同級生の女の子を手助けして一緒に死体を埋めた話

湖城マコト

出会いは深夜の雑木林の中で

「……どうしてあなたがここに?」

「コンビニ帰りにたまたま君の姿を見かけて、悪いなとは思いながら後をつけてきた。ほら、こんな時だから気になって」


 深夜の雑木林で、僕は同級生の稗島はいじまユウと向かい合っていた。

 CMや学園ドラマに引っ張りだこの若手女優――確か、七森ななもりあいとか言ったかな――に似ていると評判のショートヘアーの美少女さんだ。

 僕は時流にうといので、稗島さんがどれだけ芸能人に似ているのかは判断がつかないけど、稗島さんが美人だという評価には僕も賛同だ。

 学校とは異なり、今は鼈甲べっこう眼鏡をかけている。もしかしたら学校ではコンタクトなのかもしれない。


 稗島さんは、驚きのあまり瞬きを繰り返している。まるで捕食者プレデターに見つかった獲物のようだ。

 我ながら表情に出にくいタイプだから誤解されているかもしれないけど、驚いたのはお互い様だ。


 先月から僕達の町では連続殺人が発生しており、現状、犯人の特定には至っていない。

 殺人犯の影に怯え、女子供はもちろんのこと、最近では成人男性ですら夜間の一人歩きを控え気味だ。そんな物騒な時期に、深夜の雑木林で同級生と遭遇したのだ。お互いに驚かずにはいられない。


「君が殺したのかい?」


 稗島さんの背後には、胸にナイフの突き刺さった男の死体が転がっており、その直ぐ側には堀りかけの穴と手放して倒れたスコップ。状況から察するに、稗島さんが死体を埋めようとしていることは間違いない。


「……うん」


 消え入るような声で稗島さんは頷いた。

 全てを打ち明けて楽になりたいと思ったのだろうか。僕が促さずとも、稗島さんは自らの口で事の経緯を語り始めた。


「……その人は血の繋がらない兄。お父さんの再婚相手の連れ子なの」

「そのお兄さんをどうして?」

「……その人、初めて会った時から私のことを……その……女として見ていて。それでもお父さん達の目もあるし、同居を始めてからの二カ月は何事も無かったんだけど……お父さんとお母さんがいない今夜、無理やり私をここに連れ込んで――」

「辛かったら無理に話さなくてもいいんだよ」


 一応はそう言ってみたけど、稗島さん自身、溢れ出す感情を止められないようだった。


「殺す気なんて無かったの……最初にナイフを出してきたのはあいつの方よ……痛い目に遭いたく無かったら言うことを聞けって……必死に抵抗して揉み合っている内にナイフがあいつに……」

「なるほど、事情はだいたい理解した」


 泣き崩れる稗島さんにコンビニで貰ったおしぼりを渡してから、僕は落ちていたスコップを拾い、穴掘りの代役を始めた。


「何してるの?」

「穴掘りの続き。こいつの死体を埋めるんだろう?」

「……手伝ってくれるの?」

「うん。男手があった方が早く片付く」


 稗島さんは、へたり込んだまま困惑顔で僕を見上げている。驚くのも無理はない。いかに同級生とはいえ、普通は死体遺棄に加担なんてしない。自首を勧めるか、問答無用で通報したっておかしくはないだろう。僕だって相手が稗島さんで無ければたぶん、そうしているだろうし。


「どうしてここまでしてくれるの?」

「ほら、去年僕が泥棒の疑いをかけられた時に、君は僕に味方してくれただろう。その時のお礼」


 昨年の文化祭シーズン。クラスでティーシャツを作るために集めたお金が紛失する騒動が起こった。一番最後まで教室に残っていた僕に疑いの目が向き、クラス内に僕が犯人で決まりだというムードが流れる中、稗島さんだけは彼はそんな人ではないと全力で僕を庇ってくれた。


 後に当時の副担任の犯行と発覚したけど、僕に疑いの目を向けた同級生たちは気まずそうにしつつも結局、誰一人として僕に謝罪の言葉をかけてはくれなかった。この時も、同級生たちのあんまりな態度を稗島さんだけが詫びてくれた。自分には一切非が無いにも関わらずだ。


 それ以来、僕にとって稗島さんは特別な存在だ。恋心とは違う。昔話に登場する、窮地を救われた動物の心境に近いだろうか。僕は何時いつか、稗島さんに恩返しがしたいと思っていた。例えそれが、犯罪に加担する行為だとしても。


