エピローグ






「ツヴァイ、正気か」




 カーラルが俺の頭はおかしくなったのか、そういう視線投げかけてくる。


 最初また会った時、俺がアツゥルマイガルドに戻ったことを大いに喜んでくれたが。


 俺の言葉を聞くと、狂ったのかと疑われた。


 ――――変わらねぇな、こいつも。




「正気さ」




「ツヴァイが冗談言う男ではないのは良く知っているだろう、カーラル」




 隣にいるフィルランダは実に俺のことをよく分かってくれている。良き理解者である。同じく側にいるオーデェイクはうんうんと頷く。




 今、俺達が向かうのは旧魔王城だ。


 俺が、彼女を、封印した場所。




 そう。俺は、魔族の天敵とも言える旧知の仲の神族三柱と一緒に、行動している。


 目的は、彼女――――エリンツァヴァルトクミーアの封印を解く。世界と隔絶された闇から、魔王を解放する。




「――てめぇな、魔王だぞ!エリンツァヴァルトクミーアを解放すれば、また戦争になる!世界がようやく手に入れた平和だ!壊そうとしているのか!ツヴァイ!」




 世界がようやく手に入れた平和?


 面白いジョークを言うなカーラル。


 この世界アツゥルマイガルドがいつ平和になった?現に大陸の南方では覇王になった男のランドルムーン王国とジェルライン皇国が周辺の属国挟んで小競り合いが延々と続いているじゃないか。




「カーラル。俺の願いは何だ」


「世界に平和を齎す、種族別け隔てなく手を取り合って生きていけるような世界だ」


「そうさ。俺の願いはそう、だった」




 


 今も、その願いは諦め切れずにいた。


 だが、俺の願いは、こんな形で実現できるとは思えない。


 惚れたと言ってくれる女を、真っ先に犠牲にする願いは、俺の望む願いじゃない。




 誰も、犠牲は出さない。


 当然、エリンツァヴァルトクミーアもだ。




 解放すれば…確かに勢いが弱くなった魔族は再び反撃の兆し見せるかもしれない。


 それで戦争になり、また血の川と焦土の大地だ。罪のない一般人まで死ぬことになるかもしれない。


 そうなれば、俺は再び「勇者」として前線に立ち、戦うことになる。


 だが、犠牲の上で成り立つ平和、種族別け隔てなく生きていない現状は俺の願いじゃない。








 戦おう。

 今度こそ、

 屈することなく、

 最後の、

 この願いが叶うまで、

 ――――――――俺が犠牲となろう。
















 ボロボロ、廃墟と化した魔王城。その美麗な内装や意匠の凝った装飾は、俺とエリンツァヴァルトクミーアの全力のぶつけ合いで、勇者と魔王の戦いで崩れ去った。昔の綺羅びやかな面影は全く見い出せなかった。




