子供をころせない狂戦士の話

蘭野 裕

 子供をころせない狂戦士の話

 昔々、あるところに鬼が現れ、人間の村を襲った。

 命からがら逃げ延びた少年は、ただ一人の生き残りだった。


 以来彼の目には常に警戒心と敵意が宿って消えず、そのせいか、どこの人里に辿りついても馴染むことが出来ず放浪した。

「鬼のような目をした子だ」

 と行く先々の人が噂した。


 あるとき少年が町で聞いた話に、山奥で隠遁生活を送る老人が名刀を持っているというので、訪ねようと決めた。

「名刀があれば鬼を斬れるだろう」

 嫌われたらその老人を殺して刀を奪おう、とも彼は思っていた。

 たどり着いた庵にすむ老人は、じつはかつての剣豪だった。

「良い目だ。おまえは鍛え甲斐がある」


 それから厳しい鍛練の日々が続くこと数年。少年はいまや立派な若者で、名刀を受け継ぎ、一人前の剣士となった。

 行く先々で人々を苦しめる鬼を退治しながら、故郷の村のあった場所を目指した。

 そこは鬼の集落になっており、剣士は単身、鬼の集落を滅ぼした。


 ただし、ひとり逃げ遅れた子供の赤鬼だけは殺せなかった。

 どうも人間と鬼の間に生まれた子らしい。見捨てて去ることも出来なかった。

 剣士はこの子鬼を荒れ果てた集落から連れ出した。



  *  *  *



 人の血を引く子鬼を連れているからと言って、鬼狩りの剣士の腕のなまることはなかった。

 この子や彼自身のような不幸な存在をこれ以上増やさぬためにも、鬼という鬼を滅ぼさねばならぬと信じ、戦った……少なくとも、はじめは信じていた。


 剣士は助けた人々から感謝と尊敬を集めた。そうした人々から見て、剣士の連れている子供は、実の子かと見紛うほど懐いていた。

 いつしか、剣士は「鬼のような目」と言われなくなった。

 それでも一つところに留まれないのは、鬼狩りの旅に住所は要らないことはもちろんだが、他にも理由がある。


 半人半鬼の子は育ちが早い。あの町では剣士の子に見えたのが、次の村では年のはなれた弟と見られ、今いる宿では剣術の弟子かと言われたという具合。

 しかも、同じような体格の人間の少年よりずっと腕っぷしが強く敏捷だ。

 何より肌が赤いし、頭の左右に角が生えている。角は今のところ頭巾で隠せるが、徐々に大きくなっていく。


 鬼の血を引いていることを、周りが気づくのは時間の問題だ。

 やがて、剣士はこう思うようになった。

「この子は、俺と別れて鬼として生きるほうが幸せなのではないか?」



  *  *  *



 そして数日、剣士は、子鬼を連れて山脈地帯を山奥へ、山奥へと進んでゆく。

 旅籠や茶屋を最後に見たのは何日前だったろう。いまや一宿一飯の世話になる民家も見当たらない。食べ物は狩りで調達した。


 子鬼は、木登りして食べられる実を取るのも、動物や川魚を捕まえるのも得意だ。これまでも野宿のときに役立ってきたが、今もじつに生き生きとしている。


 ふたり焚き火を囲む食事は、剣士にとっても心和むひとときではあった。

「なあ兄貴、この道で本当にいいのか? ずいぶん辺鄙なところに来ちまったぜ。鬼狩りの依頼人どころか、そもそも人がいないだろ」

 木の枝にさした兎の肉を片手にそんなことを、しかし笑顔で問うた……笑うと口の両端から牙がのぞく。それは焚き火に照らされてギラリと光った。

 剣士は答えた。

「かまわない。この旅の目的は、鬼狩りではないのだ。この道をもっと進めば、森の奥に鬼の村がある。お前、その村で暮らす気はないか?」


「兄貴は……?」

 重苦しい沈黙ののち、剣士は言った。

「俺は山を降りる。お前が鬼の子であることを隠して暮らすのは、もう無理だ」

 焚き火から、はぐれたような火の粉がひとつパチリとはぜた。


「うん……わかってたよ。おいらは普通の子供と違うって。兄貴から、そう言われる時が来るって。けどよ……」

 半人半鬼の子は片腕で目元をこすった。手首あたりが涙に濡れていた。

「おいらは人間から見れば赤い肌で大きな体だろうが、鬼から見れば、生っ白いチビなんだ。角だって混じり気なしの鬼ならとっくに、もっと立派なのが生えてるはずなんだ。……人間の子として嫌われるのがオチだ。今更、鬼として生きろなんて、勝手すぎるだろ」

「鬼と人は関わり合うから争うのだ。人の訪れない鬼だけの集落で暮らせれば、あるいは……」

「鬼だって鬼どうし、はなれた集落とも行き来するもんだ。兄貴のことぐらいこの辺りの鬼だって知ってる。人間を警戒しない鬼なんて、もう何処にもいやしない。今更そんなこと言うなら、なんで……なんであの時、オイラの命を助けたんだよ!」

 半人半鬼の子は、剣士に背を向けて駆け出した。



  *  *  *



 剣士は後悔し、三日三晩、寝食を忘れて探しまわった。

 そしてついに見つけた!

 無事を喜び、剣士は初めて泣いた。

「悪かった。もう二度と鬼の村へ行けなどと言わない。これからずっと、共に暮らそう」

 二人は小屋に帰ると、幼子と親のように抱き合って眠りについた。


 真夜中、半人半鬼の子は布団から抜け出した。そのとき、剣士は起きなかった。半鬼の子は隠していた包丁で剣士を刺し、その首を抱えて森の奥へ消えた。


 こうして半人半鬼の子は、噂に名高い人間の剣士の首をとった英雄として村に迎えられた。

 彼は幾度も思い出しては苦しむだろう。刃物を抱えて忍び寄ったあの夜、剣士が一度まぶたを開いて、構えた刃越しに目が合ったのを。

 そして全てを覚ったかのごとく穏やかに再び目を閉じたのを。





(了)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子供をころせない狂戦士の話 蘭野 裕 @yuu_caprice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