第15話 ロボ娘が好きだからと言って
「そっか。そんなことがあったんだ」
真っ白なベッドの上で、桃子は頷く。
ここは、今駒市の中心部にほど近い、市民病院の入院病棟。その一室。
昨夜、スターシェイドと、彼女のシュトが姿を消したあと、幸子と田中が自衛隊の四輪駆動車で章太郎たちの元へ駆けつけ、意識のない桃子を、ここまで搬送してくれたのだ。
医者の診断では、身体的な問題は全くないとのこと。念のため、一晩入院することになったが、面会時間になって見舞いに来ると、やはり桃子は元気そのものだった。
そんなわけで、今は、桃子がスターシェイドにさらわれてから後の事を、章太郎とサンビームの二人で、あれこれと説明し終えたところである。
「なんにも覚えてないの?」
章太郎がたずねると、桃子は眉間に小さな皺を寄せた。
「すごく怖かったのは覚えてるけど……」
サンビームに、肘で脇腹を突かれる。何事かと目を向けると、彼女は首を振った。思い出させるなと言うことか。
「あ、でも」桃子は笑顔になった。「テン子ちゃんが助けに来てくれたの。あれ、お兄ちゃんだったんだね」
「僕じゃなくて、サンゲイザー」
「あ、そっか。でも、操縦してたのは、お兄ちゃんだし」
「うん。まあ、そうかな」
「米潟テン子を知っているのか?」と、サンビーム。
「うん。大好きだったから、よくマネしてたよ。こうやって、紙袋をかぶって、バリバリって破いて変身するの」
桃子は身振り手振りを交えて説明する。
放映時期は、彼女が七、八歳の頃だ。女子小学生の間では、そんな遊びが流行っていたのか。
「お母さんに怒られたけど」
さもありなん。
「章太郎も、テン子が好きらしい」
「ほら、ロボが嫌いな男子はいないから!」
サンビームが、ベッドの下の薄い本について言及し出すと困るので、章太郎は急いで口を挟んだ。
「そっかあ。お兄ちゃんは、ロボが好きなんだ」
桃子は、何やらしょんぼりと言って、サンビームに目を向けてから、自分のこめかみに触れた。
「そのアクセ、可愛いね」
サンビームの頭の横。桃子が鏡写しに示した場所には、猫のマグネットがあった。
「アクセではなくマグネットだ。章太郎にもらった」
説明するサンビーム。
「へえ、いいなあ」
「桃子ちゃんも、欲しい?」
章太郎がたずねると、桃子は目を丸くしてから、こくりと頷く。
「それじゃあ……」
同じものを買ってあげようと言い掛けたところで、病室の扉が勢いよく開かれ、誠が顔を見せる。
桃子の病室は個室だから、他の患者に迷惑が掛かることはないにせよ、あくまでここは病院である。もっと静粛にすべきではないか。
友人を、一言たしなめようと口を開き掛ける章太郎だったが、それよりも先に誠が大またで歩み寄って来て、桃子に箱をさし出す。
「これ、お見舞い。シュークリーム」
「ありがとう、友山さん」
照れ照れと受け取る桃子。
「ちょっと、タケ借りるよ」
誠は章太郎の首に腕を回し、引きずるようにして友人を病室の外へ連行する。
「おい、タケよ」
扉の前から、少し離れたところで、誠は言う。
「な、なに?」
「まさかとは思うけど、桃子ちゃんにマグネットをあげようだなんて考えてないよな?」
「聞いてたの?」
盗み聞きとは趣味の悪い。
「で?」
誠は再度たずねる。
「うん。そのつもりだけど、どこで買ったらいいかな?」
生憎と、件のショッピングモールは、修理と点検が終わるまで休業が決まっている。
誠は頭痛でもするように、額を押さえた。そして、ため息を挟んでから口を開く。
「いいか、タケ。サンビームと違って、桃子ちゃんには磁石がくっつかない」
「そうだね」
「だから桃子ちゃんは、マグネットが欲しいんじゃなくて、頭に付けるアクセが欲しいんだ」
「あ、そうなんだ」
盲点だった。
「と言うわけで、だ。退院したら、アクセを二人で買いに行こうって、桃子ちゃんと約束してこい。ここから街までは歩いて行ける距離だし、探せばいいカンジの店もあるはずだ」
