ある人間の手記

文咲 零字

第1話

人を殺してきたので、今日は文章を書くことにした。

頭に血が上ったわけでも、怒りに忘れたわけでもない。

ずっと僕は、それがしたかったのだ。


何かを壊すことに、憧れがあった。

喉が水を求めるように、肺が空気を欲するように、僕の心はそれを欲していた。

破滅的で、壊滅的で、自虐的な僕の欲求。


最初に、恐怖があった。

僕はひとでなしだと。

母に、父に、友に、そして弟に。僕はずっと打ち明けなかった。

逃げて、本を漁った。自分は何者なのだと、必死で理由を探し続けた。


次に、納得があった。

この衝動は、論理的に説明できると。

人間は動物だ。食料を狩り、異性を奪いあう。

自分は動物として優れて、人間として劣っている。

ただ、それだけなのだと。


それから、救いがあった。

これは想像力の源だ。

あらゆる最低と最悪を想像し、それを回避せんとする強い想い。

それはただの臆病で、すなわち人間そのものだ。

この悲しみを持つ人は他にもいる。

この直線的で収まりの悪い本能は、何かに到達しようとする強い意志だと。


そして最後に、諦めがあった。

僕はただの優れた動物だった。

それいがいに、最初から何もなかったのだ。


大丈夫。僕はこれからも人間だ。

だって、僕に。最初から弟はいないから。

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ある人間の手記 文咲 零字 @LAZY_FUMISAKI

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