「お礼っていうけど、絶対割にあわないよ」

「価値観なんて人それぞれだよ。あの時、稗島さんに庇ってもらえて僕はとても嬉しかった。その恩を返せるなら、この程度はお安いご用さ。それに――」

「それに?」

「最近この町は何かと物騒だ。万が一死体が見つかっても、その罪を連続殺人犯に被せることが出来るかもしれない」

「……上手くいくかな?」

「きっと上手くいくさ」


 稗島さんを励ましている間に、十分な深さの穴が掘れた。死体を埋める前にまずは、


「何をするの?」


 男の死体の胸部からナイフを引き抜く僕の姿を見て稗島さんはギョッとしていた。ドン引きされるのも無理ないけど、彼女を守るためにこれは必要な行為だ。


「死体と凶器がセットなのは何かと不都合だ。ナイフは僕の方で処分しておく。無関係な人間が処分した方が足がつきにくいだろうしね」

「……分かった。君を信じるよ」


 ナイフを懐にしまい、死体を埋める作業へとかかる。

 緊張の糸が切れてしまったのだろうか。ひたすら土を被せていく僕の仕事振りを、稗島さんは無言で見つめていた。


 やがて埋める作業が完了し、地面もならし終えると。


「……私はこれからどうしたらいい?」

「難しいかもしれないけど、同居している兄が失踪した妹として、なるべく自然に振る舞っていて。失踪の発覚を下手に遅らせようとせず、朝起きたら姿が無かったというていでご両親にも朝一で連絡しよう。ちなみに、埋めた男の素行面は?」

「夜遊びはしょっちゅうだったし、連絡も無しに友達の家に連泊することも多かったかな」

「なら、失踪に事件性があるとご両親が判断するまで猶予がありそうだね。どのタイミングで警察に捜索願を届け出るのか。そこは流れに身を任せておこう」


 元から家に不在がちだったというのは好都合だ。少しでも発覚が遅れるなら、その間に工作を行える。


「今夜出来ることはもう何も無い。学生が深夜に出歩いて補導されたら元も子も無いし、そろそろ解散することにしよう」

「本当に、何てお礼を言ったらいいか」

「言っただろう。これは僕の恩返しだよ。それと、言うまでもないことけど、今後下手に僕のことは意識しないように。僕達の関係はあくまでも、学校でしか付き合いのない只のクラスメイトなんだから」

「秘密を守るために?」

「そう。近づくでも遠ざけるでもなく、これまで通り一クラスメイトとしての距離感が理想的だ。そうすればお互いに怪しまれることはないから」


 渋々といった表情ながらも稗島さんは頷いてくれた。君は優しい人だから、全てをそのまま受け止めることは難しいだろう。だけどどうか、僕に恩義は感じないでほしい。恩義を感じているのは僕の側なんだから。


「時間差でここを離れよう。先ずは稗島さんが行って。時期が時期だし、警邏けいら中の警官には十分注意するように」

「あの――」


 雑木林の出口へ向かう稗島さんの足が不意に立ち止まり、僕の方へと振り向いた。


「せめてこれだけは言わせて……また明日、学校で。同級生なんだし、別れ際にこれぐらい言うのは普通だよね」

「普通だけど、残念ながら明日は開校記念日で休校だよ。だからこそ僕もこうして夜更かししてたわけだけど」

「そっか。気が動転しててすっかり忘れてたよ。それじゃあ改めまして、また明後日、学校で」

「バイバイ、稗島さん」


 別れの仕草に手を振って送り出してやると、稗島さんは今度こそ雑木林を後にした。

 また明後日学校で、とは、とても返答する気にはなれなかった。僕と稗島さんはもう、学校で再会することは二度とないから。だから、別れの言葉はバイバイで十分だ。


 僕はこの雑木林に稗島さんの兄の遺体が埋まっているという事実を警察に打ち明けるつもりでいる。君にとって酷い裏切りだろうと思う。許してくれなんて言うつもりはない。だけどきっとこれが最善の方法だから。


 明日は、おっと、今し方日付が変わったから今日か。

 予報は確か雨。

 長い一日になりそうだ。


 〇〇〇


 開校記念日が明け、今日からまた学校が始まる。

 稗島さんは今、登校している頃だろうか? それとも精神的なダメージで体調を崩し欠席しているだろうか? 今の僕にそれを確かめるすべはない。

 これからは僕が向かうのは学校ではなく最寄りの警察署だ。稗島さんの兄の死についても証言することになるだろう。自首、いや、この場合は出頭の方が正確か。

 

 雑木林で稗島さんと別れた後、僕は雑木林から可能な限り稗島さんの痕跡を消した。後から振り始めた雨も、痕跡を消すことに一役買ってくれた。死体の発見が早まる可能性は高まったが、元々滅多に人の立ち入らない雑木林だし、僕が出頭するまでの間死体が見つからなければそれで十分だった。


