第9話 アブダクション

「なあに、その格好。ぜんぜん意味わかんないんだけど。ひょっとして、この星の下等生物たちを真似てるの?」

「お前こそ」

 サンビームは片膝を突いたまま、空中に浮かぶ黒い円盤を見据えた。

「なぜ、お前自身が下等生物と蔑む、地球人の言語を使う?」

「下等生物にも、少しは知恵の回るやつがいるからよ。抵抗して殺されたり、捕まって家畜のように売られたりする前に、私たちに協力した方が、ずっといい目を見られるって考え付くくらいにはね。だとしたら、彼らに合わせてあげたほうが、何かと都合がいいってわけ」

「なるほど」

 サンビームは言って、ふらつきながらも立ち上がった。

「お前が私の居場所を突き止め、ここに現れたのは、その協力者の助力があってのことか」

「まあ、そう言うことね」

 スターシェイドは、あっさり認めた。

「無様だな、スターシェイド」

 サンビームは言った。

「はぁ?」

「私は、地球の人たちと共に生きると決めた。だから」

 サンビームは自分の胸元を、左の拳で叩いた。

「彼らに合わせ、この姿を選んだ。私は私の選択を、無様だとは思わない。むしろ同胞を裏切ろうとする卑怯者の助力を得るために、自らが侮蔑するものの言語を使う、お前こそ、私の目には無様に映る」

 スターシェイドは、再びビームを放った。青白い光条はサンビームの胸元に直撃し、小さな爆発を起こす。サンビームはたたらを踏み、ばったりと仰向けに倒れ込んだ。

「下等生物と共に生きる?」スターシェイドはくすくすと笑う。「それ、とっても困るんだけど。だって、あなたがいれば大丈夫だなんて、勘違いした下等生物たちが歯向かってきたら、面倒じゃない」

 立ち上がりかけたサンビームに向けて、スターシェイドは、さらにビームを放つ。二発、三発と、立ち上がろうとするたび、サンビームはスターシェイドの光線に打ち倒される。

「あいつ、サンビームをいたぶってるんだ」

 誠が吐き捨てるように言った。

 彼の言う通り、スターシェイドは、明らかに手加減していた。最初の一撃で、サンビームは右腕を吹き飛ばされたのに、今は目立った損傷はない。反撃できないサンビームを、ただ痛めつけることが目的なのだ。

 不意に、桃子が大きく息を吸い込んだ。そして、両手を口の脇に当て、叫ぶ。

「サンビーム、がんばれー!」

 章太郎と誠は、ぎょっとして少女を見る。

 スターシェイドはビームを放つ。が、立ち上がったサンビームは両足を踏ん張り、それに耐えた。

「桃子殿」サンビームは言った。「それは命令か?」

 章太郎は、その質問の意味を察した。戸惑う桃子に言う。

「はい、って答えて」

 桃子は頷いた。

「そうだよ。命令。がんばって、負けないで、サンビーム!」

「了解した」

 サンビームは左腕を持ち上げ、再び紫色の電光を放った。しかし、それはガラス片を受け止めた時のように、広範囲には広がらず、一本の稲妻になって、スターシェイドを絡めとった。

「えっ?」

 スターシェイドが、戸惑うような声を上げた。

 サンビームは左腕から伸びる電光を、鞭のように振り下ろし、スターシェイドをフードコートのテーブルの上へ叩きつけた。

 テーブルと椅子はバラバラに壊れ、さらにスターシェイドが激突した床は、砕けて大きなへこみを作った。

 サンビームの電光は、ちかちかと瞬き、消える。

「どうして……」

 スターシェイドは、よろよろと浮かび上がる。

「任務を棄てたあなたに、どうしてこんなことができるの。命令も受けてないのに!」

「命令なら受けた」

 サンビームは、もげ落ちた右腕を拾い、それを元あった場所へ押し付けた。破断した部分に結晶が現れ、それが消えると右腕は元通りになった。

「頑張れ、負けるな、と。それに従った」

 誠が、戸惑った顔を章太郎に向ける。

「サンビームは宇宙人だけど、やっぱりロボットなんだ」章太郎は説明する。「命令が無いと、戦えない」

 誠は得心した様子で頷く。そして、桃子と同じように、両手を口の横にあてがった。

「がんばれ、サンビーム!」

「がんばれ」翠子は、豊かな胸の前に、両手で拳を作る。「カレー、手伝ってくれるんでしょ?」

「そんな、曖昧な命令で!」

 スターシェイドは突進し、サンビームに体当たりした。

 サンビームは、両手でスターシェイドをがっちりと受け止める。

「私には、これ以上ない明白な命令だ」

 サンビームは右手を振り、アッパーカットのようにして、スターシェイドに拳を叩き込んだ。

 スターシェイドは、くるくると回転しながら宙を舞う。が、空中でぴたりと静止し、不意に章太郎たちの方へ突進してきた。飛びながら、スターシェイドは腹面から、触手のようなチューブがぞろりと生やす。

 くらげみたい――と思った瞬間、黒い円盤は、もう目前にあった。

 田中が飛び出し、スターシェイドの前に立ちはだかった。

 黒服の大きな背中に押され、章太郎と誠はたたらを踏んだ。桃子は尻もちを突いて、小さく悲鳴を上げた。

 スターシェイドは、触手の一振りで田中を吹き飛ばした。巨体は幸子を巻き込み、二人は絡み合うようにして床を転がる。

 スターシェイドは、触手で桃子を絡め取った。そして、少女を抱えたまま、吹き抜けの天井あたりにまで上昇する。

「桃子!」

 翠子が叫んだ。

「だったら」と、スターシェイド。「これで決着をつける?」

 ふと、スターシェイドの頭上の何もない空間に、黒い染みが浮かんだ。それはみるみる広がり、スターシェイドとそっくり同じ黒い円盤になった。ただし、直径はバスほどもある。

 巨大円盤の真下にぽかりと口が開き、スターシェイドと桃子は、その中に飲み込まれた。

 ああっ、と翠子の悲痛な声が上がる。

 サンビームが駆け寄って来る。

「大丈夫か。章太郎、トモ、大家殿」

「俺たちは大丈夫だけど、桃子ちゃんが!」

 誠が答える。

「わかっている」

 サンビームは、頭上に浮かぶ円盤を睨み据えた。

「あの、でっかいのは何?」

 章太郎はたずねた。

「シュトだ」

「なんなの、それ」

「君たちの言葉で、もっとも意味が近いものは、『影』だ。我々の分身であり、武器でもある」

 武器?

 スターシェイドが、中へ乗り込んだところを見ると、戦闘機的なものだろうか。

 しかし、吹き抜けに浮かぶそれは、各部にモザイクのような結晶を析出させながら、見る間にその形を変え、飛行物体とは思えない姿を取り始めた。

 まず、機体の中央にくびれが現れ、二つの部分に分かたれる。それらの一方は卵形、もう一方は長方体に変形する。次いで、長方体の正面と側面に、赤く光る大小様々な半球がぎょろりと飛び出し、その時点で章太郎は、これが蜘蛛の姿をまねていることに気付いた。果せるかな、長方体部分の腹面から、節のある八本の脚が伸び、変形を終えたシュトは、おもむろに落下を始めた。

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