第7話 強襲

 食品売り場を五人で練り歩きながら、章太郎は気付いた。レジが終わるまで、おそらく荷物持ちの出番は無い。

 念願が叶い、美女と美少女に挟まれ、ご満悦でショッピングカートを押す誠はともかく、これまた別の美女から受けた密命ミッションを抱える章太郎は、この時間を無為に過ごすわけにはいかなかった。

 買いたいものがあるからと告げ、章太郎はサンビームを連れて別行動を取る。ひとまず文房具コーナーへ向かい、特に必要もないシャープペンの芯などを物色する。それから、ふと目に付いた商品を見て、思い付く。

「サンビームって、磁石くっ付く?」

「もちろんだ。それがどうかしたのか?」

「ちょっとね」

 章太郎はレジを済ませ、フードコートへ移動する。

 そこは、頭上が吹き抜けになった、開放的な空間で、大きな窓の外には、通りに面したテラス席もある。なかなかにお洒落だが、ラーメン、たこ焼き、鉄板焼きと言った、取っ付きやすいメニューを扱う店舗もそろっており、割り合いに敷居は低い。

 章太郎は、窓に面したカウンター席に腰掛け、さっそく買ったばかりの商品を取り出す。

 猫のキャラクターのマグネット。ホワイトボードや冷蔵庫に、プリント等を張り付けるための文具だ。それを、サンビームの頭の横にくっつける。

「なんだ、これは?」

 サンビームは戸惑った様子で、モノアイを点滅させた。

「いや、可愛いかなと思って」

 ちょっとした、いたずら心だ。

「可愛いか?」

「うん、可愛い」

「そうか」

 短く応じるサンビーム。

 心なしか、喜んでいるように見えるのは、章太郎の気のせいだろうか。

「あのさ。ちょっと、話があるんだけど」

 章太郎は切り出した。

「なんだ?」

 章太郎は、自衛官を名乗る黒服との会談について話した。

「これって、本当の話?」

 サンビームは腕を組み、長らく黙り込んだ。そして、答える。

「事実だ」

「そっか」

 章太郎は、どう言葉を継ごうかと考えた。つまり、サンビームが地球を訪れた目的は、観光などではなく、やはり侵略のためなのだ。そして、どんな心変わりがあったのかは知れないが、今は逆に、地球を守ろうとしてくれている。

 それなのに――

「ごめんよ」

 章太郎は謝った。

「何がだ?」

「せっかく、地球のために危険を知らせてくれたのに、お役所をたらい回しにされて、その上、分解されそうになったんだよね?」

「それは気にしていない」

 宇宙ロボットは寛大だった。

「地球には、惑星全体を統治するシステムが存在しないからな。もっとも小さな自治政府から、この問題に対処可能な政治機構へ、ボトムアップ式に接触を図るしかないと考えていたのだ」

 町内会から始めなかっただけ、ましと言うことか。

「私を爆発物だと勘違いした自衛隊の者たちも、この格好になって見せると、礼儀正しく接してくれた」

「それじゃあ、どうして逃げ出したりしたの。バッテリー切れで倒れてたのって、てっきり、分解されるのがいやで、逃げ回ったせいだと思ってたんだけど?」

「そうではない」サンビームは首を振る。「問題は、その後に現れたキバヤシとタナカだ」

 美女にほだされ、信用したのは浅はかだった。すると彼らは、宇宙人のテクノロジーを狙う、秘密組織的なアレなのだろうか。

「彼らは私と出会うなり、なぜか素数を読み上げ始めた」

 コンタクトかな?

「私が戸惑っていると、二人は奇妙な装置を取り出し、様々な色で点滅する光を浴びせ、さらにいくつかの音階から成る電子音で、よくわからないメロディーを奏でた」

 第三種接近遭遇かな?

「うんざりした私は、その場から逃げ出したのだが、彼らはしつこく追いかけてきて、ついにはエネルギー切れになり、君に助けられたと言うわけだ」

「あの人たち、何がしたかったの?」

「わからない」サンビームは首を振った。「しかし、私の動向を掴んでおきながら、直接捕らえようとせず、わざわざ君を通して接触を図ろうとしているのだから、おそらく害意はないのだろう」

「そうだね」

 木林と田中が信用できるとなり、章太郎は、ひとまず安心した。悪の片棒を担がされたのではと心配だったのだ。

 とは言え、サンビームは侵略の脅威に対処するため、おそらくは自衛隊の管理下に入ることになる。つまり、今度こそ、本当にお別れだった。

 しかし、それはどうにもやるせない。サンビームの勤務形態を、章太郎の家から通勤する格好にできないものか。ダメもとで、あの二人に頼み込んで見るのも、悪くはないかも知れない。

