ワイルド・スピード 〜じじいDRIFT〜

獲れたてリヴァイアサン

第1話

20XX年、日本の少子高齢化は加速し、あらゆる娯楽やプロスポーツが縮小・廃止されていった。


カーレースも例外ではなく、数多くのプロレーサーが職にあぶれた。走り屋たちは走る場所を求め、一般公道を占拠する違法なストリートレースに没頭していった。


そして、それから数十年後…ストリートレーサー界にも高齢化の波が押し寄せ、ストリートレースは予期せぬ方向へ進化を遂げた…


※※※


「ったく、ガラクタばっかり集めおって…どういうつもりじゃ」


友造はガラクタが詰まったダンボールを整理しながら、亡き兄へ悪態をついていた。双子の兄である茂造が事故で亡くなったのは数日前。72歳だった。


唯一の近親者である友造は、遺品整理のため茂造の自宅がある東京を訪れていた。しかし、遺品の量が想像以上だった。自宅だけならまだしも、隣にガレージまで借りていたのだ。


「この写真は…懐かしいな。丁寧に新聞記事までスクラップしおって」


若き日の2人が写っている。トロフィーをかかげ、弾けんばかりの笑顔だ。若い頃、友造と茂造は双子の実力派プロレーサーとして、メディアから注目を浴びていた。豪快かつ大胆なドライビングが持ち味の兄・茂造、鋭いコーナリングで他を圧倒する弟・友造は、スタイルこと対象的だが良きライバルだった。


写真立てを持ち上げると、後ろに鍵が付いていたことに気がついた。


「ん…なんじゃこれは…?隣にあったガレージの鍵か。どうりで探しても出てこなかったはずじゃわい。まったく…」


ガレージのシャッターを開けてみると、そこには車やパーツがごった返していた。もう一つ見慣れるものがあった。一回り小さい車のように見える。


「これは…シニアカーか?にしては、やたらかっこいいのぉ。まさか…」


シニアカーをよく見ると、かなり改造されている。ガソリンエンジンを無理やり積み込んでおり、外装やフレームもカスタム仕様だ。まるでレーシングカートのようだ。


「全く、あの車バカめ…普通の車じゃ飽き足らずこんなもんまで作りおって」


ふと時計を確認すると、夜も遅くなっていた。


「もうこんな時間か。今日のうちに掃除用具の買い出しでも行っておくか」


※※※


買い出しを終え、帰路につく。すると、なつかしい音が耳に入ってきた。カーレース特有のタイヤが擦れる音だ。しかし、周囲に車の影はない。数十年前にストリートレースが社会問題になり、公道でのレースは厳しく罰せられるようになった。