 処分しておくといって預かったナイフは、稗島さんの指紋をふき取った上でした。

 二つの死体、二件の殺しを関連付けるには、同じ凶器で殺害するのがベストだと考えたからだ。昨日殺した男は、僕が個人的に恨みを抱いていた人物だ。予定より大分早まったけど、どうせ殺すつもりだったので問題はない。


 稗島さんを守るためには、口をつぐんでいるだけでは足りない。

 いかに夜遊びの目立つ男とはいえ、いずれ家族から捜索願が出されるし、野生動物に掘り起こされるなり、雨風で土が浸食されて死体が露出するなり、予期せぬタイミングで死体が発見されることだって考えられる。そうなれば疑いの目は当然、身内である稗島さんにも向いてしまう。


 そうならないためには、あの男を殺害したのは身内ではなく外部の人間であるという印象を警察に与えなければいけない。


 単純に僕がやりましたと身代わり出頭して、それがまかり通るとは思えない。

 だがもしも、あの男の死が単一の事件ではなく、連続殺人の一部であるという認識を与えることが出来れば話は大きく変わって来る。あの夜、稗島さんに提案した通りだ。上手く行けば、連続殺人犯に罪を擦り付けることが出来るかもしれない。

 

 本来なら連続殺人犯に罪を擦り付けるなど出来っこないけど、である僕自身が罪を被るのなら話は別だ。

 稗島さんの犯した殺人を、連続殺人に紛れ込ませる。稗島さんの兄の死を、五件の連続殺人の四件目の事件だと思い込ませる計画を僕は思いついた。


 稗島さんの兄の事件が最後では、これまでの手口との差異から疑惑が生まれると考え、同じ凶器を使用して昨日、新たな事件を起こした。一つの事件だけ凶器が違えば不自然かもしれないが、直近二件の連続殺人の凶器が共通している分にはそれほど不自然ではないはずだ。例えば単純に、途中から気まぐれで凶器を変えたで理屈は通る。


 直近の二件だけが模倣犯や便乗犯だと疑われる可能性もあるけど、これまでに発生している三件の殺人は間違いなく僕の犯行であるという証拠を僕は持参している。元々は、もしも警察が連続殺人犯の正体に迫れなかった場合、あえて自ら名乗り出るのも面白そうだなと思って用意していたものだ。想定していた用途とは異なるけど結果オーライだ。

 過去三件の証拠を伴った上で、警察側がまだ把握していないであろう、稗島さんの兄を含めた直近二件の殺人を僕が自供すれば、五件の連続殺人の印象は強まるだろう。


 罪を被った僕が凶悪な殺人鬼であるという事実には、もう一つ大きな意味がある。それは稗島さんの罪悪感を薄れさせる狙いだ。

 事情を知る同級生が自分を庇って出頭したなら、稗島さんはきっとそんなことを認めない。自らの罪を認め、僕を救おうとするだろう。

 だけど僕が本物の連続殺人犯だと分かれば、僕に罪を被せることに罪悪を感じずに済むのではと期待している。殺人鬼が罪を被ってくれるなら、これ程好都合な話はないだろうから。


 雑木林で出会ったこと自体は本当にただの偶然だし、クラスメイトとはいえ普段から親しくしているわけではない。このことは、日常を知る周囲の証言も肯定してくれるだろう。僕と稗島さんの関係性を疑われることは無いはずだ。


「お巡りさん、出頭しにきました」


 凶器のナイフ片手に、僕は警察署前の制服警官へと笑いかけた。

 血まみれのナイフを手に笑みを浮かべる僕の存在に、周囲は騒めき立っている。掴みは上々なようだ。


「警察がなかなか僕を捕まえに来てくれないから何だか飽きちゃって。たっぷり遊んだし、もう十分かなって」


 〇〇〇


 稗島さんは優しい人だから、僕の正体を知ってもなお、あの夜と同じ言葉をかけてくるかもしれない。


「どうしてここまでしてくれるの?」と。


 僕があの時と同じ説明をしたら君は、


「割に合わないよ」と、


 やっぱりそう言うのかな?


 だったら僕も、あの夜とまったく同じ答えを返すと思う。


「価値観なんて人それぞれだから」と。


 去年、泥棒の疑いをかけられた僕を庇ってくれたことがとても嬉しかった。ずっと恩返しがしたいと思っていた。そのためなら僕は、自らの罪を認め、新たな罪を被り、破滅を迎えたって、一向に構わないと思っているんだ。


 だからどうか心置きなく、僕に罪を被せて欲しい。

 僕はそう願っています。




 了

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