第7話 ヒトの皮を被ったもの(4)
馬小屋で休養にもならない休養をし、ぼくは完全魔法を使った反動の鈍痛で、ほとんど眠ることができなかった。
アリシアさんも横になって静かに息をしているが、痛みがひいているとは思えない。もう回復魔法すら使ってあげられないのがもどかしかった。
シェーダさんは、野生の獣のようにあちこちを見張っていた。
シェーダさんにとって、ここは敵地であり、最も危険信号を感じるところなのだろう。カドセルムに来てから、シェーダさんは常に臨戦態勢、いつでも魔法を発動できる状態だった。
それでも、シェーダさんの極限魔法詠唱時間は最短3秒と長い。
普通の魔法使いは上級魔法でも5秒以上かかるから、シェーダさんは天才なのだけど、王に謁見するとき、衛兵に背後から槍を構えられた状態では、3秒は遅いということだった。
詠唱時間がゼロに近いぼくしか、王の間でみんなを守れる保証がない。
しかし、こんなときにまた魔法が使えなくなってしまうなんて…。
ぼくは翌朝の謁見にわずかな希望を持つとともに、とてつもなく不安でたまらなかった。
ろくに眠らないまま朝が来て、ぼくたちは衛兵に連れられ、王の間へと向かった。
昨日から食事すら出されていないから、みんなずいぶんと弱ってしまっていた。やつれているぼくたちの前に、傲慢で残酷な笑みを顔に浮かべた、カドセルム王の姿が目に入った。
ぼくたち3人は地面にひざまずき、王からの言葉を待った。
「昨日はすごいものだったな。鉱山の金をすべて集めてしまうとは。あれを見て、わしはアリシアの言葉をよくよく考えてみることにした」
「ありがとうございます」
アリシアさんは深く深く頭を下げた。
その姿を見て、王は残酷に顔を歪ませた。
「アリシアの言葉をよく考えた結果、わしはこうすることに決めたぞ。まず、アリシアは一生この城の中で監禁状態とする。そして毎晩、グリオールに奪われた金の恨みを、アリシアの体に晴らさせてもらう。お前が死ぬまでだ。そしてそこの珍しい魔法が使える付き人も、永遠にカドセルムのために働いてもらおう。断ればアリシアを殺す。ふたりでわしのために永遠に尽くし続けろ。それがアリシアの話を考える条件だ」
アリシアさんはぐっと唇を噛んでいるようだった。
そしてたどたどしい言葉で王に反論しはじめた。
「ご命令はお受けします。ですが、わたしはこれから世界の王のもとにまいらなくてはなりません。平和条約が結ばれれば、どのようなご命令でもお受けします。でも、この条約が結ばれるまで、わたしはどこかに縛られるわけにはいかないのです。どうかご理解ください」
アリシアさんが言っていることは、きっと、本気でこの男の慰みものになることを受け入れたセリフではないだろう。この場で、この男を怒らせないために言っていることだと思う。それでも、「命令を受ける」ということからぼくはアリシアさんが慰み者になっている姿を想像してしまって、血が沸き立った。
カドセルム王はいやらしく笑った。
「その平和条約についてももう考えている。一番いいアイディアが思いついたのだよ。お前が言うには、『滅びしもの』は腐敗をえさに現れるのだろう? そして腐敗は、戦争で大規模に攻撃魔法が使われると爆発的に増えていくと」
「はい……」
アリシアさんは次に希望ある言葉が続くと思っていたのかも知れないが、その後に続いたのは信じられない絶望だった。
「だからわしはこう考えたわけだ。敵対する国がある場合、ひそかに地下通路を作り、その国の地下にシェルターを作る。そしてその中で……毎日魔法使いに魔法を使わせ続けるのだよ。そうすれば、どんどんとよどみのある腐敗が溜まっていく。敵対国の地下にな。そしてそれが臨界点を突破した時、あふれるように『滅びしもの』が呼び出される。どんな強国であっても、地下から『滅びしもの』を突然呼び出されて対応できる国は存在するまい! こうしてこの世でわしだけが、『滅びしもの』という最強兵器を手に入れるのだ!!」
アリシアさんは思わず顔を上げて王を見つめ、声を張り上げた。
「それは……約束が違います!! わたしは、『滅びしもの』を二度と呼び寄せないために、平和条約を結ぶためにこの話を伝えに来たのです……!!」
