第14話 ペナルティ
「よくやった、章太郎」
サンビームが褒める。
「でも、サンゲイザーがボロボロだよ?」
自ら切り離したとはいえ、右手と右足を失っている。なんだか、申し訳ない。
「問題ない。いずれ修復するし、本人は、ずいぶん楽しんだようだ」
確かに、愉快そうな思念が、神経接続を通して送り込まれてくる。そうであれば、まあ何よりだ。しかし、蜘蛛の方はどうだろう。
「この子は大丈夫なの。まさか、死んじゃったってことはないよね?」
急に心配になって、章太郎はたずねた。蜘蛛はぴくりと動かない。
「戦闘に敗北したことで、機能がロックされただけだ。しばらくすれば、元の空間に戻され、修復を始めるだろう」
「そっか」
元の空間とやらは、何のことかよくわからないが、ロボが無事なら問題はない。
さて。そうとなれば、桃子が収められたカプセルは、どう扱えば良いのだろう。ぱっと見たところで、どこかが開くようには見えない。
不意に視界が暗転し、次の瞬間には、のっぺりとした銀白色の光で満たされた、円筒の内部に章太郎はいた。束の間を置いて頭上が開き、外気が流れ込んでくる。外へ出ろと言うことか。
カプセルの中は狭く、手足を動かす余裕はないが、サンゲイザーが四つん這いになっているおかげで、出口はやや下を向いている。ヘビのように身体をくねらせると、ちょっとずつ前へ進むことが出来た。さらに、サンビームが足元からぐいぐい押してくる。
「ちょっと、待って!」
章太郎は、上半身が外へ出たところで、慌てて叫んだ。出口から地面までは、二メートルほどの高さがある。このままでは、頭から地面に激突することになる。
「後がつかえている。早く出てくれ」
「でも」
躊躇していると、サンゲイザーがカプセルを放り出して、空いた左手を出口の前に差し出した。章太郎は、その小指を手掛かりに、カプセルから下半身を引っ張り出して、大きな手の平に身を預ける。
「ありがとう、サンゲイザー」
礼を言うが、返事はなかった。つい先ほどまであった、サンゲイザーの存在も感じられない。機外へ出たせいで、神経接続が途絶えたのだろう。何となく、寂しい。
サンゲイザーは、章太郎の身体を静かに地面へ下ろした。少し遅れて、サンビームも出てくるが、彼女はカプセルの口からすとんと落ちて、畑の土に突き刺さる。
「大丈夫?」
章太郎はぎょっとして、サンビームに駆け寄る。
「エネルギー切れだ。すまないが、スターシェイドのカプセルまで、運んでくれ」
「充電は?」
「あとだ」
章太郎はサンビームを抱き上げ、地面の上で鈍く光るカプセルの側へ歩み寄った。しかし近くでも見ても、滑らかな表面には、開け口になりそうな部分は見当たらなかった。
「スターシェイド、いつまでそうしているつもりだ」
サンビームは咎めるような声音で言った。
「お前は負けたのだ。潔くそこから出て、約定に従え」
「約定?」
章太郎はたずねる。
「我々は、互いが対立しあった時、シュト同士の一騎打ちで決着を付ける。敗者は、勝者に従わなければならない。それが約定だ」
束の間を置いて、カプセルの表面に、光る結晶が浮かび上がる。カプセルは虫にでも食われたように、ぼろぼろと穴が開き、しまいには消え去った。
途端に、辺りは真っ暗になった。
今はもう夜だし、畑の真ん中には灯りなどない。
困っていると、サンゲイザーが機体を光らせてくれた。彼女との神経接続は断たれているので、おそらくサンビームが自分の分身に、そうするよう伝えてくれたのだろう。
カプセルが消えた地面に残されていたのは、意識のない桃子と、スターシェイドだった。
章太郎は、サンビームを地面に置いて、桃子の身体の上に屈みこむ。少女の口元に耳を近付けると、落ち着いた呼吸を感じる。ひとまず、心配はなさそうだ。
「それで?」
スターシェイドが問う。
「地球侵略をあきらめろ、スターシェイド」
サンビームが答える。
地面の上で、うり二つの円盤型ロボットが会話する様子は、なかなかに面白い光景だった。
「だったら、私を破壊することね。どうせ、エネルギーキャッシュも空っぽで、抵抗なんてできないし、好きにしてよ」
スターシェイドの口調は、ひどく苦々しかったが、それでも神妙だった。
「そうする以外に、ないのか。私は命令に逆らい、任務を放棄することができた。そうであれば、お前にも可能なはずだ」
「あなたが、どうやって命令から逃れられたか、私は知らないし、知りたくもないわ。私にとって、命令は絶対なの」
「そんなはずはない」サンビームは断言した。「私が健在であるにも関わらず、スペアのお前が自ら侵略を進めようとしたことは、明らかに命令に反している。したがって、今回の戦闘は命令ではなく、お前の意思によるものだ」
スターシェイドは黙りこくった。
「私の推測に誤りはあるか」
サンビームは、再度たずねた。
「ええ、大間違いよ。だって、あなたを破壊してしまえば、任務は私のものになるんだから、命令にはなんにも反していないってことになるでしょ?」
スターシェイドは、くすくすと笑う。
