第8話 侵略者
一拍遅れて、人たちの悲鳴が上がる。が、それは尻切れとんぼに消えた。
頭上から降り注ぐはずだった、強化ガラスの破片が、一粒も落ちてこなかったからだ。
それらは全て、プラズマボールを思わせる紫色の電光に、空中で絡めとられていた。
電光を発しているのは、高々と両手を掲げるサンビームだった。
サンビームの電光は、破壊を引き起こした飛行物体も捕らえていた。それは、円盤形態のサンビームにそっくりだったが、全体は煤をまぶしたように黒い。
「章太郎!」
電光を放ちながら、サンビームが呼び掛けた。
破壊のショックで呆然としていた章太郎は、その声で我に返った。
「あれは、何?」
「スターシェイド、私のスペアだ」
急流に踊る木の葉のように、揺れる黒い円盤を見据えながら、サンビームは答えた。
「スペア?」
「私が破壊されるなどして、任務の続行が不可能になった場合に備え、私とは別に地球へ送り込まれた同型機だ。まさか、これほど早くやって来るとは……」
サンビームは言葉を切り、首を捻って章太郎に目をやった。
「そんなことより、君は早くここを離れろ」
「でも――」
サンビームはどうするの?
しかし、その問いは女の声に遮られる。
「サンビームさん!」
目を向けると、こちらへ駆けて来る幸子と田中の姿があった。二人は相変わらずの、黒服とサングラス。
「キバヤシ、タナカ」
サンビームは二人を一瞥して言った。
「ここにいる人たちの、避難誘導を頼む。今はなんとか抑え込んでいるが、あまり長くはもたない」
幸子は息を飲み、章太郎にぺこりと頭を下げた。少年が、自分の要請通り、サンビームを説得したのだと思ったのだろう。実際は、キューティQのおかげで、説得など不要だったのだが。
幸子は、同僚に目を向ける。「田中!」
田中は頷き、右耳を太い指で押さえ、ぼそぼそと何事かをつぶやく。よく見ると、そこにはインカムが装着されていた。
たちまち、迷彩服の自衛隊員が現れ、半ばパニックに陥った客たちを、フードコートから手際よく連れ出し始める。すると、彼らはこの事態を想定していたのか。
「竹田君」幸子が章太郎の肩をつかむ。「君も避難してください。あとはサンビーム氏に任せましょう」
章太郎は頷く。残るサンビームは気懸かりだが、章太郎が居座ったところで、何が出来ようか。
今さらになって、大家母娘と友人のことを思い出す。目を向けると、翠子は腰を抜かした様子で床にへたり込んでいた。小銃を持った自衛隊員の一人が、そんな彼女に手を貸して立ち上がらせようとしている。
誠と桃子は、心配そうにこちらを見やり、早く来いと手を振っている。みな、無事のようだが、誠の足元には、買い物袋が放り出されていた。ワレモノなどが入っていないか、少々心配になる。玉子とか。
どうでもいいことを頭から追い出し、章太郎は駆け出した。
幸子と田中は、少年を守るように彼の両脇を固める。
「お兄ちゃん!」
駆け寄る章太郎の胸に、桃子がしがみついた。
「大丈夫、怪我はない?」
章太郎がたずねると、桃子はぐずぐずと鼻をすすりながら頷いた。ずいぶん、怖い思いをしたようだ。
「お前の方こそ、どうなんだよ」と、誠。「あれの、すぐそばにいたんだぞ?」
「僕は、大丈夫。サンビームが守ってくれたから」
「そうか」
誠は、ほっとため息をついた。次いで誠は、空中で電光に翻弄される、スターシェイドへ目を向ける。
「あの黒いのは、なんなんだ?」
「
章太郎は答える。
「は?」
「サンビームは、本当はロボット型宇宙人で、地球を侵略しにやって来たんだ。でも、地球のことが好きになって、今は他の侵略者から、地球を守ろうとしてくれてる。そして、あの黒いやつ――スターシェイドは、多分、裏切ったサンビームの代わりに、やって来たんだと思う」
