第13話 ドリル!
思った通りだった。巨大蜘蛛が、もともとなかった大顎を、後付けで生やして見せたのだ。サンゲイザーに、同じことができないわけがない。
「キューティードリルブレイクか!」
サンビームが、興奮気味の声をあげる。キューティQのファンである彼女なら、当然の反応だった。
とは言え、本来は
巨大蜘蛛が迫る。
章太郎は、ドリルと化した右手に左手を添え、前方へ突き出す。そして、サンビームが発した技の名を、なぞって口にする。もちろん、サンゲイザーと神経で直結している状態なので、いちいち声で命令する必要などないのだが、やらないと、サンビームが、がっかりする気がする。
「キューティ……」
ドリルが高速回転をはじめ、それと同時に機体の各部から複数のバーニアが噴射し、カウンタートルクを打ち消す。
「ドリール、」
サンゲイザーの背中の装甲がぱかりと開き、スラスターノズルが飛び出す。
「ブレイク!」
スラスターが点火し、ほとんど爆発のような噴射が起こる。たちまち、背中を蹴られたような加速を覚え、章太郎とサンゲイザーは、半ば浮き上がりながら滑走した。章太郎自身の身体は、加速の影響を低減させるための、慣性制御なる宇宙人の
蜘蛛は突進をやめない。ドリルなど、何するものぞと言ったところか。おそらく、最初の激突のように、質量差で抑え込んでしまおうと考えているのだろう。
接触の瞬間。
バーニアの噴射が強まり、ドリルの回転を押し返そうとする力に抗う。全身がきしみ、右腕にねじ切れるような痛みが走る。テン子も敵と戦う時、同じ痛みを感じていたのだろうか。そんなことを、ふと思う。
章太郎の狙いは、蜘蛛の胴体ではなく、それよりもずっと華奢な脚だった。ドリルの先端は、右脚の付け根あたりに触れて、激しく火花を上げる。しかし、それは、ドリル本体の機能である穿孔と言うより、高速回転による切削だった。
強引で単純な破壊だったが、その威力は章太郎の思惑を超えていた。ドリルに触れた脚が、次々ともぎ取られ、蜘蛛は四本の右脚を全て失う。
さらに想定外の事態が起こる。蜘蛛が大きくバランスを崩し、サンゲイザーと激しく接触したのだ。
金属同士が擦れる不快な音が響き、章太郎は弾き飛ばされた。サンゲイザーとサンビームが、協力してバーニアを操り、空中で態勢を整え、どうにか両足で着地することができた。しかし、蜘蛛の方はそうも行かず、盛大に泥を巻き上げ、地面の上で裏返しになった。
章太郎は、すかさず機体の向きを換える。巨大蜘蛛に取り付き、桃子が収められたカプセルを見つけ出さなければならない。しかし、駆け出すと同時に、何かに足を取られ、サンゲイザーは前のめりに倒れ伏す。
「なに?」
「糸だ、章太郎。周囲の地面に、蜘蛛の糸が張ってある」
サンビームが言う。
章太郎は、地面に縫い付けられた右足を見るが、特段の何かがあるようには見えない。
「視覚を補正する。この糸は可視光を透過し、赤外光を吸収している。紫外光でなければ感知できないようだ」
視界が切り替わり、夜だと言うのに周囲の景色は、めまいがするほど多彩な色に包まれた。同時に、右足にへばり付く虹色の糸が、くっきりと浮かび上がる。そして同じものが、辺りの地面にも、縦横に張り巡らされていた。しかも、その端々は、真っ黒い杭で地面に縫い付けてある。
巨大蜘蛛が、何度も突進を繰り返していたのは、サンゲイザーを攻撃すると見せ掛け、この罠を仕掛けるためだったのか。
もちろん糸と言っても、体高一〇メートルを超えるサンゲイザーのスケールでのこと。人間サイズで見れば、綱引きの綱ほどの太さがある。ましてや、鋼鉄よりも強靭と言われる蜘蛛糸は、いくらもがいても切れる気配はない。
不意に、右足の感覚が失せる。次いで、それは膝の下から、ころりと外れた。
「うわっ、とれた」
「足なんて、飾りです」
サンビームが、ぽつりと言った。
最終決戦で、右足を失ったテン子が、心配する米潟博士を安心させようと発したセリフだった。
「お前の機体に、切り捨てて良い
返す米潟博士のセリフを、なぞる章太郎。博士のロボ愛を感じさせる、作中でも一、二を争う章太郎の好きなセリフである。
「しかし、今はサンゲイザーの判断が正しい。テン子とは違い、シュトの部品は再生するのだ」
頑丈な蜘蛛糸から、逃れようと足掻いて時間を無駄にするより、足を捨ててでも行動するほうが正解と言うことか。なにより、サンゲイザーが失ったパーツを回復できるのなら、それは巨大蜘蛛も同じなのだ。
「ねえ、サンビーム。キューティドリルブレイクの時に使ったロケットだけど」
「二秒だ。それ以上は推進剤がもたない」
みなまで言う前に、サンビームは答えた。
「オーケー」
その数字で、うまく行くかどうかはわからない。しかし、まだ使えることの方が重要だった。
「キューティドリル!」
ドリルが、再び回転を始めた。次いで、背中のスラスターノズルが、閃くように短く火を吹く。しかし、今度は地表すれすれを滑空するのではなく、サンゲイザーの機体は宙高く舞い上がった。
裏返った巨大蜘蛛を見下ろすと、もげ落ちた脚の断面に、例の結晶が浮かび上がっていた。再生が始まっているのだ。
空中で孤を描くサンゲイザーの機体は、ほどなくその頂点に達した。ゆるやかに落下を始めながら、章太郎はドリルの先端を巨大蜘蛛に向けた。
「ドリルオフ!」
右腕からドリルが、ロケット噴射と共に切り離された。その反作用で、サンゲイザーの機体は束の間、空中に静止する。ドリルは、地面でもがく巨大蜘蛛に直進し、頭胸部と腹部の境目に突き立つと、火花を上げながら、コマのように回転した。
「キューティ、ドリール……」
落下しながら、章太郎は技名を口にする。
「キーック!」
サンゲイザーは、再びスラスターを点す。落下速度にスラスターの加速が上積みされ、伸ばした左足が、回転するドリルの中心を、打ち下ろすハンマーのように踏みつける。ドリルは、さらに激しく火花を上げ、ついに蜘蛛の身体を真っ二つに分けてから、地面に深々と食い込み、ようやく回転を止めた。
サンゲイザーは、尻もちを付くようにして、蜘蛛のすぐ側に落っこちる。いくつかのバーニアが噴射し、落下の衝撃をいくらか弱めてくれたようだが、それも申しわけ程度だ。
「カプセルは腹部だ!」
サンゲイザーが叫ぶ。
章太郎は蜘蛛に這いより、左手を腹部の断面に突っ込んだ。指先に触れたものを闇雲につかみ、引っ張り出す。途端に巨大蜘蛛は動きを止め、再生の結晶も消え去る。
サンゲイザーの手の中にあったのは、白く滑らかな表面をした、両端がドーム状の細長い円筒だった。
勝負あり、だ。
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