特殊なお仕事

新巻へもん

困りもののアイツ

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」


 ああ。くっそ。高い金出して買ったリストなのにどういうことだ。俺は握りしめた携帯電話をテーブルに叩きつけそうになって思いとどまる。


「兄貴。どうしたんですかぃ?」

「どうしたも、こうしたもねえ。ハズレだよ。ハズレ。使われてねえとさ」

「そいつは幸先悪いっすね。やっぱお札買ってきた方がいいんじゃないっすかね」


 俺はサブの顔を睨みつける。こいつは言われたことを忠実にやる点は申し分ないんだが、頭の方がちょっと弱い。

「馬鹿。どこの世界に俺達の仕事をスケてくれる神様がいるんだよ。いくら八百万の神がいるってもなあ……」


「兄貴。それよりも次かけた方が良くないっすかね」

「うるせえ。だったら、テメエでかけりゃいいだろ」

「いや、俺はおつむが弱いから無理だって兄貴が言ったんじゃないっすか」

「ちっ。しょうがねえな。じゃあ、大人しくしてろよ」

「へい」


 俺はリストの次の番号をプッシュした。名前は高橋薫か。呼び出し音が鳴って、相手が電話に出る。

「どちら様ですか?」

「薫ばあちゃん、俺だよ俺」

「なんだと、私は男だ。失礼な奴だな……」

 ちっ。甲高い声をしているから間違えたじゃねえか。薫とか分かりにくい名前だぜ。


 サブが期待を込めた目でこちらを見ているが無視無視。さ、次に電話しよう。

「もしもし?」

「ああ。ばあちゃん。オレオレ」

「マサキかい。どうしたんだい。急に?」

「お客さんの金を使い込んじゃってさ。その金を今日中に用意しないと……」


「なんだって?! マサキ。もう一度言ってごらん」

「だから、会社のお客さんの金を……」

「ちょっと、マサキ。あんた。おじいちゃんに言われたことを覚えてないのかい?」

「俺も悪いことをしたと……。でも、このままじゃ俺死ぬしか……」


「死ね。そんなのは孫でもなんでもない。いますぐ腹掻っ捌いて死んで詫びな」

「ええと? ばあちゃん?」

「何をぐずぐずしてんだい。早く、腹切るんだよ。この意気地なし。待ってな、今すぐばあちゃんが介錯しにいくから。よーく首を洗っておくんだよ」

 

 なんだよ。くそう。

「兄貴ぃ、急にどうして電話を切ったんだい?」

「すげえババアに腹切れって怒鳴られた。まだ、耳がキンキンしてる。介錯しに来るって喚いていた」

「すげーのがいるんすね」

 仕方ねえ次行くか。


「はい。井上ですが、どちら様ですかな?」

 おっしゃ。自分から名乗るとは脇が甘いぜ。

「井上様でいらっしゃいますか。こちらは市役所の厚生課の近藤と申しますが、還付金のご連絡で……」


「還付金ですか? お間違えではないですかな。あいにくと小生が納めているものは無いはずですが、一体何の還付金なのです?」

「今年度新たに消費税増税対策で創設された還付金でして、70歳以上の方はどなたでも対象になります」


「だから何の還付金なんでしょうか?」

「えーと、今までにお納めいただいた厚生年金のですね」

「それはおかしいですな。私は今まで厚生年金に加入したことはない。何かのお間違いでしょう。先日、市役所の方が公衆の面前で下半身を露出する事件がありました。少し綱紀が乱れてると思うのじゃが、やはり、仕事にもそういう気のゆるみが出るのでしょうな。近藤さんとおっしゃったか、その点同僚としてどのようにお考え……」


 ぶちっ。くそ、めんどくせえ。還付金関係はややこしくていけねえ。やっぱり、流行りじゃねえが、オレオレの方が楽でいいや。泣きおとしすりゃいいんだからな。次に行こう、次。って、サブの野郎、スマホでピコピコ遊んでやがる。俺は空きペットをサブに投げつける。


「兄貴、何、するんすか?」

「何じゃねえ。俺の話しぶりを良く聞いとけ。あとでおめえが金を受け取りに行くんだから」

「すんません。だけど、意外とうまくいかないんすね」

「まあ、次はきちんと落として見せるさ」


 俺は次のターゲットを呼び出した。

「はい?」

「あ……。お袋、オレだけど……」

 かすれた声で申し訳ない感じを演出する。


「え? ショウタ?」

「ああ。そう……」

「あんた、生きていたんだね! どうして今まで連絡してこなかったんだい、この……」

 電話越しに相手が絶句したのが分かる。


「えーと」

「釣りにでかけたまま5年も連絡してこなくて……この罰当たりが」

「母さん、ごめん。俺も色々あって……」

「……そうだよね。ごめんね。ショウタ。つい興奮しちまって」


「いや。ごめんよ。母さん。元気だったかい?」

「私は元気だよ。父さんは随分やせちまったけど。それで、ショウタ、今どこにいるんだい?」

 俺はちらりとリストに目を落とす。相手は千葉県だ。


「今俺は福岡にいるんだ。それで、交通事故を起こしちまって。示談金が必要なんだ」

「ああ。いくら必要なんだい?」

「1500万円だ」


 電話口の相手が沈黙する。深いため息が聞こえた。

「払ってやりたいんだけどねえ」

 なんだ。この世代の割には金がねえのか。

「あんたの捜索費用に全部使っちまったよ。土地も家も全部。何回もヘリを飛ばしてねえ。でも、良かった。あんたが生きていて。また、会えるんだね」


「ああ……」

「それで、相手の人のけがは……。まさか死なしちゃいないだろうね」

「怪我だよ」

「ああ。良かった。人さまに迷惑かけちゃいけないよ。とりあえず、どこに行けばいいか教えておくれ。夜行バスですぐに」


「母さん。ごめん。やっぱり迷惑はかけられないよ」

「そんな。遠慮しなくていいじゃないか」

「母さん、元気でな」

「ちょっと。ショウタ、まっておくれ」


 俺は電話を切る。チクショウ。ショウタの野郎、いい母親じゃねえか。

「兄貴。なんで、涙が? そんなにひどいこといわれたのかい?」

「うるせえ。目にゴミが入っただけだ」

「兄貴は情にもろいからこの仕事むかねえんじゃ?」

「サブッ。いつからてめー俺に意見できるようになった? ああん?」

「すいません。兄貴」


 よし、次だ。

「母さん。遊びのつもりの女に子供ができちまって手切金が……」

「ああ。大丈夫だよ。今週末にでもウチに連れておいで。ディスポーザーを新しくしたから問題ないよ。消石灰もあるからね」

 ガクブル。消石灰もあるからねじゃねーよ。


「会社の小切手を落としちまって、このままじゃ……」

「悪いなシンスケよ。わしも日本政府に騙されていてな。なんと老後に2千万いるというではないか。悪いが自分の不始末は自分で……」

 おのれ金融庁。


 ぜんぜん、ダメじゃねえか、このリスト。

「おい。サブ。このリストどこで手に入れてきた?」

「ダークウェブっすよ」

「全然カモじゃねえじゃねーか」


「うーん。でも、一応、電話はかかるんすよね?」

「最初のを除けばそうだな」

「兄貴も言ってたじゃないっすか。一番困るのはアレだって」

「まあ、そうだな。マッポも余計なことをしてくれるぜ」


 そして、遂に恐れてきたあいつが現れた。俺らの天敵が無機質な声を響かせる。

「ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください」

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特殊なお仕事 新巻へもん @shakesama

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