「ストリートレースは絶滅したと聞いたが。しかしこの音は確かに…」


音は巨大な立体駐車場から聞こえていた。改めて聞いてみたが、やはりタイヤが擦れる音で間違いない。


「久しぶりじゃあのう茂造!あのレース以来じゃないか。もう来ないかと思ったわ。今日は観戦か?」


見知らぬ老人に話しかけられた。


「いや、ワシは…」


「ええからええから、こっちじゃ。今日のレースは久しぶりにJDKがでるそうじゃから盛り上がるぞ。おっと…アンタにはあんまり嬉しくないかもしれんが」


「はぁ…」


※※※


「コイツは驚いた…まるでワイルド・スピードの世界じゃな」


立体駐車場には、レース仕様に違法改造されたシニアカーが所狭しと並んでいる。どうやら、ここはシニアカーのストリートレース会場らしい。参加者は全員高齢者だ。


「おいおいおい、茂造じゃないか。よく顔出せたもんだな。あのマシンはもうスクラップにしちまったか?ハッハッハ!」


ヤクザ風のギラついた男が近づいてくる。横に綺麗な女性を連れている。


「いや…ワシは…」


「JDK、違うわ。この人は茂造じゃない」


綺麗な女性は、1年ほど前に友造と別れた元奥さんの梅子だった。何回も連絡したにもかかわらず、「行けない」の一点張りで茂造の葬式に出席しなかったクソ野郎だ。


「双子の弟の友造よ。よく似てるけど別人だわ」


「そうか、そりゃあ失礼したな。あんなレースした後だ、茂造が来れるわけないか…!そういえばアンタも確か元レーサーだったか。ゆっくり観戦していくといい」


そう言うと、JDKと梅子は去って行った。


「おい、アンタ。さっきの男は誰じゃ?」


「JDKじゃよ、あんた知らんのか。というかアンタ茂造じゃなかったんか。なぜ言わんかった?」


「アンタが無理やり連れて行くから言うタイミングを逃しただけじゃ」


「まあよい…レースが始まるぞ。そういえば自己紹介がまだじゃったな。ワシの名前は和夫じゃ。アンタの兄さんである茂造とは友達じゃった。そういや茂造は元気か?最近レースに顔を出してなくてな」


「実はの…」


※※※


「そうか…茂造のやつ…事故で…」


立体駐車場にエンジンの音が鳴り響いている。


「れでぃ…ごー!」


2台のシニアカーが一斉にスタートする。ガソリンエンジンを無理やり取り付けたシニアカーだけあって、すさまじいスピードだ。


「ほとんど普通の車と変わらんな…」


カーレースばりのドリフトを駆使して、2台のシニアカーが疾走する。先ほど聞こえたのはこの音だったようだ。


「さっきの男、速いな」


「そりゃあそうじゃ。JDKはこの地域のチャンピオンじゃからのう」


「そのJDKってのは…アイツの名前か?」


「そうじゃ。じじい・ドリフト・キング、略してJDKじゃ。ドリフトの腕で奴にかなう奴はこのへんにはおらんよ」


「ださい名前じゃのお…」


レースはJDKの圧倒的な勝利で終わった。


「アンタの兄さん、友造さんじゃがの。1年ほど前のレースでJDKに負けたんじゃ」


「やはり、参加していたのか。家にマシンがあったよ」


「そうか…友造さんはそのレースで梅子さんを賭けた」


「なんじゃと!?」


「友造さんはな、マシンのためにJDKに借金をしていた。もちろん、ちゃんとコツコツ返しておったよ。じゃがな、ある日突然JDKが借金を全部返せとけしかけたのじゃ。当然いきなり全額なんて返せるわけなんかない」


