第12話 決戦
世の中には好きが高じて、愛するものそのものになりたいと願う人たちもいる。おそらく、コスプレなども、その一つの現れだろう。
しかし、章太郎は違う。もちろん、ロボ娘は好きだが、決してロボ娘になりたいわけではない。むしろ、自分なんかが可愛いロボ娘のふりをするなど、いっそ申しわけないほどである。
「備えろ、章太郎。来るぞ」
少年の煩悶など、おかいまいなしに、サンビームは言う。彼女が、ちょっとワクワクしているように思えるのは、章太郎の気のせいだろうか。
いや――と、首を振る。声と言うか、気配と言うか、サンビーム以外の誰かの存在を感じる。このワクワクを発しているのは、その誰かだった。
章太郎は直感的に、それがサンゲイザーなのだと理解した。章太郎の欲望(?)に応えてロボ娘に姿を変えてくれた、この機械にも、どうやらサンビームと同様に意志があるようだ。そして彼女は、章太郎の命令を心待ちにしている。
可愛い。
思わず口元が緩む。ロボ娘に「マスター、命令を」なんて言われるシチュは、大好物なのだ。
「章太郎!」
巨大蜘蛛は、もう目の前だった。長い前脚の一本を、高く持ち上げ、尖った先端で、章太郎たちを貫こうとしている。
対峙してみると、敵は巨大だった。頭胸部と腹部を合わせた本体は、サンゲイザーの身の丈と、さして変わらない。加えて各脚は、それの何倍も長い上に、根元に近い節などは、太さがそこらの電柱の倍ほどもある。
章太郎は、その脚に飛びつき、一本背負いの要領で、大蜘蛛を放り投げた。柔道の知識など、中学生の頃に授業で習った程度だが、なぜかすんなりと身体が動いた。おそらく、サンゲイザーなりサンビームなりが、あれこれと調整してくれているのだろう。
大蜘蛛が道路に落下し、さらに近くの電柱を一本なぎ倒す。当然、アスファルトの路面にはひびが入り、切れた電線がスパークした。たちまち、辺りの電灯や信号機が消える。
失敗だった。
むやみに戦えば、街に被害が及びかねない。何より、あの中には桃子が囚われている。
「思わず投げ飛ばしちゃったけど、桃子ちゃんは大丈夫だよね?」
「彼女も、君がいるカプセルと、同じもので守られている。心配は無用だ」
そう言えば、慣性制御とやらがあるのだった。
「よかった」
章太郎は、ほっと胸をなで下ろす。
「我々がやるべきことは、そのカプセルを見つけ出し、スターシェイドのシュトから切り離すことだ。桃子殿とシュトの接続が断たれれば、あの姿は保てなくなる」
「それは、僕たちも同じってことだね」
「その通りだ」
サンビームは認めるも、束の間を置いて続けた。
「しかしサンゲイザーは、この姿を気に入っているようだ。あるいは君との接続が断たれても、ずっとこのままでいるかも知れない」
シュトにも、好みがあると言うことか。するとスターシェイドのシュトも、あのように恐ろしい姿になるのは、不本意なのではなかろうか。
「どうすればいい?」
章太郎はたずねた。
「まずは、キバヤシが言ったように、やつを畑の方へ誘導しよう。そして、いくらか損傷を与え、動きを止めるのだ。あとは、私とサンゲイザーが、カプセルの位置を突き止める」
「わかった。あんまり、気はすすまないけど」
「なぜだ?」
サンビームが聞いてくる。
章太郎は地面を蹴って、高く飛び上がると、空中でとんぼ返りを打って、畑の真ん中へ着地した。コンクリートやアスファルトと違い、柔らかい土の地面はバランスが取りにくい。不随意に手足が動き、転倒を防いだのは、おそらくサンビームとサンゲイザーの仕業だ。
「僕のじいちゃんが、農家なんだ。畑を作るのは、そんなに簡単じゃないって知ってるから、踏み荒らすのはちょっと申しわけない気がして」
今は作付けされていないだけ、まだ幸いではある。