 王座の間。


 カーラルは相変わらず不機嫌で文句ばかり言うが、なんだかんだでここまで俺についてきてくれた。


 フィルランダも、オーデェイクも、俺に付いてきた。


 戦いの神に属するカーラル。


 風と緑を司る神に属するフィルランダ。


 牧畜を見守る神に属するオーデェイク。


 この三柱の神族は、古い知り合いだ。数多に存在する神族の中でも仲の良い神族だ。




 さあ、始めよう。


 俺自身の、封印を破るため。




「――――最後にもう一回聞くぞツヴァイ。本気だな?」




 カーラルは、真剣な面持ちで問いかけてくる。


 ああ、本気だ。


 例えこのちっぽけな身が壊れようとも。彼女を救う。




 封印を壊すには重要な点が二つ。

 まず、この封印は俺のオリジナル時空間魔法だ。そのため既存の魔法とはタイプが違って、普通の壊し方が出来ない。

 時空間魔法は言わば一種の匣だ。当然、その中にいるものを取り出すには”鍵”となるものが必要。

 それはこのアツゥルマイガルドに既に存在してある無数の既有の時空間魔法だ。

 既に存在していた魔法は、魔法構築式が解析され、分析済みの場合。アンロック、つまり構築式そのものを分解する魔法構築式を用意すれば簡単に壊せる。




 だが――――




 オリジナル魔法の場合、その魔法に対抗するためには最低三倍以上の魔力量が必要だ。

 これは攻撃魔法、防御魔法、強化魔法、あらゆる魔法に言えること。

 相手のオリジナルには、三倍の魔力をぶつけるか、受け流す。

 それしかない。

 魔王たるエリンツァヴァルトクミーアも当然、自分特有のオリジナル魔法を保有している。

 勇者と魔王の戦いは、単なる力比べではない。時には相手の魔法を最小限の魔力で魔法構築し、弾く。受け流す。躱す。




 単純にぶつけ合う戦闘は、効率が悪いのだ。

 常に相手の魔法構築式に用いられた魔力量の三倍で砕く。実際やってられない。

 魔法戦は頭脳戦に似ている。

 相手の魔法構築式を見抜いて、即座に対応の魔法構築式を築き上げ、応戦する。






 が、




 今度の相手は、俺自身だ。


 俺の、オリジナル時空間魔法。


 既存の魔法構築式は通用しない。故に壊す――――解放するには俺がこの時空間魔法を構築した時構築式に用いられた最低の三倍以上の魔力量で、力任せに破るしかない。


 このオリジナル時空間魔法は、当初封印するためのものとしか考えてなかった。


 解放の構築式どころか、寧ろ強固であればであるほど好ましい。だからありったけの高度な構築式を詰め込んだ。誰にも、壊させないため。勝手に、破られないため。




 ここに来てツケを払うことになるとは――――


 くっくっく、我ながら呆れたものよ。自分自身を呪うぜ。




「――――――――行くか」




 だが、これで心置きなく暴れられる。




「……どうなっても知らんぞ!」


 カーラル、まだ言うか。諦めが悪いな。流石戦いに属する神だ。




「行きますよ。ツヴァイシュヴァル」


 フィルランダから膨大な魔力の奔流を感じる。肌がヒリヒリするほどの魔力。

 この廃墟と化した空間で渦巻く。




「死なないように、踏ん張ろうねツヴァイ」


 オーデェイクが楽しそうに話す。ふ、こいつもなかなか分かってくれるじゃないか。もう一つ、空間を押し潰すような奔流が吹き荒ぶ。




 諦めたのか、カーラルも自身の魔力を解放する。


 これでいい。


 あとは、




 神族の三柱の魔力量は、どれも俺に相当か上回る量だ。

 アツゥルマイガルドの人間は常に魔力の影響に晒されているため、多少負荷を感じても体は耐えうるように出来ている。

 だけど限界がある。何事にも。

 通常の人間が耐えられる魔力量は、自身の総魔力量の一・五倍くらいだ。

 超えたら、体が爆散する。その魔力量に耐えられなくて。

 勇者である俺は、過酷な修行などで、常人のそれを遥かに上回っているが。はっきり言って自分自身の三倍の魔力と自身の魔力量、合計四倍の魔力を耐えきるかどうかは未知数だ。


 運が悪ければ――――もしくは体が限界を迎えれば、俺は、












 死ぬ。










 ――――――――やってやろう。


 何もしない日々は、無為に過ごす日々は、願いを叶えられないままの日々と、別れよう。


 この一歩を、踏み出そう。




「「「ツヴァイ!」」」




 合図だ。


 来い!


 俺は、体全身の魔力回路を開放する。同時に、三倍の俺の魔力に匹敵する量が一気に流れ込んでくる。




 ――――――――っ!!!!!!


 か、らだが、こわ、れそ、うだ…





 耐え、ろ…


 た、えろ…


 耐え、っ切る、ん、だ…!


 うああああああ!




「ウガガアアアァ!!!!!!!!」




「ツヴァイ!」、「集中しろ!死ぬぞ!」、「お前の願いは、そのくらいのものか!」












 …うる、さ、いぃ…!


 うる、さぁい!


 言われ、るま、でもな…く…――――




「ウガアアアア――――」




 ――――黙レ。今ガ、イイトコロナンダァ…!チからだぁ…力ァ…!


 モット、モット…!


 フッハハハ…コ、ワレソル、ゼ…、このママ、死――――ん――――――
















      「本当に――――――おかしな男に惚れたものよ」
















 ――――朦朧とした意識の中で、誰かの微笑みを見た。誰かが、俺に向けて微笑んでくれた。


 ……?




