第8話 海とおっぱい

ぼくたちは海に来ていた。


この世界にも海があるだろうとは思っていたけど、実際に見る異世界の海は信じられないくらい美しかった。


ひとの文明で汚染されていないから、見渡す限り透き通るようなコバルトブルーだった。

かかとくらいまで海に入ったところで、もうすぐ先にきれいな小魚が群れをなしているのが見える。

水面に反射する光がまるで宝石の粒のように、拾って持ち帰れるんじゃないかと錯覚するくらい眩ゆく輝いていた。


ぼくがしばし海の美しさに見とれていると、後ろからシェーダさんの声がした。


「海ってきれいだよな。あたしも初めて見たぞ」


振り返ると、ぼくは思わず目をそらしてしまいそうになった。

シェーダさんはものすごく面積の小さい水着を着ていて、胸やらお尻が水着からあふれるようにはみ出していた。

なんとなく下をうつむきながら、「そうだね……」とぼそぼそ答えていたら、シェーダさんにぐいっとあごを持ち上げられた。


「お前、よくアリシアの胸見てるだろ」


「え、えええっ!?」


そんなことを言われるとは思わなかった。でも、よく見ているのは事実だ。ぼくはそれがばれてしまっていると分かり、心底恥ずかしくなった。アリシアさんにも知られているのだろうか。恥ずかしい。なんでいつも見てしまうんだろう。


ぼくが答えずに目をそらしていると、シェーダさんがぼくを見つめながら続けた。


「あたしの胸だって結構でかいんだぜ。アリシアに負けないくらいだ。見てみろよ」


シェーダさんはそう言うけど、ぼくはとてもシェーダさんを直視する気にはなれなかった。

視線を地面に落として答えられずにいると、シェーダさんの後ろからアリシアさんの声がした。


「ふたりとも、ここにいたんですね。海はほんとうにきれいですね」


そう言って近づいてきたアリシアさんは、信じられないくらい可愛らしかった。

いつもとおりに花のような笑顔だけど、真っ白でよく似合うビキニの水着を着ていて、こんなにアリシアさんの裸に近い姿を見たのは初めてだった。

女のひとは、こんな下着姿みたいな水着を着て、恥ずかしくならないのだろうか。ぼくはこんなに恥ずかしいのに……。もうアリシアさんを直視することができないくらいなのに……。


「緒音人さんは、海は初めてですか?」


アリシアさんが両手を膝につけて、少しかがんでぼくの顔をのぞきこんだ。アリシアさんの両腕に挟まれて、ふたつの大きなおっぱいがぎゅっと柔らかそうな谷間を作っていた。ぼくはとても直視できず、思わず目をそらしてしまった。


「アリシア、こいつ、アリシアの胸ばっか見てんだよ」


な、なにを言うんだぁぁぁ!!!

とんでもないことを言い出すシェーダさんに、ぼくはなにか反論しようとしたが、結局何も言えないまま、ただうつむいてしまった。


アリシアさんはきょとんとして、「そうなのですか?」とぼくに聞いてきたが、とても返事をすることなんてできなかった。

アリシアさんは、ぼくがよくアリシアさんの胸を見ていたことに気づいていないのだろうか。

でも、女のひとは、自分の胸を見られたらすぐ気づくって言うものな。どうしてぼくは、いままでちょくちょくアリシアさんの胸を見てしまったのだろう。でも、つい、視線がいってしまうんだ……アリシアさん、ごめんなさい。


うつむいているぼくに、シェーダさんが更にとんでもないことを言い出した。


「それでだな、こいつに教えてやろうっていうんだ。あたしとアリシアの、どっちが胸がでかいかをな」


「胸の大きさを……? どう教えるのですか?」


「それはやっぱり……こいつの顔を胸で挟むしかないな。それで、こいつがよりでかいと感じたほうの勝ち」


いったい、シェーダさんはなにを言っているんだ!? ぼくは汗をかいたり真っ赤になったりで思考がまったくまとまらなかった。

ぼくがただただうつむいていると、アリシアさんがしばらく考えたあと、ぼくの顔をのぞきこんだ。


「緒音人さんは、そうしてほしい?」


近くで見ると、アリシアさんの顔はほんとうに可愛らしかった。

潤んだ瞳も、長いまつ毛も、柔らかそうなくちびるも、なにもかもが信じられないくらい可愛い。ぼくはこの世の何よりも、アリシアさんが好きすぎるんだ。


「は、はい………」


顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるくらい火照りながら、ぼくがぽつりと答えると、アリシアさんがふふっと笑った。


