第6話 ヒトの皮を被ったもの(3)
ぼくたちは薄暗く不衛生な馬小屋の中にいた。
外では衛兵たちがぼくを監視しており、アリシアさんに許された休養時間はたったの1時間だった。
アリシアさんは、休むことは必要ないと言ったが、無理を言って、汚い藁の上だったが横になってもらうことにした。
改めて見ると、アリシアさんの負傷はとてもひどく、顔全体が腫れ上がっているだけでなく、右目は破裂しているのではないかと思わせた。
ぼくはとても見ていられなくなって、アリシアさんにこっそり回復魔法を使おうとした。
ぼくの詠唱は0.1秒にも満たない。衛兵が見えないように、ぼくの背中で隠しながら、少しだけアリシアさんを治してしまえばいい。治すことは禁止だと言っていたが、せめて、痛みを止めるだけでも……。
ぼくが衛兵からアリシアさんの体を隠すように自分の体を移動させようとすると、アリシアさんは小さくつぶやいた。
「やめてください……緒音人さん……」
「え……?」
「わたしを、治そうとしているのでしょう……」
衛兵に聞こえるか聞こえないかの小さな言葉に、ぼくも小さくささやき返した。
「はい。痛みを止めるくらい、調整できるかも知れません。せめてその目の怪我だけでも……」
「やめてください……。ひとめ見て分かりました。あのひとは…あの王は、相手に与えた傷をコレクションしているひとです。どこか少しでも治っていれば、あのひとにはすぐ分かってしまいます。治すのはやめてください……」
「でも………」
「緒音人さん、ごめんなさい……我慢してください……」
ぼくは思わず涙がこぼれそうになった。
誰よりも我慢しているのは、アリシアさんだろう。
アリシアさんの強さの前に、自分が情けなくて、思わず泣いてしまいそうになった。
「緒音人さん、さっきはありがとうございます……。わたしのために立ち上がってくれて……」
「そんな……。ぼくは勝手なことをしてしまった……」
「いいえ……。わたしは嬉しかったですよ……。ごめんなさい、傷つけるような止め方をしてしまって……」
アリシアさんはときどき息苦しそうに、わずかずつ言葉を紡ぎながら続けた。その様子をとても見ていられなかった。
「アリシアさん、もう休んでください。1時間だけですけど、でも、ないよりはましです。少しだけ休んでください……」
「緒音人さん……」
アリシアさんは、腫れ上がってわずかしか開かない片目でぼくを見た。
「今から、何をする気なんですか? 完全魔法を使う気ですか?」
ぼくは胸の内を見透かされてどきりとした。嘘をつきたくない。でも、そうだとは言いたくない。それでも、今からすぐに分かってしまうことだ。
「はい……ぼくにアイディアがあります……」
アリシアさんはその言葉で、ぐっとぼくの手を両手でつかんだ。潰れた指がぼくの手に血の感触を伝えていた。
「緒音人さん、だめですよ。完全魔法を使ってはいけません。誰も死んではいけないんです。そうでなくては、世界平和条約の意味がないんですよ……」
そう言うアリシアさんは、顔も血まみれで、息も苦しそうで、今にも死が近づいていそうだった。
死―――
アリシアさんの死―――
また、あのときの美しい女性の笑う顔が見えるような気がして、ぼくは強く頭を振って女性の顔をかき消した。