「それでJDKは提案した。梅子をかけてレースをしないかと。勝てば借金はチャラにしてやるとな。JDKは梅子に惚れておったのじゃ」


「なんてことじゃ…」


「友造さんは負けた。新しいマシンはぶっちぎりで速かったが、コーナリングが今一つでのう…。それで友造さんと梅子さんは別れ、今はJDKのそばにおる」


「じゃから葬式の連絡にも音沙汰なかったのか」


「そういうことじゃ。いやー湿っぽくなってしまったのう!すまんすまん。どうじゃ、飲みにでもいかんか。」


「許せん…おいアンタ。マシンはここにあるか?」


「マシンかえ?あるにはあるが」


「貸してくれんか。JDKを負かして梅子を取り返す」


「無理じゃ、アンタ元プロレーサーかもしれんが、シニアカーレースは初めてじゃろう?勝手が全く違うんじゃ、勝てるわけがない」


「うるしゃい!いいから貸せ!」


騒ぎを聞きつけ、JDKが近寄って来た。


「オイオイオイ、騒がしいのお友造」


「JDK…ワシとレースで勝負せい!勝ったら梅子と別れろ!」


「やめるんじゃ友造!」


「うるさい!どうした?元プロレーサーのワシにびびったかJDK?」


「兄貴の代わりに梅子を取り戻そうってか。弟に頼るとはとんだ腰抜けの兄貴だぜ」


「…友造は死んだ!つい先日な…。じゃから代わりにワシが走るんじゃ!」


「ハッ!ついに死んじまったか友造め!いいだろう、勝負してやる。オイ和夫、お前のマシンを貸してやれ。」


「しょうがないのお。傷つけんでくれよ友造」


「ワシは元プロレーサーじゃ。任せとけい」


※※※


二人のマシンのエンジンが唸りをあげている。


「れでぃ…ごー!」


JDKは素早いスタートを切る中、友造は出遅れてしまう。


「ハッハッハッ!そんなスタートで俺に勝とうとはお笑い種だぜ」


立体駐車場はコーナーが多いコースだ。そのため、ストレートの速さはもちろん、ドリフトのスキルが求められる。


JDKは素晴らしいドリフトでコーナーを駆け抜ける。


「ここは、ドリフトで…」


「友造!初心者にドリフトは無理じゃ!」


友造はドリフトでコーナーを曲がろうとしたが、上手く曲がりきることができず、壁にぶつかってしまった。


「クッ…さすがに車のようにはいかんか…」


「だから言わんこっちゃない…」


JDKが圧倒的なスピードで駆け抜けて行く中、友造は度々クラッシュしてしまい、その差はどんどん広がっていった。当然、レースはJDKの圧倒的勝利に終わった。


「いくら元プロレーサーでも素人で勝てるほど、シニアカーレースは甘くねえんだよ。本来なら何か賭けてもらうところだったが、素人に勝っても自慢になりゃしない、とっとと帰んな。」


「さあ帰ろう、友造。まったくワシのマシンを傷だらけにしおって。弁償せえよ」


「すまん和夫…」


※※※


レースから数日後、友造は和夫と会っていた。


「なあ和夫、どうすればJDKに勝てるか教えてくれんか?」


「あんたなあ…そんな簡単にJDKには勝てんぞ。大体マシンは持ってるんか?」


「茂造のガレージにあったマシンを今修理しているとこじゃ」


「あのマシンで茂造はJDKに負けとる。僅差だったがな。茂造は凄腕だったのにじゃ。それほどJDKの腕前はすごい」


「…」


「アンタは元プロレーサー、全体的なテクニックはすぐに身につけられるかもしれん。ただしシニアカーレースでのドリフトは非常に特殊なモノじゃ。特に前回のレースはかなりひどい出来じゃったしな…」


「じゃあドリフトを俺に教えてくれ!」


「いやぁ、ワシでは無理じゃ。いつもレースでは負けてばかりじゃからのう。」


「クソッ…どうすれば…」


「ワシに心当たりがある」


「なに?」


「あまりの速さから『神風』と呼ばれたじいさんが多摩に住んでおる。そのじいさんなら、アンタに究極のドリフトを教えてくれるかもしれん」


「そりゃあほんとか!?」


「ただし、御歳90歳の大ベテランじゃ。もう死んでるかもしれん」


「と…とにかく。そのじいさんの住所を教えてくれい!」


※※※


「ここか…小汚い家じゃのう」


和夫が一軒家のインターホンを鳴らす。


「おーい、神風のじいさん!生きてるかー!ワシじゃ、和夫じゃー!」


家の中で物音がした後、ゆっくりと扉が開いた。


「まったく…アンタもじいさんじゃろうが。和夫さんよ」


小柄でヨボヨボのじいさんが家からでてきた。とてもじゃないが、シニアカーレーサーとは思えない。


「いやー久しぶりじゃのう、神風。生きてたか?」


「相変わらず失礼なやつじゃ、ピンピンしとるわい。こちらの方は?」


「友造と言いますじゃ。神風さん…で良かったかの?ワシにドリフトを教えてくれんかのう?」


「神風でよいぞ、友造さんとやら。ドリフトか…教えても良いが、わざわざこのじじいを引っ張り出すんじゃ、何か理由がおありかの?」


「実は…(今までの経緯を話す)」


「なるほど、そいつはひどい…。よし、微力ながら力を貸すわい。ただし、ワシのトレーニングは厳しいぞ?覚悟はできているか?」


「『武士道とは死ぬことと見つけたり』の精神じゃ。なんでも来い」


「ほっほっほっ。その元気、いつまで続くかのう?」


※※※


「このボケジジイが!!違うっつとろーが!!何回言わすんじゃ!!ハンドルを切るのが早いんじゃ!!」


「も…申し訳ない」


「もう一回やってみい!」


「承知じゃ」


「まったく…よくやるのう二人とも」


神風と友造の特訓は毎日続いた。ドリフトの特訓はもちろん、シニアカーレースの基本を神風から叩き込まれた。空き時間で、茂造の残したマシンの修理とチューンナップを進めていった。