「しようがないひとですね……」


アリシアさんが少しぼくを屈ませて、腕を首に回した。アリシアさんの、白くてなめらかな肌と、柔らかくて大きなふたつのおっぱいが目の前に迫ってきた。

あらためて間近で見ると、アリシアさんのおっぱいは信じられないくらいきれいだった。少しアリシアさんが体を動かすたび、おっぱいがたゆん、という音を立てて揺れていた。


いったい、アリシアさんのおっぱいに顔を挟まれてしまったら、ぼくはどうなってしまうのだろう……。意識を保っていられず、気絶してしまうかも知れない。

そんなぼくの心配をよそに、アリシアさんのおっぱいが少しずつぼくの顔に近づいてきた。あと、数センチでおっぱいと顔が触れるという位置になると、胸元からアリシアさんのとてもいい香りがして、ぼくは心が燃えるほどアリシアさんのことが愛おしくなった。


「緒音人さん……」


ぼくは目をつむってすべてを任せた。アリシアさんのおっぱいに包まれてみたい……。数秒そのまま待っていると、ついにそのときが訪れた。


ぷにゅっ♡


という音がしたと思われるくらいに柔らかなおっぱいが顔に触れた瞬間、氷のような冷たさを顔に感じた。

冷たっっっ!!

うそ!? おっぱいってこんなに冷たいものなの!?

もっと、あたたかくて、天国みたいなものを想像していたのだけど……。


そのままアリシアさんはおっぱいでぼくの顔をはさんでくれたけど、めちゃくちゃ冷たくて顔が凍りそうな上に、大きすぎるおっぱいが鼻と口をふさいで、息をすることもできなかった。

寒い…!! 苦しい……!! まさか、おっぱいがこんな苦行だっただなんて…!?

修行僧!? 世の中のカップルはみんな、修行僧なの!?


それでもアリシアさんのおっぱいなんだから、せっかくアリシアさんが挟んでくれたのだから、どうにか我慢しようと息を止め続けていたものの、ついに我慢がしきれず限界が訪れた。


「ぷわあああああああああっ!!!」


ぼくが目を開けると、そこにはアリシアさんのおっぱいなんてなかった。

ベッドで横になっているぼくの目の前に、ものすごく冷たそうな水風船がぷかぷかと浮いていた。


「ようやく目が覚めたか。何しても起きねーから、氷魔法で冷した水風船で、鼻と口を塞いでやった」


水風船を持ったまま、シェーダさんがぼくに向かって少し笑った。

なんだ……あれは夢だったのか……。そうだよな、アリシアさんがおっぱいで顔を挟んでくれるなんて、そんなことあるはずもないよな……と思った瞬間、一瞬にしてこれまでの記憶が蘇った。


「え!? ア、アリシアさんは!? カドセルムの城を脱出して、ぼくはまた眠っていたの!? アリシアさんはどうなってる!? アリシアさんの怪我は?」


シェーダさんは面白くもなさそうにくちびるを尖らせた。


「うるせーやつだ。お前はあのあと、風魔法で飛行中に気を失い、いままで3日間も眠っていやがった。たった一瞬の完全魔法でこのざまだ。どうやら、完全魔法は人間に使えるようなものじゃないらしいな。アリシアはあたしのリヴァイヴで回復させてやった。安心しろ」


3日も……。その間、アリシアさんはどうしたのだろう。シェーダさんが守っていてくれたのだろうか。それよりも、ここはどこ? いろんなことを聞こうとする前に、シェーダさんがぼくの顔をのぞきこんだ。


「それよりも……だ……。完全魔法はどうやって使う? 使い方を教えろ。出力を少し抑えて使うようなことはできないのか?」


その言葉を聞いて、ぼくは以前見た夢の話を思い出した。

アリシアさんの遺体のそばで、美しい女性が語っていたこと。



―――あの女も死ぬな。

何も頼るものがなかったあの女が―――自分の力しか頼るもののなかった女が、『完全魔法』という究極の力を目にしてしまった。あの女は『完全魔法』に魅入られている。いずれ、ばらばらの肉片になって死ぬだろう。