「そうか。しかし、道路や電気が断たれれば、あるいは人命に関わりかねない。畑の損傷については、きっとキバヤシたちが、修復するなりうまくやってくれるだろう」
「そうだね」
巨大蜘蛛が、のそりと立ち上がるのを見て、章太郎は右手を伸ばし、指先を動かして「かかって来い」と挑発をくれる。蜘蛛は、またもや電柱を一本、なぎ倒してから、真っ直ぐに章太郎へ向かってきた。
敵の突進に備え、章太郎は腰を低く落とし、両手を前に出す。突っ込んで来たところを捕らえ、押さえ込んでやろうと言う目論見だが、巨大蜘蛛は衝突の直前になって飛び上がり、その巨体で章太郎の上にのしかかって来た。
完全に虚を突かれた章太郎は、仰向けに倒れ込んだ。
蜘蛛は、八本の脚でサンゲイザーの機体を抱え込み、身動きを封じる。さらに、口元にモザイク状の結晶を析出させ、カミキリムシのような大顎を形成した。実際の蜘蛛の口器とは、似ても似つかないものだが、桃子のイメージ的には、これで正解なのだろう。なにより、それは、果たすべき機能を、じゅうぶんに備えていた。
恐ろしげな牙が迫る。胸元を狙っているのは、章太郎が収まるカプセルを、えぐりとろうとしているからだ。
章太郎は、両手と膝で大蜘蛛を押し返そうとするが、質量差に加え、長い脚で抱きすくめられていては、それもままならない。
「サンゲイザー、ミサイル!」
章太郎は声に出して命令した。すぐさま、ミサイルポッドも兼ねる腰の装甲から、数発のミサイルが発射される。ミサイルは、蜘蛛とサンゲイザーの機体の隙間で爆発し、その爆圧で、わずかに脚の拘束が弛む。
章太郎は身体をひねり、脚の隙間から脱出する。無様なのは承知の上で、蜘蛛の後方へ四つん這いで逃げ、距離をとる。
「うまい手だ」
サンビームが褒める。しかし、それに応える余裕はない。危うく胸を食い破られそうになった恐怖で、りつ然としていたからだ。
この身体はサンゲイザーのものだが、彼女にリンクしている今、損傷を受けた場合、章太郎に、どんな影響があるかは未知数だ。少なくとも、ミサイルの爆発を受けた腹部は、平手でひっぱたかれたように、じんじんと痛んだ。
獲物を逃した巨大蜘蛛は、長い脚を巧みに操り、章太郎に向き直る。ショッピングモールから飛び出したときは、なんとも不格好な動きだったのに、今はすっかり歩き方のコツを学んだようだ。
蜘蛛は再び突進した。
今度は章太郎も、受け止めようとはせず、進路から飛び退いて攻撃をかわす。
蜘蛛は章太郎の脇を駆け抜け、やや距離が空いたところで急転回し、すかさず再度の突進を試みる。巨体の割りに小回りがきくのは、やはり脚の数のおかげだろう。
再び飛び退いて攻撃を回避する章太郎だが、それからも蜘蛛の突進は何度も繰り返された。まるで闘牛である。
攻撃は直線的で、避けるのは難しくないが、このままだとジリ貧になることは目に見えていた。二体の巨大メカが、飛んだり跳ねたり駆け回ったりしたせいで、畑は穴だらけになっており、足場がどんどん悪くなっている。八本脚の蜘蛛ならともかく、二足歩行のサンゲイザーは、いつ足を取られてもおかしくはない。どうにかして、攻撃に転じる必要がある。とは言え、武器らしいものはミサイル以外になく、それも、たった今使い切ってしまった。さて、どうしたものか。
ふと、閃くものがあった。
巨大蜘蛛の突進を回避した後、数度の跳躍を重ねて大きく距離をとる。
「アタッチメントアーム!」
章太郎が叫ぶと、サンゲイザーの右腕が肘のあたりから外れ、ロケット噴射を発し、いずこかへ飛び去った。
「ドリル!」
章太郎は、再び叫ぶ。
すると、空中に例の結晶が現れ、それはたちまちドリル状のパーツを形成する。ドリルパーツは、複数のスラスターで姿勢を制御しながら、サンゲイザーの右腕にドッキングした。
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