「おーい二人ともー!」


和夫が軽トラに何か乗せて、訓練場までやってきた。


「和夫か、どうした?」


「まあコイツを見てくれ!」


「これは…エンジンか?」


「そうじゃ。友造はグングン上達しておる。だが、それだけじゃJDKには勝てん。そこでじゃ、秘密兵器を持ってきた。ワシは元自動車メーカーのエンジニアでな。今はあるモビリティベンチャー企業の顧問を務めておる。で、そこの社長に頼んで作ってもらったんじゃ。このシニアカーレース専用のエンジンをな。」


「なんと…すまんな和夫。さっそく組み込んでみてええか?」


「もちろんじゃ。あまりの馬力に腰抜かすなよ?」


「おーい、お前らいつもで休憩するつもりじゃ、まだドリフト練習は終わっとらんぞ!」


※※※


数ヶ月後、再戦の日がやってきた。場所は前と同じ、立体駐車場。


「友造、まさかまた俺とレースしたいと抜かすとはな。驚いたぜ?前回あれだけ派手に負けておいて」


「黙っとれこのクソジジイが。入れ歯ガタガタ言わせたるわい」


「ぬかせ!まあいい。約束通り、俺は梅子を賭ける。お前はそのマシンじゃ」


「後悔させてやるわい!」


エンジン音が立体駐車場に鳴り響き、歓声があがる。梅子が不安そうに二人を見つめている。


「れでぃ…ごー!」


ほぼ同時に二台のマシンがスタートを切った。


「フッ…さすがに多少は腕をあげたようだな」


「ったりめーじゃわい!」


友造のマシンのエンジンがすさまじい音をだして唸りはじめた。友造が少しずつリードし始めた。


「なに…?俺のマシンがストレートの加速で引けを取っている…だと?」


「ストレートだけじゃないぞい!これが…師匠直伝の『神風ドリフト』じゃあ!」


凄まじいスピードでドリフトをきめる友造。少し遅れてJDKがドリフトをきめる。二人のマシンのスピードはどんどん加速していく。


「友造がリードしとるぞい、神風」


「ほうか、まあワシの一番弟子じゃからな。負けたら許さんわい!」


リードしていた友造だったが、コースに慣れているJDKがジリジリと差を詰めてくる。


「ピピピピピ…サスペンション異常!サスペンション異常!」


「なにぃ?サスペンション異常だと!?コーナリングが上手く…しまった!」


「もうろくじじいめ!」


一瞬の隙をついてJDKが前に出る。どうやら友造のマシンのサスペンションに異常がでたため、コーナリングが上手くできなくなってしまったようだ。


いよいよ最終コーナー。これを抜けてラストのストレートを先に走り抜いた方が勝者となる。


「このままじゃワシの負け…どうすれば…」


「友造さん!勝って〜!」


梅子の叫びが会場にこだまする。


「ええい!『武士道とは死ぬことと見つけたり』の精神じゃ。見とれ〜!」


友造は無理やり車体を横に傾け、壁に張り付く。


「これならコーナーも全部ストレートと同じじゃあ!」


「なにぃ!?」


凄まじいスピードで、コーナーを駆け抜ける友造。JDKのマシンをぶち抜く。


「ごーる!勝者は…友造!」


「俺が…負けた。ドリフトキングの俺が…」


「約束じゃ、梅子と別れるんじゃ」


※※※


「友造さん、ごめんなさい!私…JDKが外出を許してくれなくて…お葬式にも出られず…」


梅子が涙を流す。彼女も辛かったんだろう。


「気にするでない。いきさつは和夫から聞いた。ただ、一つだけお願いがあるんじゃが」


「なんでしょう?」


「茂造の遺品整理、手伝ってくれんか?レースばかりしてたもんでな、全く進んでおらんのじゃ」


※※※


数年後、とあるモビリティベンチャー企業がアクティビティ用に低価格なレースマシンを開発し、それが大ヒットとなった。


シンプルな構造とその拡張性から若い人から高齢者まで多くの人に受け入れられた。その姿は、明らかにシニアカーレース用のマシンに似ていた。


そのベンチャー企業の名前は「KAZUOモーターズ」。のちに株式上場を果たし、シニアプロレースのメインスポンサーとして、レース界を牽引することになる。

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