第4話: 赤ワイン(2杯目)

書いている。書いている。書いている。文字を書き続けている。頭の中にある呪詛を、ただひたすらに文字に起こし続けている。書いて書いて書いて書いて。手帳に書きなぐった言葉の一つ一つを拾い上げて、繋げて文章に変えていく。安物のキーボードは、叩くたびに小さく揺れる。同じものを買い換えて、もう四代目になる。言葉の強さに比例するように、打鍵の勢いも増してしまう性分が、いつも道具をダメにしてしまう。怒りや絶望を文字にするたびに、心よりも先に擦り切れてしまうらしい。プラスチックは軟弱だ。それより、数枚の千円札で買える程度のものを酷使している自分の心が、浅ましいだけなのか。

小説の形を取った呪いの言葉を書き続けている。彼女に出会った時からの、習慣だ。はじめはただの日記だった。とりとめもないことを書いて、日々を忘れないようするためのそれは、やがて感情が乗り始めて、気がつけば感情だけを綴っていた。どうしたってどうにもならない。私と彼女の日々は、架空の二人にすり替わって、フィクションへと変換されていく。

吐き出すためだけの感情は、ただただ積み重なっていく。私の言葉は、田中だか小田だか吉田だか、そんな名前にコーティングされる。彼女が私に放った言葉も全て、合田だか村田か吉澤になる。知らない誰かと誰かが、文字の上でこじれていく。

「佐藤は、暗い話が好きだね」

彼女は私の文字を読んで、いつもそう言った。全ての呪詛の元凶は、一切に気づかない。気づかないまま、いつも律儀に私の文字を読んだ。隅から隅まで目を通して、たった一つだけをのぞいて、いつも私の狙い通りに物語を読み解いた。仕込んだ表現も、こだわった部分も、伝えたかった思いも、全て。主人公がたった一人の無神経に苦しんでのたうちまわっている姿を細部まで想像して、同じ思いをしたかのように苦しんでみせる。主人公を苦しませている存在が、読み手である彼女本人であることだけを除いて、完璧なまでに物語を読み取って、受け取っていた。

だから私は文字を書く。彼女と一切の不満のない日々を過ごすふりをしながら、その裏側で、文字を書く。苦しいと思った全てを書きつけながら想像する。この全てが、この呪いが、全て正しく彼女に伝わる日のことを。人懐こい目をして、高い感受性を持ったふりをしながら、その根にある鈍感さで私を苦しめる彼女が、いつか本当にこの物語の意味に気づく日のことを。物語を読み解く繊細さで、私が敷き詰めた悪意を理解する日のことを。その時の彼女の表情を。

「そうかな」

そんな話を書かせているのは君なんだよ。浮かぶ思いを踏みつけて、私は笑う。愛しい上っ面が、勝手に言葉の続きを口にする。彼女の想像する佐藤らしい感情を表面に浮かばせながら、心の奥底では淀みがうねる。あぶくのように悪意が浮かぶ。それを一つ一つ丁寧に心に刻みつけて、そうして次の物語は生まれていく。限界はあるのかもしれない。きっと恨みはどこかで輪を作る。積み上げた感情は、どこかで行き詰まる。同じ呪詛しか浮かばなくなった時が、きっとその時が、私の筆を折る時なのだろう。

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