夢オチの先で待つものは
サイド
夢オチの先で待つものは
それは雪山のさびれたペンションでの出来事だった。
場所は二階の角部屋の一室の隅。
「これ、死体……?」
オーナーである年配の女性が、目の前のモノを指差して声を震えさせる。
彼女を含めた六人の宿泊客も、メッタ刺しにされたその遺体を呆然と眺めていた。
宿泊客の内訳は、オーナー夫婦、若いカップル、一般客の男性、そして就職三年目の女性銀行事務職の私だ。
若いカップルの女性が吐き気を堪えながら言った。
「ねえ、何これ? 何なの? 誰か答えてよっ!」
皆は押し黙って答えない。
オーナー夫婦の男性が気を取り直して、皆に話しかける。
「まずは落ち着こう。今晩は雪が酷くて、固定電話も携帯も繋がらない状況だが、一緒にリビングで一晩を過ごせば警察も来られる」
私は内心で、そうだそうだと、深く同意しながら頷く。
だって、こんなの、正にホラー映画のシュチュエーションそのままじゃないか。
私の好きなのは、パンケーキにバターとハチミツたっぷりの恋愛映画であり、猟奇を尽くした血生臭い映画ではない。
私は自分でも情けない位に流血や悲鳴に弱く、その手の映画を見ただけで、気絶してしまう。
友人が面白がって、映画を見せられた時、あまりのガチの卒倒にドン引きされたものだ。
それに、何だか、今の私の感覚は、ふわふわして落ち着きがない。
何だろう、知っている感覚なのに、言葉が出てこない。
しかし、
「嫌よ! こんな誰が殺人鬼かも知れない人達といるもんですか! 私達は自分の部屋で過ごすから!」
カップルの女性はそう言って、相手の男性の手を引いて自室へ引き込もろうとする。
あああ、止めて、止めて。
それ死亡フラグだよう。
しかし、そんな私の心の声を無視して、二人は行ってしまった。
オーナー夫婦と一般客の男性は、相談し合って、順番に見回りへ出ることにした。
そして、男性が見回りへ出て、しばらく間を置いて、二人の部屋から悲鳴が聞こえた。
私達は弾かれたように立ち上がって、彼等の部屋へ向かう。
ドアを開けると、果たして、ベッドと、バスタブに二つの死体があった。
こちらも鋭利な刃物のようなもので、喉元を切り裂かれていた。
もう……だから言わんこっちゃない。
別の場所で一般客の男性と合流した私達はリビングへと戻る。
残るのは、オーナー夫婦と、一般客の男性と、私の四人。
この中に、殺人鬼がいるのだろうか。
それとも外部犯がペンションの外にいるのか。
どうにも思考に靄がかかっていて、まとまらない。
オーナー夫婦の女性が言った。
「ねえ、あなた。さっきのカップルの部屋で気になったことがあったの。一緒に来てくれない?」
うわあ、止めて止めて。
この状況で探偵まがいのことをするのは自殺行為だよぅ。
いのちだいじに、だって。
しかし、無情にもオーナー夫婦の男性はそれに同意して、移動してしまった。
そして、残される、私と一般客の男性。
いやいやいや、まずいでしょ、やばいでしょ、これ。
この男性が殺人犯だったらどうするの?
私殺されちゃうよ?