王が残酷に笑った。まるで悪魔のようだった。
「約束というが、わしが何か約束したか? わしは、『考える』と言っただけだ。その考えの結論がこれだったというだけのこと。そしてお前に拒否権はない。今後の人生を考えろ。わしの恨みを晴らすためだけに使われる人生だ。一生この城から出られると思うなよ」
あまりのことにぼくは体を震わせたが、いま、なにひとつとして抵抗できる手段がない。初級魔法すら使うことができない。怒りに拳を握りしめていると、シェーダさんの声があたりに響いた。
「黙ってろよ!!」
その瞬間、シェーダさんの周りにいる衛兵たちが吹き飛んだ。衛兵たち含め、王の話に夢中になっている隙に、誰にも見えないように自分の足元の地面から魔力を集めて詠唱をし、衛兵たちが立つ床部分を吹っ飛ばしたのだった。機転も応用も、シェーダさんは魔法の天才だった。
王の周囲の警護兵たちが警戒態勢に入り、上級魔法の詠唱を始めたが、シェーダさんが極限魔法を詠唱し終わるのがわずかに速かった。
「極限魔法、ライトニング・テンペスト!!」
激しい数十本の稲妻が上空から降り注ぎ、王の間の天井を突き破り、ぼくたちと王を完全に分断した。
いくつかの稲妻は警護兵たちのすぐそばに落ち、集中をそがれた警護兵の詠唱は中断してしまった。
落雷のあとの煙が舞う中、シェーダさんは仁王立ちでぼくたちと王の間に立っていた。
「てめぇらに話したって無駄だぜ。追いかけてくるなよ? 追いかけてきたら必ず殺してやるぞ。今は見逃してやった。だが、次は殺す」
その言葉に、警護兵たちは誰一人として動くことができなかった。
シェーダさんはぼくとアリシアさんを抱きかかえると、風魔法の詠唱を始め、穴が開いた天井から一気に空へ向かって飛び去った。
ぼくたちの体は遥か上空に舞い上がり、そこから見える太陽の光がぼくたちを照らすと、自分の姿だけではなく無力感まであらわにされてしまったような気がした。
空を飛びながら、シェーダさんが話し始めた。
「アリシア……無理だ。お前の考えは成功しない。少なくとも、あいつがいるうちは。あいつは完全な悪魔だ。あたしたちだけでなく、いずれ人類を滅ぼしてしまうぞ」
アリシアさんは、傷ついた唇で少しずつ言葉を紡いだ。
「だからこそ、やらなくてはならないんです。あのひとに、『滅びしもの』のことを教えてしまいました。出現する方法も……。あのひとはそれを実行してしまいます。だからこそ、もう、絶対にあとにはひけなくなってしまいました。本当に、世界各地に『滅びしもの』を呼び出されてしまいます。止めないといけません。正しい方法で、あのひとを必ず止めます」
「正しい方法? この場合は、『殺す』一択だ」
「それはいけません……。世界の国で平和条約を結び、カドセルムもそこに加盟してもらうんです。そして、本当の平和条約を結びます」
「できると思うか? お前、それが……」
アリシアさんは泣いていた。
「わたしは……もしかしたらわたしが……。世界を滅ぼす引き金を引いてしまったのかも知れません……。ですから、わたしが、必ずその責任を取ります。必ずあのひとを止めてみせます。いつも弱くて……なんの力もなくてごめんなさい……。もう少しだけ、わたしに力を貸してください……」
アリシアさんの切ない願いに、ぼくはものすごく胸が苦しくなった。アリシアさんの手を握ると、弱々しく、壊れてしまいそうなくらい細い指を感じて、こんな細い指を持って、これだけの戦いをしようとしていることに胸が詰まった。
「アリシアさん……。アリシアさんは弱くないです。ぼくたちも、絶対にこの世界を破滅させたりなんかさせません。安心してください……」
アリシアさんはずっと泣いていた。ぼくはアリシアさんが涙を流すたび、胸の中にできる大きな波紋に痛みを感じた。
あまりにも無謀で、あまりにも困難すぎる平和条約と悪意の渦に、いつかアリシアさんは飲み込まれてしまうのではないだろうか……
ぼくはアリシアさんの細い指を握り、絶対にアリシアさんが死んでしまわないように願った。
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