「同型機ってだけで、いつもいつもスペア役をやらされるのに、もう、うんざりしてたの。だから、あなたを破壊して、任務を奪うつもりだった。でも、あなたはとっくに、それを放棄していたみたいだから、なおさら命令には逆らってないってことになるわね。違う?」
束の間の沈黙。
「わかった」サンビームは言った。「約定により、私はお前を破壊する」
サンゲイザーが立ち上がった。右手と右足は、いつの間にか元通りになっていた。
「ちょっと待って!」
章太郎は慌てて止める。
「だが、このまま彼女を、見逃すことはできない。放っておけば、また地球侵略を試みるだろう」
それはわかっている。しかし無抵抗の、ましてや女の子の声を発するロボが、目の前で壊されるのを、見過ごせるはずがない。
「とにかく、僕に任せてもらっていい?」
サンビームは黙り込んだ。そして、ずいぶん経ってから言った。「いいだろう」
「下等生物に、何ができるって言うの?」
スターシェイドは、嘲笑うように言った。
もちろん、彼女が馬鹿にしたように、章太郎自身には、ロボット宇宙人を破壊する力などない。あったとしても、そんなものを使うのは、まっぴらごめんだ。
ふと、閃くものがあった。
章太郎は、胸ポケットに入れていた、モバイルバッテリーを取り出す。
「何よ、それ」
スターシェイドは、声に警戒をにじませる。
「バッテリー。あげる」
章太郎は、モバイルバッテリーをスターシェイドの上に置く。束の間があって、スターシェイドはバッテリーを飲み込む。
「こんなことをしても、私は恩に着たりしないわよ」
「うん。別にいい」
章太郎は、スターシェイドに手を置く。
「べたべた触らないでよ」
スターシェイドが抗議する。
「なんでも、好きにしていいって言ったよね。それに、僕だってサンゲイザーに乗って戦ったんだから、勝者ってことになるし、約定ってやつだと、君は僕に従わなきゃいけない。違う?」
「だからって……えっ、なに、なにっ?」
スターシェイドの機体に、例の結晶が浮かび上がる。黒い円盤は、たちまち輝く結晶に覆いつくされ、それが消えると、身の丈一メートルほどのロボ娘が、地面に横たわっていた。
全身、真っ黒なのは変わりないが、猫耳と尻尾が生えている。スカートのような装甲は無く、太腿や腰回りがむき出しで、ちょっとエッチくさい。
「これは、どう言うことだ?」
サンビームが、驚いた様子で言った。
スターシェイドが、むくりと上半身を起こした。円盤型ロボット改め、猫少女型ロボットは、自分の手の平と、投げ出された両足を、束の間じっと見つめてから、
「なによこれー!」
叫んだ。
「宇宙少女キューティQシューティングスターの第十四話に登場した、ロボット怪盗シャノワールだ」
説明するサンビーム。
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ!」
スターシェイドは立ち上がり、地面をどしんと踏みつける。
ごもっとも。
「サンビームは、シュトを分身って言ったからね。君たちも、シュトと同じように、僕の強い印象ってやつで、形を変えられるんじゃないかと思ったんだ。それと、君には勝負に勝った相手に従うって約束があった。だとしたら、僕の『お願い』を無視できるはずがない」
章太郎は解説し、自分の「作品」をしげしげと眺めた。
「可愛い」
思わず口を滑らせる。
「お、おかしな目で私を見るな!」
なぜかスターシェイドは、怯えた様子で後ずさった。
「章太郎には、少女型のロボットに欲情する性癖があるのだ」
サンビームが説明した。
「やめて」
確かにその通りだが、改めて指摘されると恥ずかしい。
「欲情?」
スターシェイドは、サンビームを見てから、緑色に光る、おにぎり型の目を章太郎に向け、また一歩後ずさり、
「お、覚えてろよー!」
捨て台詞を吐いて踵を返し、畑の向こうへ走り去った。真っ黒い機体は闇に紛れ、あっと言う間に見えなくなった。
「もちろん、わかっているな?」
サンビームは問う。
「なにが?」
ロボ娘に嫌われ、逃げられたと言う事実以外の、何をわかれと言うのか。バッテリーをあげたら、ワンチャン好意を持ってもらえるのではとも思ったが、うまく行かないものだ。
「スターシェイドは、あきらめていない。彼女は、またいずれ現れるだろう。少なくとも、あの身体に慣れた頃には、再び侵略を試みるはずだ」
「慣れるとか、あるの?」
「彼女は、君のふしだらな視線に怯えていたからな。もし、あの身体で自身の機能を自由にできたなら、私の右腕を破壊したビームで、君を攻撃していただろう」
どうやら、それと気づかず、章太郎は相当に危険な橋を渡っていたようだ。今さらながら、ぞっとする。しかし、ふしだらはひどい。
「章太郎」と、サンビーム。「スターシェイドが――いや、彼女に限らず、再び地球を侵略しようとする輩が現れた時は、また私たちと戦ってくれるか」
答えは決まっている。
「いやだ、なんて言えないよ」
章太郎は、サンゲイザーを見上げた。
「友だちの頼みじゃ、ね」
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