ケース70 南マリ





「お兄ちゃんだぁれ?」




 扉を開けては入ってきたのは、小さな小さな少女だった。




「そうですね。勇者ツヴァイシュヴァルとでも呼びましょう」




「ゆう…しゃ?つ、ゔぁい…?」




 まだ五、六歳の少女が、不思議そうに俺のことを眺めた。


 とりあえず、ソファーに座るように勧める。


 少女がちょこんと、腰を下ろした。


 年相応の可愛らしさだ。




 おっと、客に飲み物も提供しないといけないな。




「お嬢ちゃん、何か飲みたいものがございましょうか」




「えーっとね、うん…よくわからない!アップルジュース!」




「承知いたしました」




 パチン。指を鳴らす。


 となにもないテーブルの上にいきなりコップが現れ、中には波々と揺れている液体が入っている。もちろん注文通りアップルジュースだ。




「わああ!お兄ちゃんマジシャン?すごい!」




「あははは、正確には手品ではなく本物の魔法ですね」




「ほんもの…?まほう…?よくわからないよ」




「まあ飲みながらでも話聞いていきましょうか」




 そこで俺は、ここが「異世界転生事務局」という名の空間と自分は局長を務めるツヴァイシュヴァルと異世界転生のチャンスが与えられている事情を掻い摘んでできるだけわかりやすく噛み砕いて説明した。




「うん…お兄ちゃんの話、マリあんまりわかんない…」




 どうやら少女には早すぎた知識のようだ。


 少女――――みなみマリ、は六歳の女の子なので無理もない。




「うんとね、まあ、マリちゃんはお父さんやお母さんと会いたいかね?」




 長々くどくど説明してわかってもらうのもいいが、俺は直球勝負に決めた。




「会いたい!お母さん大好き!」




 ふむ、その答え聞けるだけでいい。




「マリちゃんは、家族と別れると寂しい?」




「よくわからないけど…こわい、お母さんがいないと」




「ではマリちゃんはお母さんのいる世界にいたい。そうよね?」




「よく、わかんないよー」




「…それでは、どうぞそちらの扉へ。そうです。入ってきた扉です。そこに行けばお母さんやお父さんとまた会えますよ」




「ほんと!?ありがとうお兄ちゃん!」




 ダッと勢いよくソファーから立ち上がり、瞬く間に扉のノブに手をかけていた。




「……ではごきげんよう、小さな小さなお客さん。あなたの生に幸あれ。」




 俺は――――


 顔を背けていた。




「バイバイお兄ちゃん!」


 パタン。


 元気よく、その声とともに扉の閉まる音。




 ――――あなたはまだわからないかもしれない。


 自分がなぜ「ここ」を訪れているのかを。


「死因」――――両親による育児放棄。


 理解するには早すぎたし、理解した時点では遅すぎた。


 故に俺は少女の「願い」を尊重した。




 そう――――君はまだ愛しているんだね。


 たとえもう愛されていなくても。


 君を待つのは、死だ。現世に帰った時点で、運命は抗いようがない。


 だからせめて、幸せな死を。










 南マリ、ケース完了。








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