ベース・ルーム・チュートリアル(その2)

聞き捨てならないことをいう。


つまり、この部屋の住人がゲームを操作するプレイヤーで、自分はそのプレイヤーに操作されるキャラクターであると。


公人は手元の映像に目を落としたまま、少女の言葉の意味を考えた。その間も手は動く。最初に見た犬と鳥の映像と、自分の元いた世界の映像を脇に寄せ、ほかの映像を確認するそぶりで。


イルカにサメ、さっきの犬とは別の犬……ヨークシャー・テリアだろう。それにクジラ、亀、ウーパールーパー、文鳥、鯉、ペンギン、アイアイ、ユキヒョウ、クマ、ハムスター、インコ、猫、それとは違う猫、さらに別の猫、その次も猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫……


「動物だけじゃん」思わず声に出た。


「そういうの、好きだったみたい」少女が言った。「植物も試してみたいとか言ってたこともあったっけ。なにもしないでただひたすら光合成していたいとかなんとか」


「何で僕だけ……いや人間だって動物だけどさ」


「君は一番最初にテストで作られたから。他のアバターとは違ってがベースになってるわけ」


少女は立ち上がり、公人に背を向けた。何も置かれていない、真っ白な壁際に近づいていった。


「マスターであるとアバターである君は、命の根源的なところがリンクしてる。彼の生命の一部が、時空をショートカットして君の身体の中にあると言ってもいい。そうすることによって、マスターはアバターの世界で活動できる。でも本体のに何かあれば君の身も危ない。そしては今、重大な危機にさらされている。――と、その前に、これを」


少女は壁に注意を向けた。白い壁が一瞬で消え、一面に青空と緑が広がる世界が映し出された。しかし単に穏やかな光景というわけでもなかった。空気で霞むほど彼方に、山ほども巨大な影が見える。しかし山ではない。生き物の形をしている。


「リヴァイアサンと呼ばれている。この世界は創世からこのかた、あのと戦い続けてきた。ああして見えているだけでも巨大だけど、本体は別の次元にあって、顕現しているのはほんの一部分にすぎない。途方もなく大きく、強大な力を持った竜。そして、竜であると同時に迷宮ダンジョンでもある」


「ダンジョン? ……中に入れるとか?」


「そう」


「それじゃ僕の――あんたが言うところの、僕の本体というか、その、は」


「そう。リヴァイアサンに侵入し、二年間帰ってこない」


「いや、無理だ」思わず口をついた。


つまりこの少女が言いたいのは、公人もあの巨大な竜の中に突撃し、内部で帰れない自分のに当たる人物を救助して無事帰還しなければならない――ということなのだろう。


しかもそれができないと死ぬ。


「だってそんな……どうしようもないだろ。てか、どうすればいいか」


「そう思うのはわかる。でもちょっと待って。は英雄的な存在だけど、君をの代役にしようと連れてきたわけじゃないし……。のある存在が必要だった。あと、言葉が通じる必要もある。そうなると、君しかいない」


公人は脇にやった映像を見た。ことによると彼にとっては兄弟と言えるかもしれない犬や猫や動物たちがのんきそうに昼寝をしている。


「さっきも言ったけど、この世界はずっとあの竜と戦っている。だから、君一人でどうにかしなければならないということは決してない。二年間、何もしなかったわけじゃない。たくさんの人たちの尽力で、がいる場所や、帰れない理由も突き止めてる。その上で、に縁のある君じゃなきゃできないこともあるってことなの。お願い。協力して」


リヴァイアサンに爆炎が見えた。山のように大きい竜の、その肩口に音もなく三つ。大きさからしても威力は相当なのだろうが、悠然と立つ竜への影響は微塵も感じられなかった。

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緑の扉と銃と魔法とリヴァイアサン @islecape

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