「アリシアさん、誰も死にません。ぼくにいいアイディアがあるんです。信じてください。必ずアリシアさんも、この国のことも、うまくぼくが解決してみせます…」
その言葉に、いままで黙っていたシェーダさんが口を開いた。
「あたしはこんな条約は無理だと思うぜ。アリシアはいつか必ず死んじまう」
ぼくはその言葉に胸を突き刺されるような気がして、思わず黙り込んでしまった。シェーダさんは続けた。
「それに……どうする気だ? 鉱山すぺての金を掘る方法が存在するのか。そして、その後どうするんだ? あたしたちは、何をしても結局死刑になるんじゃないのか?」
もちろん、そうなったら、ぼくとシェーダさんとで、この国の軍隊と戦うことは可能だ。しかし……。
「世界平和条約なんて言って、自分から軍隊と戦ってちゃあ、アリシアの主張が嘘だと思われてもしかたないだろ。これだけの憎しみを持つ相手に、戦わず、無傷で条約をとりつけるなんて……神様でもできる気がしないぜ」
シェーダさんの言うことは当たっていた。ぼくはうつむくしかなかった。自分の無力さが辛かった。
アリシアさんがまた、苦しそうな息で話し始めた。
「大丈夫です……わたしに任せてください……ふたりには、迷惑ばかりかけてごめんなさい……」
ぼくはアリシアさんの手を優しく包んだ。
「もう、しゃべらないでください。休んでください。少しだけでもいいから……」
アリシアさんはその言葉を聞いて、休んでくれる気になったようだった。
目を閉じて、しばらく静かに息をしていてくれた。
もっと長く休んでいてほしかったけど、あっというまに1時間は経ってしまった。
ぼくたちは衛兵に連れられ、城外れにある鉱山へと向かった。
鉱山はとてつもなく大きく、あちこちに炭鉱と思われる穴が開いていた。
ただ、もうほとんどを掘り尽くしてしまったのだろう。人の気配のない、廃坑だと思われるものがほとんどだった。
確かに、この山の中には、まだ金脈が眠っているのかも知れない。
しかしそれは細く短いものがまばらにあるばかりで、何もかも掘りつくそうと思ったら、数十年はかかるのではないだろうか。
鉱山にはすでにカドセルムの王が待っていた。
王は厳しく残酷な目でぼくたちを見つめていた。
「貴様、一瞬でこの鉱山すべての金を掘ってみせると言っていたな? やってみせろ。嘘であれば、お前ら三人、ここで全員、仲良く廃坑に埋めてやろうじゃないか」
ぼくはもう、王の残酷な口ぶりを聞きたくなかった。
「もちろん、すべての金を掘り出すことが可能です。それも一瞬で。王はそちらで御覧ください」
ほう、と王がいやらしく笑うのを横目に、ぼくは続けた。
「そして、これが成功したら、アリシアさんの話をちゃんと考えてくださいよ……」
ぼくはそのままひとつの廃坑に入った。
振り返ると、心配そうに見つめるアリシアさんとシェーダさんの姿が見える。
ぼくには選択肢がない。
これを使うしか方法が残されていないんだ…。
廃坑の中で、適当な岩盤に手を触れてみた。
そして強くイメージした。
もし、『滅びしもの』がここにいたとして、そいつが、鉱山の中のすべての金を取り出すことは不可能だと言うだろうか?
