閑話 栖原の土曜日

 私、栖原天音に休日はありません。


 学生なので、土日祝日は学校の休日ではありますが、執事の仕事という意味では休みはありません。

 毎日、私が起きた瞬間に仕事が始まり、眠る時に仕事が終わります。


 ただ、これは休みたくても休めないわけではなく、休めと言われても私が休まないだけなので旦那様に問題があるわけではありません。


 別に、私が休んでも豪邸が一晩でホコリまみれになることはないとわかってはいるのですが、せっかくこういう機会を頂いているのですから、一日も休まず、最短で一人前の執事になりたいのです。


 あとは一応、私が休むことで困る人もいるでしょうし。


 ……いえ、執事は私以外にもいるので、それは困ればいいという願望でしかないのですが。

 ただ、そういう理由で、今日のように私だけが任された仕事をするのは結構好きだったりします。


「あら~、お嬢ちゃんたくさん買うのねぇ~」

「はい。今日はパーティーで」


 今日は高校では休日の土曜日。


 しかし、今日の私は買い物のためショッピングモールに来ていました。

 買い物は主に食料品売場でジュースと菓子類を。大量に。


 たった今通りかかったお婆さんは「食いしん坊ねぇ~」という目をしていましたが、もちろん私は食べません。少食なので。

 ただ、これも仕事のうちというだけです。


 端的に言うと、初めて家に友達を呼ぶとはしゃいでいる旦那様の御子息のサポートをするというのが今日の仕事です。


 改めて確認すると馬鹿みたいな仕事ですが、「頼まれれば全て叶えるのが執事なんだよ」というお祖父様の言葉を胸にどんな仕事にも真摯に向き合っています。

 ちなみにその祖父は今日家を出る時「青春だねぇ」と送り出してくれました。最近はボケてきてしまったのかもしれません。


 確かに、歳は同じですが――いや、やめましょう。余計なことを考えてる時間は今日はありません。


「さて……」


 念の為、さらにスナック菓子を――


「……あ、栖原さん?」


 そんな時、菓子類の棚の前で商品を物色する私に、通路の方から声がかかりました。

 声だけでわかります。同じクラスの安戸凛香です。


「……こんにちは」

「こんにちはー……」


 執事の仕事のために行っている高校ですが、私も一応クラスでは普通に過ごしています。

 友人関係も普通。喋り方も普通。性格も普通。全て狙って普通に過ごしています。勉強も普通です。狙ってのことです。


 なので、当然話したことのあるクラスメートに外で話しかけられることもあるのですが、午前にショッピングモールの食料品売場で誰かと会うとは想定していませんでした。

 別に、一人でいるところならいくら見られても平気ではあるのですが。


 ただ、明らかに私ではなくカートを見ている安戸凛香には何か言い訳をしなければいけません。


「これは、近々家に友達を呼ぶからその準備で」

「あっ……そうなんだ。そうだよね。凄いいっぱいあるなーと思って」

「人数が多くて」


 実際は二人しか呼びませんが。


 しかし、それでも準備は怠らないのが執事のやり方です。

 金という制限はないからこそ妥協は許されません。


 特に今日はあの人が何をしたがるかわかりませんし。

 友達を家に呼べたことでテンションが上がって何か言い出した時、対応できるのは私しかいませんから。


「へー、部屋にそんなにいっぱい人呼べるんだね」

「リビングで遊ぶ予定で」

「あ、そっか……それでも凄いけど」


 何かを疑ってるのかと思いましたが、安戸凛香は単に感心してるようです。

 まあ十五本以上あるジュースで埋まってる買い物カゴを見ればそうなるのも無理はないでしょう。


 私も小学生の頃は普通に友達の家に遊びに行ったりしていたので、その気持ちもわかります。


 ちなみに、この誰かの家に遊びに行くという経験については、昨日根掘り葉掘り聞かれましたが、私も中学生以降は普通とは言い難い生活を送ってきたので、特に有用なことは答えられませんでした。