 だ、れだ…


 お、前、は……




 なぜ、笑って、いられる……


 その、笑顔、は、誰、ニ、向ケるもノ…




(意識が保てなくなりそうだ)




「――――――お主の勝ち。勇者ツヴァイシュヴァル。見事だ、大儀であったぞ」






 そノ…気高き言葉ハ……






「そうだ…結末の話であったな、それまで生きて―――――自分の目で確かめればよいのであろう。その願いの果てには―――」




 ―――――――――どうして忘れられようか。


(体が爆ぜそうだ)




 お前ハッ、誰ダ…


 ソの笑顔、…オ憶えテイる…。




(自我が消えそうだ)




 鈴原凛。


 青葉かおり。


 篠原まこと。


 南マリ。


 村田正夫。




 ――――――――エリンツァヴァルトクミーア。




「ウウゥアァアァア!!!!!!!!」




 ――――、一度思い出した、忘れられない。


 意識が覚醒する。




 脳が破裂しそう、シナプスが焼き切れるように疼く。神経が千切れそうが、体が膨れ上がろうが、構わない。




「rha yhik moirh dhiue(願いを)」




 思考より先に、構築式が浮かび上がる。


 何を躊躇う。


 ――――――ぶっ放せばいいじゃねぇか!




 俺自身の、クソッタレの時空間魔法。






 ピキ、

 パリン。






 膨大な魔力。俺の手に集中し、ただただ俺自身のオリジナル時空間魔法を蹂躙する力の塊と化す。


 音を立てて、崩れ去る。




 衝撃が世界を、視界を、全身を、周囲を吹っ飛ばす。


 空間が、煙と光と音に包まれる。




「ツヴァイ!」、「勇者ツヴァイシュヴァル!」、「死んでないだろうな!?」




 ――――うるせぇよ。


 ふ、ふはは、ふははは――――




 ドサ。


 これでいい。…


 これで…


 力尽き、体は倒れた。が、


 ――――もうどうでもいいな。




 死ぬかもしれない。


 だが、いい。




 俺自身が、停滞したままじゃなくなった。


 あとは、すまんが…どうやら保てそうに――――…




 ふんわりと。


 地面に横たわった体は抱き締められた。




「――――可笑しくてバカな男よの。妾が疑問に思わずにいられぬ。なぜこうもバカで可笑しい男に心底から惚れたというの」




 その声は、懐かしく。


 どこか、遠い昔の出来事。


 誰だか知らんが、俺はもう持たねぇかも…


 一つ、伝言頼めてくれねぇか…


 エリンツァヴァルトクミーア――――俺の愛した女に会ったら、こう言ってな、「俺も、お前に惚れてたな」ってな。




「――――過去形なのが気に入らぬ。許さぬぞ。妾の許可なしに勝手に死のうとは、舐められたものじゃな」




 声が、遠い…


 俺の意識が…




「お起ぬか!」




 うお!?


 鳩尾に、強烈なストレートを食らった。




 目が開く。


 意識が一気に暗い海から釣り上げられる。




「ようやく起きたかのう。実に気に入らぬ。バカな可笑しい男よ」


「…がは…ごほ…」


「魔王!てめぇ、うちのツヴァイに何しやがる!」


「なーに、ちっと気に食わぬのでな、治療してやったじゃ。こやつに言いたいことは山ほどでな。それにそれは妾の台詞じゃぞ?目覚めたら神族の顔を見るとは気分は最悪じゃな」


「まあまあ落ち着いてカーラル」


「フィルランダ!オーデェイク!おめぇらはこいつが憎くねぇのか!」


「ここでやり合ったらツヴァイの努力が意味ない。でしょう、魔王」


「しばらく見ぬうちにちっとばかしは賢くなっとったじゃな。くっくっく」




 …。




「…誰だ、お前」




「ぬ!?妾の顔を忘れとったとは!度し難い男じゃ!」




「…もしかしてエリンツァヴァルトクミーア?」


「なぜ疑問形なのじゃ」




 だって…


 俺の知っているエリンツァヴァルトクミーアは背中に十六枚の羽と、頭に長く鋭く伸びた白銀の角…


 決して眼前のこの小娘ではないぞ?