いや―――そんなイメージが思い浮かばない。
恐らくいとも簡単に成功してしまうだろう。
つまり、そういう完全魔法がある。
それはきっと、これだ―――
ぼくは岩盤に触れた手で、鉱山全体と自分が繋がるように深く深くイメージした。
完全魔法で、金の魔力を100%ねじり取る。それも、金という物質まるごと。
そしてその効果範囲を鉱山全体に広げることで、埋もれている金脈のすべてを、一気にねじり取ってこの壁に集める。
必ずできるはずだ。『滅びしもの』なら、絶対にやってのける。
ぼくは強く強くそれをイメージし、ほんの一瞬に、すべての魔力を注ぐために集中した。
たった一瞬、その一瞬でなければならない。
もしも一瞬以上、完全魔法を使ってしまえば、体がねじ切れて死ぬ危険性もある。使用する時間を極限にまで絞り、コンマ1秒で完全魔法をコントロールする。
集中するごとに、ごぶり、という汚泥が流れるような異常な感覚とともに、自分の中のなにかが消失していくのが分かった。
これはぼくの魔力の源である童貞力を消費していると思う。
だからおっぱいがなくても使うことができる。しかし、童貞力がなくなった時点でぼくは無力になってしまう以上、使ってはならない魔法だった。
しかし、これしか方法がない。
みんなが生き残るためのたったひとつの方法だった。
強く強く集中するほど、通常の魔法とは異なり、美しい幾何学模様で魔力の粒子が集められていくのが分かった。
完全魔法の前段階だ。
ぼくはその魔力の粒子を慎重に集め、次第に鉱山全体を包み込むほどの輪になるように調整した。
鉱山全体に幾何学模様の粒子が広がったところで、0.1秒、その粒子すべてに魔力を吹き込み、完全魔法を発動させた。
その瞬間、何かが切れたような、ばづんという轟音が鳴り響き、目もくらむほどの閃光が廃坑全体を包んだ。
内臓のいくつかがねじれ切れるのを感じ、ぼくはその場に崩れ落ちた。
しかし、ぼくが崩れ落ちた壁は、もとの炭鉱の壁ではなかった。
すべてが金に変わっていた。
見渡す限り、すべてがまばゆく輝く金……。
約束通り、この鉱山すべての金をここに集めきれただろう。
「おおおおお!?!?」
廃坑前で待っていた王が、轟音と閃光に驚いて駆けつけ、ぼくの前の壁がすべて金になっていることに驚愕していた。
「こ、これは……なんということだ……」
ぼくは何かを言いたかったが、内臓がねじきれており、動くことすら難しかった。おっぱいなしでは極限魔法リヴァイヴを使うことができないため、自分で体を回復させることができない。
上級魔法のヒールフルで痛みを紛らわしていると、シェーダさんが駆けつけ、王に見えないようにしながらリヴァイヴで回復してくれた。
「やっぱり使ったのか、お前……。大丈夫かよ……」
ぼくはシェーダさんに笑って見せたつもりだったが、笑顔にはなっていなかった。
しかも、また完全魔法を使った反動からか、たったの0.1秒だったというのに激しい鈍痛が体を襲い始め、魔力がまったく集められなくなっていった。
また、しばらく魔法が使えない生活だろうか…? 完全魔法はあまりにもリスクが高すぎる……。
ぼくがシェーダさんの肩を借りながら廃坑を出ると、アリシアさんがものすごく心配そうな顔でぼくを見ていた。
「緒音人さん、完全魔法は使ってはいけないとあれほど……」
アリシアさんは今にも泣きそうだったが、ぼくは少しだけ笑ってみせた。今度はうまく笑えていたと思う。
「アリシアさん、大丈夫です。うまくいくコントロール方法をおぼえましたから……」
これは嘘だった。完全魔法をうまく扱える自信はまったくなかった。でもそう言わないと、アリシアさんは納得しないだろう。
カドセルムの王は、しばらく炭鉱の壁をなでたり見つめたりしながら、その顔に邪悪な笑みを浮かべていた。
「貴様、なかなかすごい技を使うではないか。こんなことができるやつがこの世にいたとはな。これはどういう魔法だ」
「それは、申し上げることができません」
ぼくが『滅びしもの』と同じ完全魔法を使えると分かったら、それこそ話がややこしくなってしまう。王は猜疑心むき出しの目でぼくを見つめた。
「……いいだろう……。アリシアの話は考えてやる。今日のところはこれで解散だ。また馬小屋に戻っていろ。アリシアの傷の治療は変わらず許さん。明日の朝、また貴様らを呼ぶ。その時まで待っていろ」
飽くまでも王は高圧的に去っていった。
『アリシアの話は考えてやる』という言葉に、アリシアさんは少し希望を持っているようだった。
そしてぼくはまた、激しい鈍痛とともに、何度やっても魔力化゛集められず、魔法を使うことができなくなっていた。
次の朝に王と面会することを考えると、氷の中に落ちるような冷たい予感がした。
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