181日 管理者とアイス





 日曜。熱く蒸れた夏の日々は過ぎ去り、紅葉が舞い落ちる秋。


 休日に、街がいつもより少々喧騒になり、出歩く人々の波、その合間にスイスイと移動し、ある場所を目指す。




 通行人は様々、老若男女。年寄りも居れば、無邪気な子供も居る。

 スマホを手に画面を眺めながら歩く中年男性や、買い物帰りの女子大生。




 歩くこと数分、人気が段々少なくなり、最終的閑静な公園に辿り着いた。








 休みの日の公園、一本の大きな木の近くに、一人の若い女性がベンチに腰掛けて座っていた。手には何かの本を持って、読書に耽けていた。


 左手の薬指に、指輪。静かに、彼女は本の頁をめくる。


 公園に他の人はなく、木々に鳥が止まり囀る。




 俺は、「彼女」に近付いた。




 誰憚ることなく、真っ直ぐに彼女の隣に腰を下ろす。

 ついでに手に持っていたコンビニ袋を置く。




「すっかり寒くなってきたな」




 感想だ。


 こっちに来てから、約半年。春、夏を経て、今は秋になる。




 ペラ。彼女はまたページを一つ捲る。




 既視感。デジャヴ。


 いつかこういう場面もあったんだろうか。


 あの時は、逆だったが。




「……珍しいですね。そちらから訪ねてくるとは。何か用事ですか?ツヴァイシュヴァル」




 彼女の視線は、本から離れない。集中しているようだ。




「まあな。これでも渡そうかと思って」




 俺はコンビニ袋から一本の小豆アイスを取り出して、彼女に手渡した。




「…なんですか?これ」


「最近、新発売の商品だ。何だ、知らんのか」


「…知ってますが」


「うまいぞ」


「……」




 包装を開け、パクっと一口食べる。




「…美味しいですね」


「だろう、んで、それ、辞表だ」




 俺はストレートに要件を伝えた。


 あまりに直球すぎるためか、「彼女」は一瞬固まって、捲る手が止まる。




「…何か仕事に困難でもあります?」


「いーんや、これと言って、何も」




 そう。


 仕事は順調。業績は上々。転生事務に関して一切問題ない。




「…ではなぜですか。突然ですね…」


「まあやりたいことが出来たんだ」




 本心だ。


 俺も、いつまでもこの仕事をやるつもりはない。別にこの仕事が嫌いなわけではなく、途中で放り出したくなったわけでもない。


 最初からそういう条件だ。


 俺が迷っていた頃、こいつが現れて、仕事の話を持ち掛けられた。丁度良かったんだ。




「……やりたいこと、ですか?…仕方ありません、あなたはとても優秀な管理者なんですが…」


「買い被り過ぎだ」




 ちょいと上半身を反らし、青空を眺める。


 空を見上げる。


 秋になり、もう暑さは鳴りを潜め、澄み渡っている。




「世話になったな。こっちに来て色々有ったが、まあ悪くなかったんだ」


「…あなたのような優秀な後継者を探すのは骨が折れますね」




 軽く、彼女はため息を吐く。




「そっちでなんとかなるだろう。この世界地球の管理者、お前のことだ。上手くやれないはずがない」


「それこそ買いかぶりすぎですね、ツヴァイシュヴァル」


「くっくっく。なんだかんだで妙な関係だな俺等」


「…そうですね。地球には”勇者”がいませんし、魔王も魔族もいませんですからね」


「っと、そろそろ時間だ。行くか。じゃぁな、頑張れよ」


「ええ、勇者ツヴァイシュヴァル。長い間、ありがとうございます」


「気が向いたら、また来るかも、さ」


「……ふふ、期待しないで待ってますよ」




 いつか見た、同じ風景。


 時間に追われ、のんびり会話することが出来なくて。あの時の彼のように、今度の時間切れは、俺だ。




 俺は、歩き出す。


 彼女から離れ、公園の中心。


 俺の姿は秋の舞い散る落ち葉の中で、残暑が残した最後の幻影のような、陽炎のように消えた。












「……また会う日まで」




 ボソッと呟かれたその言葉を、終ぞ誰にも聞かれることなく、泡沫と成る。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る