「あー、うん。そうだね」
「二人で、だぞ。サンビームや俺も一緒にとか、絶対に言うなよ。絶対だぞ?」
「わかった」
本当はさっぱり理解できていないのだが、ひとまず聞いておこう。
エレベーターのベルが鳴る。
何気に目を向けると、大きな紙袋を手に提げた翠子が下りてくる。その後から、黒服にサングラスの幸子と田中が続く。
「あら」
章太郎たちに気付いた翠子が声をあげる。
「こんにちは、大家さん」
誠が笑顔で挨拶し、章太郎もそれに倣う。
「こんにちは。二人とも、お見舞いありがとう」
怪訝に思って、章太郎は黒服たちに目を向ける。
「私たちも、お見舞いです」
幸子は言って、小さな箱を顔の前に持ち上げて見せた。誠が持ってきたものと、そっくり同じものだ。
「シュークリーム?」
章太郎はたずねる。
「ええ、そうですけど。それが、なにか?」
「俺のお見舞いも、シュークリームだったんです」
誠が説明する。
「かぶりましたね」
幸子は苦笑いを浮かべる。
「シュークリームなら、何個あっても困らないですよ」
「それもそうですね」
ちなみに、章太郎のお土産は、ちょっとお高いアイスクリームだった。
ぞろぞろと、一行は桃子の病室に入る。
「桃子、着替え持ってきたわよ」
「ありがとう、お母さん」
「お医者さんと、お話してきたの。いつでも退院していいって」
「やった。お家に帰れる!」
桃子はバンザイをした。
「よかったですね」
幸子がシュークリームの箱を差し出す。
「お見舞いにと思って買ってきたんですが、無駄になっちゃいましたか?」
「いります、いります!」
桃子は急いで箱を受け取る。
誠が、章太郎の脇腹を肘で突く。
「あー、えーと……」
章太郎は、友人に言われた通り、桃子を買い物に誘う。
「え、ええっ?」
途端に桃子は顔を赤らめ、挙動不審になる。
「どうかな?」
「はい……行きます」
今まで見たことのない反応だが、喜んでくれているように見える。やはり、誠に従って正解だったようだ。
と、桃子がいきなり、パジャマのボタンを外し始めた。
襟元から、ちらりとブラが見え、章太郎はぎょっとする。
「ちょっと、桃子?」
翠子は、慌てて娘の胸元を押さえて隠す。
「退院、お買い物、お兄ちゃん、一緒!」
わたわたと手を振りながら、片言で説明する桃子。
「総員退避!」
幸子が叫び、病室のドアを大きく開けた。
田中が章太郎と誠を脇に抱え、外へ飛び出す。
円盤に変形したサンビームも続く。
最後に病室を出た幸子が、後ろ手に扉を閉めて、大きくため息をつく。そして、またもや田中によって床に投げ出された、章太郎と誠をじろりと睨む。
「お前たち、何も見ていないな?」
少年二人は立ち上がり、反射的に敬礼する。
「まあ、見えていたとしても、忘れた方が賢明だぞ」
田中がにやにや笑いながら言って、幸子に後頭部をひっぱたかれる。
「お母さん!」
扉の向こうから、母子の会話が漏れ聞こえる。
「はいはい、なあに?」
「デート!」
「ええ、そうね」
「もっと可愛いの!」
「ごめんね。これしか持ってきてないの」
章太郎は、素早く友人を見た。
誠は、にやにや笑っていた。
「デート……?」
「君はよい友人であったが、鈍感すぎるのがいけないのだよ」
「謀ったな!」
「そうだけど、なんか問題ある?」
いや、何もない。ただ、そのセリフを、言わなきゃいけないような気がしただけだ。
「でも、タケだからなあ。放っといたら、本当に、ただの買い物だけで終わりかねないか」
誠は腕を組んで難しい顔をする。
「お前の友だちは、修行僧か何かなのか?」
田中は、あきれた様子で言ってから、章太郎に目を向ける。
「おい、少年。あの嬢ちゃんが出てきたら、なんでもいいから可愛いとほめろ。それで、大体うまく行く」
大男の助言を、章太郎は神妙に聞いて頷いた。
「デートか」
人型に戻ったサンビームが、ぽつりと言う。
「章太郎。私の地球に関する知識は、ほとんどがキューティーQから得たものだ」