『お前も』―――お前も大して長生きしないが、あの女はそれ以上だな―――



ぼくは思わず、自分の頭を両手で殴った。

その姿を見て、シェーダさんは驚いていた。


「どうしたってんだお前……なんかあったのかよ」


ぼくは頭を抱えてうずくまりながらシェーダさんに告げた。


「シェーダさんは絶対に使っちゃいけない! 完全魔法は、誰も使っちゃいけない魔法なんだ! 絶対、こんなものに魅力を感じてしまったらいけないんだ!」


シェーダさんは少し目をそらしてふん、と息をついた。


「そうは言っても、お前が現に使ってるじゃねーか。これからもお前は使おうとするつもりだろう? お前ばっかりそんなことしてんじゃねぇよ…………」


シェーダさんは少し寂しそうな顔をして、その後に何か言いたげだったが、それは言わずに言葉を飲み込んでいた。このとき、シェーダさんが飲み込んだ言葉に気づいてあげられたらよかったのだけど、ぼくはそこまで気が回らなかった。しばらくの沈黙の後、シェーダさんが再び口を開いた。


「しかし、完全魔法を使って、『滅びしもの』が出てこなかったから良かったが、なんで『滅びしもの』はあのときカドセルムに呼びよされてこなかったんだ? 極限魔法でも腐敗が莫大に溜まるくらいだ。完全魔法はその比じゃないだろ」


それについては、ぼくにはなんとなく思い当たるふしがあった。


「きっと、完全魔法は腐敗を生まないんだと思うよ」


「腐敗を生まない……?」


「人間が使う魔法は、対象の魔力を中途半端にしかねじり取ることのできない、まがいものの魔法なんだと思う。それが腐敗という歪みを作るんだ。完全魔法は対象の魔力を100%ねじり取る分、すごくクリーンな魔法で、きっと腐敗を作らないんだ」


「なんでそんなことがわかる?」


「だって、完全魔法が腐敗を生むなら、あのとき出現した『滅びしもの』は、自分の完全魔法の腐敗を食っているだけで、永遠にこの世に存在し続けられたはずじゃないか。それが、死の丘の腐敗を食い尽くすだけで消えてしまったのは、完全魔法では腐敗が生まれないからだと思う」


「なるほどな…」と、シェーダさんは何か考え込むようにあごに手をあてた。

「完全魔法なら攻撃魔法を使っても、『滅びしもの』を呼び寄せる心配はないってことか」


ぼくはシェーダさんに強い口調で告げた。


「でも、絶対に完全魔法なんて使っちゃいけない! いつ死ぬとも分からない! シェーダさんは絶対に完全魔法を使っちゃいけないんだ!」


シェーダさんは目をそらして、ぼくに背中を見せた。その背中が、言いようもなく小さな子どものもののように見えてしまった。


「ふん……」


しばらくふたりの間に沈黙が流れていた時、がちゃりとドアノブが開き、アリシアさんが部屋に入ってきた。いつもと変わらないアリシアさん。破裂した目も、つぶれた指も、可愛らしい顔も、なにもかも元のままだった。


「緒音人さん…目が覚めたのですね。体は大丈夫なのですか?」


「ア、 アリシアさんのほうこそ! 目は? 指は? もうどこも痛みませんか!?」


「はい、シェーダさんに治していただきましたから……。わたしはどこにも痛いところはありませんよ。それより、緒音人さんのほうが心配です」


「ぼ、ぼくは大丈夫です! それよりアリシアさんが……」


「わたしは大丈夫です。それより緒音人さんは、また完全魔法を使ってしまって…」


ぼくたちふたりがお互いを心配して、息つく間もなく言葉をかわしているのを見て、いつのまにかシェーダさんはつまらなそうに部屋を出ていってしまっていた。

ぼくはこのとき、シェーダさんが抱えている思いに、もう少し早く気づいてあげるべきだったと思う。

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おっぱいで世界を救え!~童貞1000年こじらせた少年、おっぱいだけで最強魔法爆発~ ゆなみ @yunami

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