ケース76 村田正夫






 目を閉じ、ソファーに身を深く沈める。


 今日の来客のことを、脳裏で一つ、一つとスライドしていく。






「…あの、俺、死んでます?」




 彼――――村田正夫むらたまさおはおずおずと聞いてくる。


 未だに、自分の置かれている状況に実感が湧いてない感じだった。




「――――厳密には死にきれてませんね。現世に何か未練でも?」




「いや、俺、なんか人生あまりうまく行っていないことが多くてさ、努力はしたけど報われない。勉強、スポーツ、全部人並み、どんな頑張っても人並み。そん時ぁわかったんだ。俺、才能ねぇなって」




 努力か。

 努力すれば、報われる。そう思うのも、そう思い込むのも、無理はない。

 それ思わなきゃ、努力がただの無駄な行為になってしまう。

 確かに努力で報われた人間はいる。けど世の中は常に理不尽だ。

 それが世界の理。

 努力すれば報われるのなら、努力しても報われないのも理。

 君は、何のために努力する?




「――――いいではありませんか。人並みに出来ているならば、その努力は実を結んだと言えるのでしょう」




「いや、違うんだ。…未練が、結構あるんだ。俺、は才能がないことが、悔しくて悔しくて…」




 才能か。

 それは生まれ付き、どうしようもない要素の一つだね。

 そう、俺が勇者。生まれ付きの、才能のせいで。

 自分が欲しくて手に入れたものじゃない。勝手に押し付けられたものだよ。才能って。

 俺は焦土と化した大地など見たくない。戦いたくない。

 だけど勇者である限り戦わなければいけない。例えそれが望まぬ戦いでも。

 誰かを守る代わりに、自分を犠牲にする。

 これが「才能の賜物」だなぁ。くっはぁっはぁ。




 ――――うんざりだ。




 俺がいくら強くなろうと、世界を変えるほどの力は決して手に入らない。

 だけど強くなった分、倒せなかった敵が倒せるようになる。

 皮肉だ。

 望むものは平和、手にしたものは死体。

 そしていくら強くなろうとも世界を変えられない。俺がどんなに強くても、ちっぽけな存在。愛していると言ってくれた女を、闇に閉じ込む。




 勇者って何だ。

 魔王と戦うための兵器にすぎない。

 俺はそんな才能望んでいない。

 世界は、争い続ける。

 この「才能」のせいで。勇者は存続し続ける、魔族や魔王がいる限り。










「才能なんてあってもなくても、ほとんど意味ありませんとは思うのですが」




「でも俺、すごく悩むんだ…何のために努力してきたのか、わからなくなるんだ」




 青年は頭を抱え、蹲った。




 君は勘違いをしている。

 才能は決していいものばかりではない。

 望む、望まぬにかかわらず。

 時には最悪の形として現れる。




 そう――――例えば覇王の才能。

 稀代な才を持つ一人の男がいた。彼は貴族の生まれ、同時に王家の血筋でも有った。その男が、頭角を現していたのは、現国王が死に、他の王位継承者が全部死んだ時。

 あいつがやったんだろう。

 男は大陸に覇を唱えた、彼の「才能」は本物で、改革、改良により軍は強靭なものへと。そして敵国を蹂躙していく。

 出来上がったのは、一大軍事国家だった。




 滅んだ国の数と死んだ兵士や罪のない一般人の犠牲さえ目を瞑れば。

 彼は、才能があった。

 彼は、欲しいものを手に入れた、その才能によって。

 決して振り返らない。振り返ってはならない。屍の山など意味のない肉片でしかない。








「あなた方は、転生をどう思いますか」




 俺は、青年に聞いた。


 転生すれば、青年が欲しくて手に入らなかった「才能」が今度こそ手に入れられる可能性がある。




「…もう一度チャンスがあればって感じ、かな。俺は…悔しいんだ」




「では試験部屋へどうぞ、合格できますかどうか、あなた次第です」




 青年を、側にある試験部屋へ誘導した。




 部屋の中は――――いつだって変わらない。




「その前に、あなた方は、才能とは何か、ご存知なのでしょうか」




 問う。


 俺は、答えを聞くべき。




「…生まれ持った、素質?」




「……では」




 パチン。




 部屋の中に、一人の男が現れた。




「――――っ!?」




 青年は、村田正夫は、「彼」を見て戦慄した。


 その一人の男は――――村田正夫、彼自身だった。




 俺は、ただただ待つ。


 佇んで、待つ。




「――――ど!どういうつもりなんだ!?」




 彼は混乱している。


 自分自身がそのまま目の前に現れたのだ。鏡じゃなく、本物。




 俺は、無言。沈黙。




 青年は何かをまくしたてているが――――どこ吹く風だ。




 やがて、叫ぶ気力も、なくなったのか。彼はその場にへたりこんだ。


 現れた彼自身村田正夫は、ただ突っ立っていて、無言で彼――――村田正夫自分を見ているだけだった。




「…なんなんだよ……畜生…」




 哀れみな目で、彼自身が、彼自身を見つめた。見下ろした。無表情な顔で、感情の籠もってない瞳で。




 男は泣き始めた。


 泣いた。


 大泣きした。




 どれほど時間が過ぎたのだろう。




 男からついぞ泣く声が聞こえてくることはなかった。


 ただ地面に、突っ伏したまま。




「合格とみなします」




 俺の声は、きっと男の耳に入らないだろう。


 だから、パチン。


 青年はフラッと立ち上がり、フラフラと出ていった。




 出口です。そして入口です。


 これから行く世界の、これから人生の。






 俺は、何も言うことはない。


 パタン。


 扉の、閉まる音。




 君は才能がほしいと言った。努力はしたと言った。


 だが、ほしいから手に入れられるとは限らない。


 世界は、理不尽だから。


 俺も、願いは心の奥底でずっと捨てきれずにいた。




 俺は才能があった。欲しくない才能が。


 世界は、理不尽だから。








 村田正夫、ケース完了。








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