第11話 魔法少女VS宇宙少女

「おい」

 田中が言った。

「お前なあ……」

 誠があきれた様子で言った。

「あらまあ」

 翠子まで。

「僕のせいじゃないよ。なんか、勝手にこうなったんだ」

 章太郎は弁解を試みる。そもそも、明白なイメージを思い浮かべる前に、変形は始まっていたのだ。

「恐怖がそうであるように、強い印象は無意識下に焼き付けられる。意図したものではなくとも、これは君がサンゲイザーに望んだ姿と言うことだ」

 サンビームは、容赦無く退路を断つ。

「だからって、なんで魔法少女みたいなもんが出て来る。俺のワクワクを返せ」

 田中が勝手なことを言う。

 誠が、そうだそうだとはやし立てる。

 しかし、サンビームが何と言おうと、カッコよくて強そうなロボを期待していたのは、章太郎も同じなのだ。

 それなのに、目の前にあるのは、身の丈一〇メートルあまりの巨大なロボ娘。ツインテールに、リボン、そして花びらのようなスカートをまとい、やたらとピンクで可愛い。

「田中」幸子が言った。「これは魔法少女ではない。宇宙少女だ」

「は?」

 田中はきょとんとする。

細部ディティールに若干の違いはあるにせよ、これは宇宙少女キューティQシリーズ、第十作目の主人公ヒロイン米潟めかたテン子がモデルだ。確かにキューティQは、変身ヒロインにカテゴライズされる作品だから、魔法少女でも間違いではないが、やはり正しく宇宙少女と表すべきだと、私は思うのだ」

 幸子は早口で言ってから、首を傾げた。

「あるいは、三作目に登場したコッペリアに似てなくもないが」

「キューティQ四号か」

 サンビームが反応した。

「知っているんですか?」

 幸子が驚いて聞き返す。

「もちろんだ。元は人類機械化計画を目論むジャークトロンの機怪人形で、キューティQとの戦いの中、自身と同じく使い捨てにされた他の機怪人形たちの怨念を負って、自らを強化改造し、ジャークトロンとキューティQ双方に敵対する。その、復讐という明白な目的のために戦う姿は、キューティQと言う作品に、単純な善悪の対立ではない、物語としての厚みを与えてくれた」

「そう、まったくそうです!」

 幸子は激しく同意する。

「ジャークトロンの秘密兵器であるネジ化ウィルスを搭載したミサイルとともに、太陽へ突入した彼女の最後は、自分に涙を流す機能がないことを、ひどく残念に思ったものだ」

 サンビームは空を見上げ、思い出すように語る。

「それを見て、キューティーQ三号である主人公のヴィクトリアが、コッペリアをキューティーQ四号と呼ぶんですよね。たぶん、サンビームさんの分まで、私が泣いてます」

 幸子は言って、人差し指で目尻をぬぐいながら、右手を差し出す。

 ロボと人は、固い握手を交わす。

「しかし、これは君の見立て通り、米潟テン子で間違いないだろう。なにしろ、章太郎のベッドの下には――」

 妙なことを口走るサンビームにぎょっとした章太郎は、慌ててそれを止めようとする。が、その必要はなかった。

 ショッピングモールの外壁が、鈍い破裂音を立てて弾け飛んだ。黒い脚がぞろぞろと伸び、ついに建物を脱出した巨大蜘蛛が、姿を現す。

「なんだ、ありゃ……」

 田中が、うめくように言った。

 章太郎は、恐怖と嫌悪がないまぜになった感覚に、背筋を粟立たせる。周りを見渡せば、みなも同様であることが、その顔付きから見て取れた。

 スターシェイドのシュトが変じた巨大蜘蛛は、単に蜘蛛の姿を真似ただけではなかった。サンビームが言ったように、これは人類が、本能的に恐れる何かを秘めているのだ。

「キバヤシ、大家殿とトモを安全な場所へ避難させてくれ。君たちも、事が収まるまで、ここへは戻らない方がいい。市街地で使える程度の自衛隊の武器が、あれに通用するとは思えない」

「わかりました」

 幸子は神妙に頷くと、田中と迷彩服の自衛隊員に指示を飛ばし、避難を開始する。みながいくぶん、ホッとしたように見えるのは、やはり理解しがたい恐怖をふりまく大蜘蛛と、対峙しなくてもすむとわかって、安堵したからだろう。