「ちなみに、安戸さんは」

「あ、凛香でいいよ」

「じゃあそれで。凛香は家に友達呼んだりする?」


 なので一応、その参考となる情報は私も集めておくことにします。


 この安戸凛香とあの人は同じ部活でもあるので、簡単に聞ける立場ではありますが、恐らく聞けていないと思うので。あの人はそういう人です。


「私は、高校生になってからはあんまり――……ふふっ」

「?」

「――あ、ごめん。最近似たような話ししてたなって。関係ないんだけど思い出して」

「ああ」


 もしかして、もう聞いてたんでしょうか。

 一応高校の中なら見ていないことはほとんどないですが、部活までは見ていませんし。


「栖原さんって」

「ああ、私も天音で」

「あっ、うん。天音は……えっと、光永君と話したりする?」

「……話す時は」


 安戸凛香は「へーっ」と意外そうな顔をします。

 言われてみれば、学校で避けているわけではないものの、話すことがあるかと言えばないですし、ここは「話さない」と答えるのが正解だったかもしれません。


 いや。でも「話さない」と言うのは何だか。

 ……まあ言ってしまったものは仕方がないのでいいのですが。


「凛香は同じ部活だよね?」

「うん。その部活で、光永君が家に友達呼ぶ話してて……あはは、本当に関係ないんだけど……」

「ちなみに、凛香は誘われた?」

「私!? 誘われてない誘われてない!」


 ぶんぶんと慌てて手を振る安戸凛香。


 別にそこまで変な質問をしたわけではないと思うのですが。


 まあ、毎日見ているのでその意味くらいはわかっていますが。


「今度は誘われるといいね」

「へっ? …………えーと、天音は――」

「卓球部の皆とかで」

「あっ……そうだね。うん」


 曖昧な表情で、「あはは」と安戸凛香は誤魔化すように曖昧に笑います。


「じゃあ、私はこの辺で……邪魔してごめんね」

「全然? また学校で」

「うん、またね」


 そうして、そんな他愛もない話をして、安戸凛香とは別れることになりました。


 大して面白い話もできませんでしたが、外での立ち話なんてこんなものでしょう。


 このまま大量の買い物をするところを見られればさすがに疑われかねませんし、向こうには向こうの買い物もありますから。

 無理に情報を集める必要もありません。


「あとは……」


 ……それにしても、あの人が自分が考えている以上に異性に好かれているのは何なんでしょうね。


 本人はオタクを目指していると言っていますが、私の見えないところで「俺実は金持ちでさ……」と仄めかしたりしているんでしょうか。


 教室ではオタクに成り切って、いや、自分の中のオタクの部分を全開にして過ごしているように見えますが、部活では女子にモテたいと考えて行動している可能性もあります。


 ……まあ、オタクの友達がほしいと考えて本当に友達を作れる辺り、人に好かれる才能はあるのかもしれません。


 だとしても、あんなダサい格好でオタク友達とだけじゃなく女子と話しているのはムカつ――とても不思議ですが。


「……ああ」


 ただ、いくら不思議でも仕事をサボってはいけません。

 今日は忙しくなるでしょうし。考え事をするなら夜にでもしましょう。


「……これでいいですね」


 そうして、カゴの余ったスペースにわさび味の袋菓子を詰めて私はレジに向かいます。

 私は別に好きでもないですが、食べたことのない味を持っていけばきっと大はしゃぎすることでしょう。進んで食べたがるに違いありません。


「…………」


 ……何だか、今日は自分のメンタルも行動も落ち着いていない気がしますが。

 こういう日は決まって何かが起こるわけですが……まあ、気にしなくていいでしょう。


 杞憂に終わるならそれでいいですし、あの人に何かが起こるなら、いつも通り、私が手助けをすればいいですから。

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クラスのマドンナが俺の理想の高校(オタク)生活を邪魔してくる 山田よつば @toku_

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