「章太郎」と、サンビーム。

「なに?」

「君の助けが欲しい」

「またバッテリー切れ?」

「いや、そうではない」

 鞄から、モバイルバッテリーを取り出した章太郎を、サンビームは止めた。

 章太郎は、ひとまずバッテリーを胸ポケットに押し込んでから、首を傾げてみせる。

「私とともに、侵略者から、この地球を守ってほしいのだ」

 章太郎がサンビームの言葉を理解するまでに、三秒ほどの時間が必要だった。

「え、なんで僕。戦うなら、それこそ自衛隊にお願いした方がよくない?」

 サンビームは頷く。

「無論、彼らの助けは必要だ。しかし、地球のように、武力を持つ複数の統治機構が乱立する惑星で、一部の集団に我々のテクノロジーを手渡せば、それが他の集団に向けられることは明らかだ」

 確かに、つまらない理由で戦争を始めるのは、地球人の十八番だった。さらにたちが悪いのは、当事者がいたって大真面目と言うことだ。

「せっかく侵略者を追っ払っても、同じ地球人が侵略者になったら、意味がないもんね」

「その通りだ」

 ともかく、これでわかった。

 サンビームは、なにも章太郎に、生身で戦えと言っているわけではない。来る侵略者に対抗しうる、何かしらの力を、章太郎に与えるつもりなのだ。

「けど、僕が侵略者になるかも知れないよ?」

 サンビームは首を振る。

「私はロボットだ。命令が無ければ、力を揮うことはできない。しかし、今回の地球侵略を拒んだように、自らの信条に沿わない命令を拒む意志もある。もし君が、道を誤るようなことがあれば、私は君を全力で止めると約束しよう。とは言え、君がそうなることは、決してない」

「なんで?」

「宇宙少女キューティQ」サンビームは言った。「君の住居で、あの本を見つけた時、私はそう確信した」

 何をどうすれば、二次創作エロ同人誌から、そのような確信を得られたのか。

「宇宙を行く途中、私は偶然にも、シリーズ一作目、第一話の放映電波を拾ったのだ」

 キューティQが始まったのは十六年前だ。そして、電波は光速で飛ぶ。地球から十六光年も離れれば、一作目の一話を見ることも可能だろう。たぶん。

「私は、電波をたどるにつれ、このように素晴らしい作品を生み出す世界を、むげに滅ぼすべきではないと考えるようになった」

 キューティQと言う作品に、宇宙的魅力があることは否定しないが、女児向けアニメにはまって、侵略をあきらめる侵略者と言うのは、いかがなものか。

「なにより、好きなアニメの続きを、自らの手で見られなくするなど、あまりにも愚かではないか」

 まあ、それはもっともだ。

「そして君もまた、キューティーQを愛する者の一人だ。そうとなれば、毎週日曜日のOAオンエアを守りたいと言う、私の望みも理解できるだろう」

 もちろん、理解できる。理解できるが、サンビームは少々、誤解をしていた。

 章太郎が好きなのはロボ娘であって、キューティーQではない――いや、毎週欠かさず、リアルタイムでチェックをしているのだから、好きは好きだ。なんと言っても、全作を通じ、必ずロボ娘回なるものがあるから、見逃せない。しかし、そのために命を賭して侵略者と戦えるかと言われれば、難しいところではある。だからと言って、サンビームの頼みを、無下にするのも気がひける。

 章太郎は、フードコートの大きな窓から、外の景色に目を向ける。

 この時期は、日暮れが近付くと、途端に気温が下がるせいで、テラス席はまったくの無人だった。その向こうには、やたらと立派な国道をはさんで、田んぼや畑が広がっている。国道を行く車は、ちらほらとヘッドライトを灯し始めている。

「あのね、サンビーム。僕は――」

「あ、いた!」

 桃子の声が聞こえる。

 目を向けると、両腕にレジ袋をたわわに提げる誠を従えた、大家母娘がいた。

「お兄ちゃん、お菓子ー!」

 相変わらず、圧のある笑顔で駆け寄る桃子。

 はいはい、と章太郎は腰を上げる。それと、ほとんど同時にサンビームが叫んだ。

「伏せろ!」

 そう言われて、すぐに反応できるほど、普通の高校生は修羅場をくぐり抜けていない。何事かと振り返ると、夕暮れの空を背に、カラスを一回り大きくしたような黒い物体が、窓の外に見えた。

 次の瞬間、破裂音とともに窓ガラスが白く曇り、粉々に砕けたガラス片が、フードコートにいた人たちめがけて襲いかかった。

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