第36話 後片付けと先の事

 俺が何年も根城にしていた洞窟、そこから何百メートルか離れた場所に無事樹を植えることができた。ドワーフたちのおかげだ。穴を掘ったり樹を植え替える技術がやはり違う。それでも時間はたくさんかかってもう昼過ぎだ。


 俺が立てた動力の樹の奪取プランにはイレギュラーがいくつもあった。ミズナの加入や戦闘、メスゴブリンが俺の計画を察していたこと、そして、樹の運搬がバレて、シャトーとあわやの再戦。途中で終わったとはいえ足を思いっきり蹴られ、めちゃくちゃ痛い。骨にヒビが入っているのではないかと思う。村人たちが来てくれて本当に良かった。神と奉られているのは予想外だったが、俺がかつて酒を失敬する代わりにうざいモンスターを狩っていたのが役に立ったのだ。


「ドラゴンさんよお、動力の樹の使い方は知っているのか?」

 ドワーフは本当に律儀で気のいい奴らだ。こういうやつらとなら一緒に町を作れる。

「いや知らん。教えてくれ」

 ドワーフは石斧を使って、動力の樹に木の棒を打ち込む。

「今は説明だから木の棒だが、本格的に運用するときは金属の棒とか耐久力の高いものを打ち込むといい。仕組みは簡単だ。この打ち込んだ棒を回せば、それが動力の樹に蓄えられる。それが樹の枝から回転となって現れる。つまりが、時間差のある水車みたいなもんだ。スピードの速い枝や、スピードは遅いが力強く回転する枝など、色々あるんだ。大きい樹になると、蓄えた動力が出てくるのに何年もかかる枝もできるらしい」

「なるほどな」

「注意点がいくつかある。枝は切ってもしばらく回転するが、力は元の樹に比べ弱くなるし回転しきると二度とは使えない。あと、動力の発現箇所は、根っこにも及ぶ場合がある。根っこが回転して地面が歪むから、樹の近くに家なんかを建てたら、ひっくり返ることもあるんだ。あとは、動力を与えるための棒はたまにメンテナンスしないとねじ切れたりするからな」

 だからドワーフたちは動力の樹に詳しいのか。パインツの町ではメンテナンスをやっていたわけだ。


「それより、俺たちは本当にこの辺に住んでいいのか?」

「ああ、一部を除いて洞窟も自由に使っていいぞ。もっと快適な町にするつもりだが、本当に〝町〟にするには時間がかかるんで少し待ってくれ。引っ越しの時は手伝うよ」

 さて、俺の目的はほぼ達成できた。後片付けをするとしよう。まず話に行くのは……リーダーからだな。




「トカさんがこの村に植えたほうがいいっていうなら、それなりの理由があるんだろ、それは分かるよ。俺が言いたいのは……なんで事前に相談してくれなかったのかってことなんだよ。それどころか、俺を攻撃させるなんてさ。治癒したばかりのお腹をまた怪我しちゃったし。俺もちょっと調子に乗ってたところあるからさ、戦いになっちゃったけど、本当は戦いたくなかったんだ。ドワーフの人たちにもあんまり反撃しなかったから俺がやられるだけで済んだんだ」

「事前に相談しなかったのは、君に迷惑をかけたくなかったから。と言うと綺麗ごとに聞こえるかもしれないが、まあそんなに違っちゃいない」

「どういう意味だ?」

「君は指導者だから分かるだろうが、樹を奪ったら『町に持ち帰れ』以外の指示があると思うか? だからここに植えるには俺が勝手にやるしかない」

「それはそうだと思うが、やっぱり無理してまで植える意味はないと思う」

「理由をすべて説明する。動力の樹は魔法石の採掘に一番効果を発揮するんだ。畑は動物でも耕せるが、採掘は人間がガリガリやるしかない。そしてこの村は君らの町の管理下にあるんだから、ここに植えるのが最善、それが表の理由だ」

「表? ってことは裏があるということ?」

「そうだ。俺と君は仲間だ。だから、この村に植えたほうが君の影響が及びやすいんじゃないか? 町に植えたら、君の手柄だってことはすぐ忘れ去られ、みんな当たり前のように樹を使うようになる。との和平もガノとの交易も、そして樹の奪取も君の手柄なんだよ」


「それはそうだが……、俺の仕事は〝樹を奪取する方法を探せ〟で、〝奪え〟まで頼まれてない。ここに植えたら先走った結果のミスになる」

「今回は、すべてのタイミングが奇跡的にうまくかみ合って奪取に成功したんだ。俺がドラゴン隊を操るすべを持っていたこと、ドワーフが運よく協力してくれたこと、そして何より、両方の町がちょうど戦いの辞め時を探していたことだ。君らの町だけじゃ10年かかっても奪取は無理だ。それは町の幹部連中が一番良く分かってるだろ」

