第10話 現れた恐怖

「逃げろ、落ちるぞ!」

 サンビームが叫んだ。

 田中が章太郎の胴体に右手を回し、脇に抱える。反対側には誠がいた。巨漢の黒服は、男子高校生二人を抱えたまま、フードコートからエントランスホールへ続く通路を駆け出す。とんでもない膂力である。

 すぐに背後から、振動まじりの鈍い衝突音が響く。

 首を捻って振り向くと、翠子が迷彩服の自衛官と幸子に挟まれ、駆けて来る姿があった。その足元には、円盤型に変形したサンビームが、まさにロボット掃除機のように床面を滑っている。

 通路の向こう側に見えるフードコートでは、八本の脚をたわませ着地する、スターシェイドのシュト。とは言え、章太郎たちの視界は、一フロア分の高さしかない通路に切り取られているから、その全体を見渡すことはできない。

 エントランスホールにたどり着くと、田中は章太郎と誠を床に放り出した。助けてくれたのはありがたいが、もう少し丁寧に扱ってほしいものである。

「なんで、クモなんかに変形したんだ?」

 誠は、床にぶつけたあごをさすりながら、追い付いてきたサンビームにたずねた。

 サンビームは人型に戻ってから、それに答える。

「あれは、シュトに取り込まれた桃子殿が、もっとも恐れるものの姿だ。侵略しようとする惑星の敵対種が、本能的に恐れる姿をシュトに投影すれば、多くの場合、無用な戦いを避けられる。そのためのイメージを、桃子殿に借りたのだ」

 スターシェイドが桃子をさらったのは、てっきりサンビームに対する人質のためと考えていたが、どうやら違ったようだ。

「すると、あの黒いロボットは、人類を皆殺しにしたいわけではないんですね」

 幸子がたずねる。よくよく見れば、サングラスはひん曲がり、スーツやネクタイも乱れて、なかなかにひどい格好だ。田中と衝突したせいだろう。

「地球人のように、強い繁殖力と高度な問題解決能力を持つ種は、食料や労働力として重宝される。要するに、高値で売れるのだ。殺すよりも、屈服させる方が利益は大きい」

「俺たちゃ、宇宙人の家畜にされるってわけか」

 田中が吐き捨てるように言った。

 そう言えば、スターシェイドも家畜がどうのと言っていた。

「桃子は」翠子が言った。「桃子は、無事なの?」

 サンビームは頷く。

「彼女は安全だ。スターシェイドは思いやりや良心からではなく、必要にかられてそうする。シュトの姿を保つため、桃子殿には意識を保ってもらわなければならないからだ。しかしスターシェイドは、桃子殿の中枢神経に介入し、彼女から恐怖を引き出し続ける。それは桃子殿にとって、愉快な状況ではないだろう」

 翠子は心痛に顔を歪めた。

「心配するな、大家殿。桃子殿は、必ず救い出す」

 心強い。サンビームなら、きっとやってくれるだろう――と、頷いていたら、サンビームが続けた。

「私と、章太郎の二人で」

「え、僕?」

 すっかり忘れていたが、そう言えばサンビームは、章太郎の助けが必要だ、とかなんとか言っていた。

「私にも、シュトがある。しかし、君がいなければ、桃子殿の恐怖を映す、スターシェイドのシュトには敵わない。あれが桃子殿から得たものは、姿形だけではないのだ」

「怖いってだけで、性能まで変わるの?」

「シュトってやつの変形機能を、取り込んだ人間のイメージを現す能力と置き換えて考えれば、ありうる話だ」

 と、田中。黒服の巨漢は続ける。

「あの嬢ちゃんが、『クモは口から破壊光線を発射する』と信じてたら、実際にそれが出来るかも知れんぞ。なにせ、恐怖ってやつには、過大評価がくっついてくるものだからな」

