③さらば不快害虫
夜9時50分。
ふみちゃんの思い付きは、理想論でもかなり冴えてると思った。一般的なラーメン屋より狭いものの、
具体的な方法を探るためにネットでゴキブリに関連する情報を漁った。
「...個人のホームページが沢山ありますね。まとめサイトとかも」
「だいたいゴキブリホイホイとか、ブラックキャップを勧めてくるね...」
バーナーの炎で炙っても死なないゴキブリに果たして毒餌やホウ酸団子が効くのだろうか、私は信用できない。今の我々には無敵のゴキブリを具体的に始末する方法よりも、如何にして標的を誘い出すかが重要であった。
膨大な数のクソブログが
その結果、原始的な“釣り”が一番成功率が高いだろうという結論に至った。
空調の音だけが響く深夜10時。
夜行性のゴキブリが動けるように店内全ての照明を落とした。夜の闇に包まれた屋内で、少し開けたロールカーテンと窓ガラスの隙間から差している駐車場の照明だけが人間の視界を作る。スポットライトのように照らされた床、そこには“餌”を仕掛けた丸盆が設置された。
替え玉の皿に白髪ネギを盛り、茹で麺機の湯気で柔らかくしたチャーシューを3枚添えられている。大蒜の臭いを好むゴキブリの為にガーリックチップを全体にふりかけ、通常は醤油ラーメンに使うネギ油を上からかける。これもやはり強い香りが害虫を寄せ付ける。
念のため卓上調味料は全て片付け、厨房の食材と一瞬に冷蔵庫へ押し込んだ。ゴキブリの敏感な嗅覚を“餌”に集中させるためである。私達は敵が“餌”に食らいつくのを、静かに顔を伏して待った。人間の気配を夜の影に隠し、息を殺してただ待つ他はなかった。必ず獲物を捕らえるという執念だけが、時間と共に磨耗する集中力と忍耐力を支えていた。
体感時間はどれくらいだろうか。そういう思考を停止させるほど悠久の時が流れた頃。これまで我々を消耗させた
目測で15センチメートルずつ“餌”に近付くゴキブリが、ついに丸盆の縁を越えた。そこからしばらく、皿の周りを巡回するように移動していたが、私もふみちゃんもまだここではアクションを起こさない。
触覚が間隔を空けて少し“餌”に触れる。我々人間はまだ静かにゴキブリから気配を隠し続けている。
3度も皿を周回していたゴキブリが、ネギ油のかかったチャーシューの上に乗った。脂身が多いためラーメンに使われない部分であるが故に、ゴキブリの“餌”として不足のない柔らかさである。
生物が唯一、無防備となる瞬間が“釣り”の狙い目だ。
“餌”を仕掛けた両サイドの机に私とふみちゃんがそれぞれ待ち構えていた。
私が合図をすると、ふみちゃんは丸盆の上から洗い桶を逆さに叩きつけ、中に衝撃で離散した“餌”とゴキブリを封じ込めることに成功した。机から降りて、丸盆と洗い桶の底を押さえながらひっくり返してやった。
「「っしゃあぁっ!!!!!」」
しがないラーメン屋の店員2名は遂にミュータント害虫野郎の自由を奪うことに成功した。
再び店内の照明をつけると、ふみちゃんは安堵の表情を見せた。張りつめていた神経が元に戻って、どっと疲れが出てきた。
「ゴキブリというのは界面活性剤をかけると窒息するそうです」
洗い桶からゴキブリが這い上がって来ないように、食器用洗剤を側面にかけてやった。替え玉の皿を取ってやると、中でゴキブリがじたばたしているのが観察できた。それは割と面白かったのだが早急に始末したいので、ひっくり返った“餌”と一緒にトイレに流してやった。
我々の勝利だ。地球は霊長類のものだ。
ゴキブリは燃えているか くわばらやすなり @kuwayasu
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