なるほど。妙に偏りがあるのは、そのせいか。キューティーQは、登場人物たちの生活描写に、定評があるのだ。
「もっと地球の知識を広めるためにも、次はぜひ、私とデートをしてくれないだろうか」
いきなり何を言い出すのか。生まれて初めてのイベントを前に、頭の許容量がオーバーしていた章太郎は、サンビームの言葉の意図が、すぐには理解できなかった。
章太郎が答える前に、病室のドアが開く。
ちょっと子供っぽいが、なかなかに可愛らしい私服姿の桃子が、例の圧の強い笑顔で現れる。
「お兄ちゃん!」
桃子は歩み寄って来て、章太郎の手をがっちり掴む。
「行こう!」
そう言って、握った手をぐいぐい引いて歩き出す。
「あ、え、うん」
桃子に引っ張られながら、肩越しに振り向くと、誠は片目を閉じてサムズアップを送って来た。
翠子は、頬に手を当てて、にこにこ微笑んでいる。なにやら、してやったりと言いたげな顔つき。
幸子と田中はそろって手を振り、やはり笑顔でカップルを見送っている。サングラスで隠されているのに、目を細めているのがありありとわかる。
そしてサンビームは、そんな人たちの中にあって、ぽつんと立ち尽くしていた。なんとなく、寂しげに見える彼女の様子に、章太郎はようやく、先ほどの申し出を思い出す。
「桃子ちゃん、ちょっと待って」
章太郎は立ち止まって言ってから、サンビームに呼び掛ける。
「明日でいい?」
束の間を置いて、サンビームは両手を頭の上に回し、〇を描いた。どうやら、OKのようだ。
「何が?」
桃子がきょとんとして問うてくる。
「うん、ちょっとね」
いくら章太郎でも、デート中に、他の女の子とのデートの約束について、言及しないだけの常識は心得ている。
いや、ちょっとまて。
そもそもサンビームは女の子なのか?
確かに声は女の子だが、それは章太郎が頼んで、そう設定してもらっただけのものだ。そもそも、見た目が女の子から程遠い。
あるいは、スターシェイドを変身させたように、章太郎が念じて触れれば、サンビームも可愛らしいロボ娘の姿にすることが可能かもしれない。ただ、約定とやらに縛られていない彼女は、おそらく自ら望んでそれを受け入れない限り、そうはならないだろう。
もし、受け入れてくれたら?
ひとつ屋根の下で、ロボ娘と一緒に暮らすと言う考えは、とても魅力的に思える。が、果して章太郎は、そんな事態になっても正気を保てるだろうか。もし耐えられず、不埒な行為に及びでもしたら、サンビームは章太郎のもとを去ってしまうに違いない。ひょっとしたら、章太郎どころか、人類そのものに幻滅してしまうかも。そうなれば、地球の危機だ。
「お兄ちゃん?」
桃子が怪訝な目を向けてくる。
「あー……」
なんと答えようか迷っていると、田中のアドバイスを思い出した。
「すごく似合ってるよ、服」
「えっ」
桃子は、ぼっと顔を赤らめた。
「可愛い、と思う」
言ってる章太郎も、何やら恥ずかしくなってきた。
「そ、そ、そおかなあ?」
「う、うん。ホントに」
しばらく、互いに照れ照れと目を逸らす。
今さらになって、章太郎は自分の手の中に、桃子の小さな手がおさまっていることに気付く。自分なんかが、この可愛らしい女の子に触れて良いのだろうかと、妙な気後れを感じる。が、それ以上に、ずっとこうしていたいと言う思いもあった。
「行こうか?」
章太郎は言った。
「うん!」
桃子は、ぱっと笑みを浮かべる。
そうなのだ。
サンビームとサンゲイザーに、おんぶに抱っこだったとは言え、章太郎は戦い、この笑顔を守ったのだ。
だとすれば、手を握るくらいの役得があったところで、バチは当たらない。
何より、章太郎も男子。ロボ娘が好きだからと言って、可愛い女の子が嫌いなわけではないのだ。
戦え! 魔法少女ロボ・サンゲイザー 烏屋マイニ @mai-ny
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