「そうなの?」

 ぎょっとしてサンビームを見れば、彼女はこくりと頷く。「タナカの言う通りだ」

「裏を返せば、シュトに取り込まれた者が協力的で、知識と想像力がじゅうぶんにあれば、どんな兵器でも生み出せると言うことですね」

 幸子がつぶやく。

 なるほど、サンビームが、自衛隊員をパートナーに選ぼうとしなかった理由がわかった。幸子の予想が正しければ、あらゆる兵器に精通する彼らは、まったく手に負えない怪物を作り出してしまう可能性がある。普通の高校生である章太郎の方が、丁度よいのだ。

「つまり、僕があいつに勝てるような何かを考えればいいんだね」

 戦車? 戦闘機? とは言え、どっちも子供の落書きのようなイメージしか思い浮かばない。

「巨大ロボとかどうよ?」

 誠が言った。

「悪くない」

 田中が言って、右の手の平を誠に向けた。

 誠はジャンプして、それにハイタッチした。

「田中」

 幸子は、あきれた様子で、小さく首を振った。

「子供を、あんな怪物と戦わせるつもりなのか?」

「サンビーム氏のご指名だからな。宇宙人の兵器に乗って戦うだなんて、できれば俺からお願いしたいところだが?」

 田中は言って、サンビームに目を向けた。

 無論、サンビームは首を振る。

「オーケー、やるよ」

 章太郎は言って、考える。

 さて。スーパーロボットと、リアルロボットのどっちがいいだろう?

「ひとまず外へ出よう。ここでシュトを出すと、建物から出るのに手間取るだろう」

 そう言って、サンビームはフードコートの方を指さす。

 右往左往する巨大蜘蛛の脚が、通路の向こうに見えた。巨体を持て余し、外へ出られなくなっているのだろう。ああはなりたくない。


 章太郎たちは、正面口から外へ出た。ほんの一時間ほど前に、大家母娘と待ち合わせをした場所だった。

 そこは広場になっており、しばしばやって来る献血車が、余裕で駐車できるくらいのスペースがある。巨大ロボを呼び出すには十分な広さだ。

 空にはすでに、星が瞬き、辺りは水銀灯の白っぽい照明で照らされていた。

 銀色のしみが、章太郎たちの頭上に現れた。それはみるみる空間に広がり、巨大な円盤になった。

「私のシュト、サンゲイザーだ」

 サンビームは、円盤を見上げて言った。

 名前が、もう巨大ロボっぽい。

 円盤はゆるゆると降下し、章太郎たちの目の前の、地上から二メートル足らずのところで止まった。

「あれに触れて、君が望む姿を思い浮かべるのだ」

 サンビームに促され、章太郎は円盤に歩み寄った。しかし、不意にガラスがはじける音と、金属同士がこすれる耳障りな音が響き、思わず足を止める。

 音の出所を見れば、巨大蜘蛛が窓枠をへし曲げながら、フードコートから這い出そうとしているところだった。コンクリートの外壁にもひびが入り、破片がテラス席に降り注ぐ。

「周辺の道路は封鎖していますが、市街区の避難は完了していません。できるだけ、建物の少ない田畑の方へ誘導してください」

 と、幸子。

「了解した」

 サンビームが応じる。

 章太郎は焦る。手を伸ばし、シュトに触れる。金属の固い感触なのに、生き物のようなぬくもりがある。

 望む姿は、巨大ロボット。まだ、イメージはおぼろげだ。それでもサンゲイザーは、章太郎が触れた部分から、表面にモザイク様の結晶を析出しはじめた。

 変化は急速に起こった。

 サンゲイザーは、白く輝きながら上昇し、空中で粘土細工のように形を変え、卵のように丸くなった。

 ほどなくして、卵の殻がリング状に開き、内部から、さらに強烈な光が漏れる。その、まばゆい光の中に、頭や手足といったパーツが現れ、それは胎児のように身体を丸める人の形だとわかった。

 輝く巨大な人形ひとがたは、まるで意思でもあるかのように手足を伸ばし、周囲を取り囲むリングは、回転しながら頭と胸、腰、そして両手足首を覆い、変形して装甲を形成する。

 サンゲイザーは、静かに地面へ降り立つ。まばゆい光は消え、ついに、その姿が明らかになる。

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