 もちろん章太郎も、できればこの場を立ち去りたい。しかし、見た目はどうあれ、サンビームのシュトは、章太郎に応えてくれた。ちょっとばかり、大きさが好みと違うからと言って、ロボ娘を見捨てて一人で逃げ出すわけにはいかない。

 サンゲイザーを見上げる。途端に、大蜘蛛への恐怖は薄れて消える。大蜘蛛の姿が、見る者に恐怖を催すのなら、あるいはサンゲイザーの姿には、また別の心持ちを引き起こす作用があるのかも知れない。もちろん、女の子の姿をした物体の、スカートの中を覗き込む行為は、宇宙人の不可思議なテクノロジーによらずとも、章太郎にある種の情動を呼ぶにじゅうぶんだった。

「どうだ。いけるか、章太郎?」

 サンビームがたずねてくる。

「大丈夫。じゅうぶんムラムラする」

 思わず正直に答えてしまった。

「いや。君の性的嗜好に、適うか否かを問うているわけではない。この機械に乗って、戦う準備はできているのかと聞いている」

 章太郎は頷いた。覚悟なら、とっくにできている。

「了解した」

 サンビームは章太郎の足元でトンボを切り、円盤型に姿を変えた。

「では、行こう。我々の、愛するものを守るために」

 もちろん、サンビームの言う愛するものとは、キューティQのことだろう。章太郎は、サンビームほど熱心なキューティQファンではないが、ベッドの下に隠していた二次創作エロ同人誌のせいで、彼女は同志だと思い込んでいる。

 いや、それはともかく、

「え、ちょっと待って。今、乗るって言った?」

「もちろんだ」

 サンビームから、カブトムシのツノのような、T字型のハンドルが飛び出す。桃子を乗せて、ショッピングモールへ来た時の、立ち乗り式電動二輪車形態だ。勝手ながら、乗り物ビークルモードと名付けよう。

「しっかり掴まっていろ」

 章太郎はハンドルに掴まり、サンビームの上に足を乗せる。

 途端にサンビームは浮上し、サンゲイザーの頭の上あたりまで飛び上がった。

 危うく落っこちそうになり、章太郎はハンドルを握る手に力を込める。

 大蜘蛛が、よたよたと近付いてくるのが見えた。明らかに網を貼るタイプのクモだから、歩くのが苦手なのだろう。

 足元に目を落とすと、サンゲイザーは、頭部を後方へスライドし、胸部装甲を前方へ傾け、ぽかりと入口を開けた。

 サンビームは章太郎を乗せたまま、そこへゆっくりと降下する。

 二人が収まると、サンゲイザーは装甲を閉じ、同時に内部は銀白色の光に満たされる。内部の形状は単純な円筒形で、恐ろしく狭い。両腕を伸ばすスペースもなく、壁面はのっぺりしており、まるでMRIだ。

「え、なにこれ」

 不意に、奇妙な浮遊感におそわれ、章太郎は思わず声をあげた。

「なんか、ふわふわするんだけど?」

「慣性制御の影響だろう」と、サンビーム。「急激な加速から、君の身体を保護するための機能だ。心配は要らない」

 そうは言われても、不安しかない。

 うなじの辺りに、ちくりとかすかな痛みを覚える。一瞬、明かりが消え、次いで外の景色が目に映る。何やら、世界が縮んだように見えた。

 痛みの原因を探ろうと、うなじに手を伸ばすが、硬くて細長い何かに阻まれる。探ってみれば、どうやらそれは、頭の後ろの方から生えているようだった。

 そして章太郎は、視界に入った自分の肘が、蝶番状の関節になっていることに気付いた。ぎょっとして手の平を胸の前に広げ、視線を落とす。そこには、金属なのかプラスチックなのか、判然としない材質で作られた、外骨格の指があった。

「ロボ? なんで?」

「君の神経系を、サンゲイザーのシステムに接続した」

 ほとんど耳元で、サンビームの声がした。

「人型にして正解だったな。これで君は、自分の手足のように、サンゲイザーを操作できる」

「えーと、それってつまり……」

「章太郎。君は今、サンゲイザーと一体になったのだ」

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