「でも、俺が指示に背いたことには変わりない」

「説得プランも考えてある。町にはこう言えばいい。『トカゲは古巣のガノに樹を運ぼうとしたが、俺の説得でチーブの村に植えさせた』とな。もちろん必要なら俺も証言する。ガノの町というメリットゼロの選択肢が入ることで、この村に置ければ目的の7、8割がた達成した、って感じになるだろう?」

 チンジャオは考え込んでいる。薄ら笑いを浮かべていることから、算段が付いたのだろう。

 実際のところ噓はほとんど言っていない。ここに人間とモンスターが共存できる町を作りたいが、シャトーの町とは仲良くやりたい。なんたってシャトーの町だ。そのためにはチンジャオが必要だ。




 シャトーを探し回ると、彼女は小川で子供たちと魚を捕っていた。

 服の裾を膝上までまくっており、美しい肢体が見えている。ずっと眺めていたいが、邪魔くさい子供たちがこちらに気づいた。

「おー! ドラゴンじゃん! 久しぶり!」

「どこ行ってたのさー ここんとこ泥猿調子に乗ってるよー」

「てめえ! 落とし穴掘っただろ!」


「ハイハイ、子供はあっち行ってろ。俺はそこのお姉さんと話があるんだ」

「シャトーに?」

「そうだ。大人の話だ」


 子供を遠くへやると、シャトーと2人で岩に腰掛けた。天気が良く水面がきらきらと輝いている。

「足、引きずってるけど、私に対するあてつけ? 私の蹴りはそんなに芯は食わなかったはず」

「粉砕してないから軽傷ってか。十分痛いよ」


 そしてなんだかんだ言いながら治癒魔法をかけてくれる。幸福感で満たされる瞬間だ。

「今回のこと、君にもちゃんと説明をしなきゃならないと思ってな」

「え、いいよ。もう樹は植えたんでしょ? 私はどっちでもよかったし。それより、本当にモンスターと人間の町を作る気なの?」

「ああ。そのつもりだ。今回の作戦はすべてそこをゴールとしたものだ」

「ふーん」

 シャトーはなにやら顔を赤らめ照れているように見える。

 どうしたんだ……? ……なぜだ。考えろ。


 そうかメスゴブリンか。あいつが「交尾交尾」言うから俺が町を作る目的が交尾だと思われてしまっているのだ。確かに交尾は目的の一つだがそういうのは表現方法を考えねばならないと知らないのだ。これだからデリカシーのないモンスターは困る。


「シャトー、あのメスゴブリンがおかしなことを言っていたが……、俺は交尾についてはだいぶ先の話だと理解しているからな」

「何言ってんの……バカじゃないの……」

「俺もそう思うぞ? だから言ってるんだ」

 シャトーは、訝しげな横目で俺を見ている。何か文句があるのだろうが、こういう表情もかわいいな、としか思わない。


「……まあいいよ。私は実はトカちゃんには感謝している。トカちゃんがいなければガノやパインツみたいな大きい町へ行くのは無理だった」

 感謝している割にはずいぶん遠慮のない蹴りだったが。


「わたしはパインツにもう一度行きたい。ミズナちゃんも行きたいって」

「今の今でそれは難しいな……」

 シャトーも一応は危険性をわかっているはずだが、一体何をしに行くのだ? ミズナはなんとなく分かる。どうせ風の魔法を習得したいのだろう。あいつの魔法にかける情熱は異常だ。きっと幼いころ脳に損傷を負ったに違いない。

 シャトーの目的はなんだ? また殴り合いがしたいとかか?

「ドワーフの闘技場にでたいのか?」

「そ、そうだよ。よく分かったね」


「チガウヨ」

 メスゴブリンが来た。二人きりで話しているというのにうっとうしい奴だ。

「あらーゴブちゃんもうよくなったの? 今回はトカちゃんのせいで災難だったね。でももう少し休んでた方がいいんじゃない? 向こう行こ?」

「シャトーは、アノマチの、ボクシングのヤツとミッカイするツモリ」


「何言ってんのかな? 言葉の意味も不明だし混乱してるね。傷も治ってないしもう少し寝てよ? そうしよ?」

 シャトーは強引にゴブリンを肩に担いで連れて行こうとする。と、いうことは本当のことなのか? ボクシングってまさかシャトーが股間を殴ったアイツか? なぜ玉を殴った相手とそういうことになる!?

 パインツの町か……。さすがに俺が今行くわけにはいかないが、これは決して見過ごせない。〝密会〟だなんて絶対に許せない。いくら俺がパインツの町は危険だからと説得しても、いずれシャトーは強引に行くだろう。だがシャトーたちには仕事があり、仕事を放ってパインツほど遠い町に行くのは不可能なはず。こうなってはなんとかして介入する必要があるな。彼らの〝仕事ミッション〟に。

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剛力治癒師と大トカゲ おぎまきしん @shakunagenugget

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