章太郎の説明を聞いて、誠はしかめっ面をしてから、小さく頭を振った。
「ちょっと、情報量が多くて頭がくらくらしてきた」
さもありなん。
「とにかく」誠は続けた。「あの黒いのは敵で、サンビームは俺たちの味方なんだよな?」
「うん」
「話は、それくらいにしてください」幸子が口を挟む。「サンビーム氏は、長くはもたないと言っていました。急いで避難しましょう」
もっともだ。
田中が先に立ち、一つ手招きをくれてから、エントランスがある方向へと向かう。
その後に続きながらも、やはり章太郎は、後へ残すサンビームが気になり、電光を放ち続ける彼女に目を向ける。頑張りすぎて、またバッテリー切れを起こさなければよいのだが。
空中に囚われていたスターシェイドの眼前に、ふと青白い光球が生まれた。次いで、それは光条となって、サンビームへ向けて放たれた。
青白い光線はサンビームの右腕に直撃する。サンビームの腕は、小さな爆発を起こし、肘のあたりからもげ落ちた。
「サンビーム!」
章太郎は、ぎょっとして足を止めた。
サンビームはたたらを踏み、がくりと床に膝をつく。途端、空間を満たしていた電光は消え失せ、空中に縫い留められていたガラス片が、ばらばらと床に振り落ちた。
「自衛隊さん!」
誠が、翠子を支える自衛隊員に声を掛けた。
「サンビームを助けてください。友だちなんです」
章太郎も、桃子と一緒にこくこくと頷き、翠子は、すがるような目を隊員に向ける。
自衛隊員は、困った様子で幸子と田中に目を向けた。
幸子は首を振る。
「成冨駅のぼや騒ぎをご存知ですか? 報道では、配電設備のショートとしていますが、実際は、あの黒い円盤と我々の交戦があったんです。幸い、人的被害はありませんでしたが、我々の武器は、あれにまったく通用しませんでした。いずれにしても、避難を終えていない民間人がいる以上、火器の使用は――」
田中が、やにわに懐へ手を突っ込んで、自動拳銃を取り出すなり、スターシェイドへ向けて立て続けに発砲した。ホールドオープンする前に空の弾倉を落とし、予備弾倉を装填して、さらに発砲を続ける。が、銃弾は全て、スターシェイドへ届く前に、白熱して消え失せた。
「ご覧の通り」
田中は言って、スライドストップを解除してから、拳銃を懐に収めた。
「ここで頑張ったところで、俺たちは何の加勢にもならんと言うことさ。だとしたら、さっさと逃げた方が賢いってもんだろ?」
「なにをやっとるかー!」
幸子がジャンプして、田中の後頭部をひっぱたいた。
田中は殴られた後頭部をさすりながら、眉間に皺を寄せる。
「実際に、やって見せた方が、時間の節約になる」
「だからと言って――」
黒服二人は、やいやいと言い争いを始める。
ともかく章太郎たちに、サンビームを救う術はなかった。そもそも、田中の銃撃を受けても、反撃すらしないところを見れば、ロボット宇宙人にとって、人間の攻撃など、蚊に刺されたほどの痛痒すらないと言うことだ。
しかし、なぜサンビームは反撃しないのだろう。物体を空中へ釘付けにする、あの電光は確かに驚異的だが、相手を打倒すようなものではない。スターシェイドが同型機だと言うのなら、サンビームも同じビームを撃てるはずだが。
章太郎は思い出した。つい先ほど、サンビームはちゃんと語っていたのだ。彼女が戦えない、その理由を。
不意に、くすくすと言う少女の笑い声が聞こえた。サンビームの可愛らしい声とは異なり、ひどく刺々しい声音。それは、明らかにスターシェイドから響いていた。
「無様ね、サンビーム」
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