 羽もなければ角もないときた。




 ん?…


 いや、よくよく見ると…


 額の部分に…小さいだが、白銀の角がある。




「エリンツァヴァルトクミーア?」


「…なぜまた疑問形なのじゃ」


「お前、羽どうした!?」


「力がお前との戦いで消耗しすぎてちぃっと小さくしたんじゃな」




 え?


 恐る恐るこいつの背中を覗く。


 …ある。ちゃんと十六枚の羽がある。小さいが。




「…人違いと思った」


「久しく会ってないうちに頭脳がどアホになっとったかのう?」


「だって今のお前…ぱっと見じゃ人間にしか見えんぞ」


「ぬ、ほれ、頭にちゃんと角付いとるではなかろう?」


「……」




 俺は――――


 エリンツァヴァルトクミーアの透き通るような銀色の肌をした、小さく華奢な体を抱き締めた。




「――――――なぬ!?な、な、何をしておる!?ツヴァイシュヴァ…」


「――――会いたかった。ずっと、会いたかった…」


「う、うむ…そうじゃったが…うむ…」


「俺の願いは、種族別け隔てなく生きていけるような世界だ――――だけど、それは犠牲の上で成り立つものじゃない…!お前を、犠牲にして手に入れるものじゃない!…」


「……や、やめんか!はずいのう!お主ってつくづく頭が可笑しいのじゃな!ほれ、離れぬか…!」


「嫌だ。だって惚れたんだ。俺が。お前の笑顔が、脳裏から離れない。俺の我侭な願いに付き合ってくれたお前が、愛おしいんだ」


「ぬ、ぬ…!求婚だと…!や、やめい!神族の糞共が見ておるのじゃ!妾は恥ずかしくて死にそうじゃ!」




「――――ふん。気に入らねぇな。ツヴァイ、殺っちまおうぜ」




 その一声で、


 俺ははっとなって振り向いた。




 カーラル。フィルランダ。オーデェイクが三者三様の表情で俺を見ていた。


 不機嫌を一切隠そうとせず、怒りを孕んだ形相のカーラル。


 フィルランダは苦笑しつつ、佇んで事の成り行きを見守っている。


 面白そうに笑い、楽しそうに俺と彼女を眺めるオーデェイク。


 三柱の神が、この場にいる。




「…そっか…いるもんだな」


「中々見れないものでしてね、ついつい眺めちゃうのですね」




 意地悪そうな顔を浮かべて、愉快に笑うオーデェイク。




「大丈夫そうだし、退散しよう。行くぞ、カーラル、オーデェイク」

 フィルランダはそう言って、転移した。


「っち。おかしな真似すんじゃねぇぞ。魔王」

 怒りを露わにして、フィルランダの後に続いて消えたカーラル。


「勇者ツヴァイシュヴァル、また、いつでも歓迎します」

 最後に、オーデェイクが微笑みながら転移し、この場からいなくなった。




 残されたのは、俺と彼女。勇者と魔王。






「邪魔者も消えたな――――これで心置きなく勇者を――」


「――――結婚しよう。エリンツァヴァルトクミーア」


「――――な、な……!うう…し、仕方ないじゃのう…その願い、叶えてやらぬこともないぞ?…ぅ…」




 震えている。


 彼女の小さな体が、


 感じる、


 彼女の心臓と魔臓の鼓動が上がる。


 透き通るような白銀の肌が、徐々に赤く染まる。




「俺の夢に、お前の幸せは必要不可欠だ」




 例えこれからどんな苦難が訪れようとも、歩き続け、藻掻き続ける。


 ただ前へ。


 未来へ。
































「な、一つ聞かせてもらえぬかのう」


「何だ?」


「なぜ妾を解放しようなど思ったのじゃ?そのままにしておけばお主にもいろいろ都合が良かったんじゃろうて」


「何だ、そんなことか。――――エリン、お前は俺に惚れたと言ったな。だが思い返せば何ということはない。俺もあの時から、お前に惚れたんだ。お前に、幸せになってほしい。これが、俺の新しい願いだ」


「――――お主はつくづく妾を困らせるのが好きよのう…」


「顔が赤いぞ」


「うるさいのじゃぁ!」








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異世界転生事務局長物語 端末L29 @writeread712

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