オーナー夫婦から見れば、犯人はそれで確定だけど、私は死に損だ。
それに、私は、この男性を知っている気がするのだ。
しかも、かなり悪い意味で。
思い出そうとしているのに、やはり思考がまとまらない。
男性は言った。
「俺達もあの人達の跡を追わないか? 一緒に行動するのが一番だと思うんだが」
あ、そうか。
その手段があった。
私は、こくこくこく、と何度も頷く。
私達は移動する。
オーナー夫婦の向かった部屋の鍵は開いていた。
男性は、私に廊下で待て、と指示して部屋へ入っていく。
やや時間を置いて、男性の悲鳴が聞こえた。
私は驚いて、部屋へ飛び込む。
すると、そこには、ベッドで血を流しているオーナー夫婦がいた。
私は悲鳴を上げようとして、ふと、気が付いた。
男性が、いない。
まるで、私が部屋に誘い込まれたような形。
まずい、これはまずい。
だって、一人で袋小路へ逃げ込むのは、確実な死亡フラグだ。
「死ね」
背後から一般客の男性の言葉を聞き、どくん、と心臓が高鳴った時、私は全てを理解した。
この感覚の正体を。
それを表現する言葉を。
あ、これ、夢だ。
「はうぁっ!?」
私は間抜けな大声を発して、目を覚ました。
そこに広がっていたのは、いつも勤務している銀行のカウンターと、開けたフロアだ。
「はぁぁぁ~……」
私は安心して、ため息を吐いた。
どうやら悪い夢を見ていたようだ。
思い出すだけで怖気がする。
良かった、夢オチで。
「あれ?」
でも、何か様子がおかしい。
どうしてだか、私はカウンターのお客様側にいて、防犯ベルが鳴り、出入り口や窓にも防犯シャッターが下りている。
同僚達は両手を上げて立ち上がっており、課長、部長も青い顔で、私の方を見ていた。
「黙れ」
そこへ冷え切った声音の言葉が届く。
思わず、私は振り向いて、悲鳴を上げそうになった。
その顔は、夢に出てきた一般客の男性と同じものだったのだ。
「こっちを見るな。次は殺す」
「は、はっ、は」
はい、と言おうとして、言葉が詰まる。
そして私は状況を思い出した。
銀行の受付をしていた昼時。
その男は唐突に私へ刃物を突きつけて、金を要求した。
男は準備が整うまで私を人質としてよこせと言い、カウンターから引っ張り出し、腕を後ろ手に固めた。
そして、男は私の喉に刃物を後ろから突きつけたのだが、それが誤算だった。
そういう暴力にまるっきし耐性の無い私は、その場で気絶してしまったのだ。
おそらく、行員はその隙を突いて、防犯ベルを鳴らし、警察へも情報が伝わった。
そうこうしている間に私は目覚めた、という訳だが、夢オチ映画の大事な約束を忘れていたことを思い出す。
つまり、夢オチだったからと言って、目覚めた現実に救いがあるのかどうかは別、というものだ。
「は、は……」
乾いた笑いが出る。
何か、あまりの恐怖に、頭の中でヘンな麻薬が出ているような感覚だ。
逃げ出したいようで、でもこの場に留まって、最後を見届けたくなるかのような、怖いもの見たさの感覚。
有り体に言ってしまえば、アドレナリンがガンガン出ているようなスリル。
全身をその恐怖と奇妙な快感で震えさせ始めた私を、男は怪訝そうな様子で見ながら、固めた腕に力を込める。
あはは、いたいいたい。
遠くから、警察のサイレンが聞こえる。
男の焦りが伝わってくる。
夢でも、現実でも、極限の理不尽を突きつけられ、何かのネジが吹っ飛んだ私は、
「ねえっ、次はどうするの!」
と、思いっきりの好奇心を込めて振り向く。
すると、
「ぎゃあっ!」
と、男は悲鳴を上げて、床へ引っくり返った。
どうやら、彼の鼻の頭を私の頭突きが襲ったらしい。
その隙を突いて、一般のお客様や、行員が男を取り押さえる。
そうしてその場は、あっさりと収まった。
そして、私はどうなったかというと。
警察からもらった感謝状とか、一変した同僚の評判とかはさておいて、週末になると、ホラー映画をレンタルし、ピザとビールを用意して、その鑑賞を趣味とすることになった。
あれほどダメだった流血シーンや、人体の破裂や、凄惨な悲鳴を聞くたびに、
「アハハハハハ!」
と指を差して大笑い出来るようになった。
その姿を見た同僚からは、
「マジ怖い。ガチのサディスト」
と、恐れ慄いてドン引きされたが、娯楽ってそんなものでしょ、と私は理解した。
ああ、今日の映画でも団体行動を守れない人から死んでいく。
私はそのテンプレにして、黄金のパターンを楽しみながら、ピザを食べて、ビールを飲んだ。
こうなった原因は、多分、あの夢と、あの事件。
これは夢がきっかけでついたオチなのだから、この趣味も一つの夢オチということで。
夢オチの先で待つものは サイド @saido
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