エレクトロミュージック

@samuthing

エレクトロミュージック

 真っ暗な部屋で窓辺に座ると月明かりがほんの少しだけ混ざった街灯の光が私に届く。

 スピーカーから流れるスクエアプッシャーの音楽は独特な浮遊感を与えてくれた。

 理知的でかつ破壊的なリズムと幻想的とは程遠い街灯の柔らかい光の中、私はプシュっと空気感を全て破壊するような音とともにプルタブを開けた。

「駄目だわこれ。先に開けておくべきだったな」

 雑にチューハイを流し込むと駄菓子の様なグレープフルーツ味と工業製品の様な取ってつけたアルコールの匂いが鼻を駆け抜ける。

「飲み物も駄目だけど、これを飲んでる私が一番駄目だなぁ。駄目な自分に酔う自分がその更に上の駄目さで上書きされてなんとやら」

 それを口にしてるのが輪をかけてるのもわかってやってる。

 私がどんな環境でどんなお酒を飲んだって良いじゃない。誰よりも私は今安くお酒を楽しんでいるわけなんだよ。

 キツイ割になぜか飲みやすくて、乾いた喉を潤しすぐに乾かしてくれるその矛盾が、私の今の状況を全て内包している訳だ。

「月がキレイですね」

 言う相手が誰もいない中今日も誰かがどこかで気取って発しているだろう言葉を呟いた。今更恥ずかしくて誰かに対して言えたもんじゃない。

「それ本気で言ってるの」

 パっと部屋の電気が付くと同居人が呆れた顔をして立っていた。

「またやってたの。あなたIambic 9 Poetryしか聴いてないけどSquarepusherは他にも良い曲あるんだから聴いてみなよ。この曲も良いんだけどさ」

 奈津美はそう言いながらコンポのボリュームを少し上げて、上着を脱いでソファに投げる。

「私はこれが一番お気に入りだからいいの。お勧めしてもらったえっと、えいふぇっくすついん?って人のはジャケットが怖かった」

 奈津美は溜息をつきながらコンビニのビニル袋からチーズとプリンを取り出して私に差し出した。

「こっち」私はチーズを口でキャッチすると袋を開けて一つ取り出し口の中に放り込む。

「犬じゃないんだから。それじゃプリンは冷蔵庫入れとくね」

「ん」

 口の中でチーズを転がしながらとろけるような世界に旅立つ。安いお酒でもチーズが有ればそれは一つの世界なんだ。安いチーズでもね。

チューハイを喉に流し込む。この手の安いお酒は時間が経つとどうも美味しくない。それもまた一つなんだけども。

「はい、今日もお疲れ様」化粧を落とした奈津美が私の隣に小さな座布団を敷いて座る。

「あなた弱いならそんなに度数の高いお酒飲まなければいいのに。肩まで熱もっちゃってるよ」

 奈津美の手が私の袖の中に入ってくる。しっとりとした手は冷たく気持ちが良い。

「いいの。わかるでしょ?工業製品におぼれる快感っていうかなんかそういうの」

「ディストピア思想ね」奈津美は私の肩に体重を掛け、同じお酒を開けた。「うわ、酷い味」

「でしょ!」奈津美の表情が歪んだのが顔を見なくてもわかる。不味いのが良いのだ。間違いなく。

「これ飲みながら窓辺で空見上げてエレクトロ聴いて酔いに酔ってるわね。らしいというか私もそういうの嫌いじゃないけれども」

「私達はね、こうやって日常の中に非日常を創造して楽しむ事が出来る貴重な人種であり”上”の連中が本物のお酒を飲んでる中偽物を本物以上に楽しんでるの」

「はいはい、次はカロリーメイトでも食べる?」奈津美は喉を鳴らしながら、小さい声で、まずっと呟く。

「それおいしく飲む方法教えてあげようか」奈津美の持ってる缶と私の空になった缶を交換する。

「私雰囲気で飲むのは嫌いじゃないけど、これは相当な物だよ。あとこれもう空じゃない」

 私は一口チューハイを含むと奈津美の口に直接流し込む。そのまま奈津美の口内の味も楽しむ。

重なり合う舌といかにも作られた味とアルコールが舌を痺れさせ鼻から抜けて行く。

「んっ」

 どちらの音かもわからない声が漏れ頭蓋骨を反射して陶酔とはこう言う事なんだろうと噛みしめた。

 口を離し、お互いに頬を赤くした顔を見つめあった。

「自分からやっといてアレだけど。これめちゃくちゃ酔っぱらう」

 体温が明らかに上昇し、心臓のBPMが明確に早くなってる。

「ん」

 今度は奈津美の方から口づけをしてきた。お酒の冷たさが有った先程とは違い異常に熱く感じる奈津美の舌は私の口内をすみずみまで味わおうとしている。

お互い口内の愛撫をし続ける。何か仕事で嫌な事が有ったんだろうか。それともこの安いお酒の魔法かな。奈津美が私を強く求める時は大抵そういう事がある。


 ベッドに転がるように力尽きた奈津美の服を直し毛布をかける。私より遥かにしっかり者なのに事後はいつもそのままにして寝こけてしまうだらしない所がある。

それも可愛いんだけれども。

 少しすずもうとリビングに行くと机に一枚のCDがあった。奈津美が買ってきたCDだろうか。冷蔵庫から麦茶を取りCDをコンポにかけるとまたいつものインテリっぽい曲が流れてきた。

 私は正直この手の曲は得意じゃなかった。得意じゃないというか全部同じに聞こえる。エレクトロだっけ。アーティスティックすぎてちょっとわからない。スクエアプッシャーのあの曲だけは柔らかくて私も聴けた。

 麦茶をコップに注ぎ奈津美が引いたままの小さな座布団に座る。

 片づけていなかった飲みかけの不味い安いお酒がまだ半分も残っていた。一口飲むと完全に炭酸が抜けていて余計に駄菓子のような味と工業製品の様なアルコールが喉と鼻を抜ける。

 窓から街灯を見上げる。

 奈津美の受け売りだけど人は昔聴いた音楽を聴くと、その音楽を聴いていた時の回りの状況を思い出すみたいだ。確かに女子高生の頃に腐るほどに聴いていた曲を聴くと友達の顔とかその時読んでた雑誌とか学校の事とか思い出す。

 10年後にこのお酒が残ってるかわかんないけど、この安くて不味いお酒を飲むと奈津美とこの部屋とスクエアプッシャーを思い出すんだろう。

 そう思いながら飲むお酒は不味いけど、愛おしく感じた。

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