますか。求人を受けて人間として仕事に戻るか

 それともこのまま街路樹を続けるのか」


「それは……」


以前の自分だったら二つ返事で仕事を受けていただろう。

こんな街路樹生活は嫌だと東京にでも上京するように。


でも今は――。


俺は一晩考えることにした。


「どうしたんだ? 今日は枝が沈んでいるぞ。なにかあったのか?」


「おじさん……。実は仕事の求人が来ていたんだ」


「それじゃ街路樹をやめるのかい?」


「悩んでいるんです。仕事を受けるか、街路樹になるか……」


「そんなの決まっているじゃないか」

「え?」


「仕事を受けなさい」


「おじさん……あんなに街路樹を推していたのに?」


「私は君とは年齢がちがうだろう。チャンスなどない。

 だが君はちがう。ちゃんとした人間として生活していけるチャンスがある。

 街路樹になるのはすべてチャンスを失ってからでいいだろう?」


「おじさん……!」


「悩むという時点で君の心は決まっていたんだろう?」


俺はおじさんに枝を渡して自分の形見にしてほしいと伝えた。

けしておじさんのことは忘れないと誓った。


もう長いこと戻っていなかった自宅に戻り、

人間の肌を取り戻し、身なりを整え、スーツに身を通す。


「ありがとう、おじさん。俺きっと頑張るよ!!」


俺は仕事場に人間らしく歩いて向かった。







「やぁ、待っていたよ。君の樹っぷりに感銘を受けてね。

 それじゃさっそく、このオフィスで観葉植物になってくれたまえ!」

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